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閉じた本の、その先に  作者: 日木西 暁


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第十二話 読む人、書く人

 

 あの日から、夜凪のサイトを見ることが増えた。


 毎日というわけではない。

 仕事から帰って夕食を済ませ、特にすることがない夜。

 ゲームをする気分でもない時に、なんとなくパソコンを開く。

 新しい投稿があれば読む。

 詩があれば、少し立ち止まる。

 最初のうちは、それだけだった。


 夜凪が書くものには、いくつかの種類があった。

 ゲームサイトでは、日本酒の話、ゲームの話、仕事や日常の出来事。

 たまに、少し愚痴っぽいもの。

 そして、リンクの先では、詩。


 酒の話をしている時は、妙に楽しそうだった。

 飲んだ銘柄の名前や味について、俺にはよく分からないことまで細かく書いている。

 ゲームで負けた話には、自虐的なところもあった。

「また負けた!」

 一言だけの投稿を見つけて、思わず笑ったこともある。


 けれど、詩になると雰囲気が変わる。

 言葉が静かになる。

 同じ人が書いているはずなのに、別の場所から言葉を持ってきたように感じることがあった。

 その違いが気になって、詩が投稿されている日は、自然と読む時間が長くなった。


 夜凪がどんな人なのか、俺はほとんど知らない。

 年齢も、住んでいる場所も、顔も知らない。

 サイトに書かれていることだって、その人の一部分でしかない。

 ただ、何度か文章を読んでいるうちに、

「こういうことを考える人なんだな」

 と思う瞬間が増えていった。


 もちろん、それが本当の夜凪なのかは分からない。

 文章だけで人間の全部が分かるはずもない。

 それでも、知らない人の言葉を読むのは、思っていたより面白かった。


 ある日の夜。

 いつものようにサイトを開くと、新しい投稿があった。

 詩ではない。

 その日は、日本酒について書かれていた。

 銘柄の名前。

 味の感想。

 どこで飲んだのか。

 何と一緒に飲んだのか。

 文章から、その酒をかなり気に入ったことが伝わってくる。

 俺は酒が嫌いなわけではない。

 仕事のあとに飲むこともある。

 けれど、普段はビールが多い。

 日本酒も飲んだことはあるが、銘柄を選んで買うほど詳しくはなかった。精々、辛口過ぎないか気にする程度だ。


 読み進めるうちにどんな味なのか気になってきた。

 自分から日本酒を飲んでみようと思ったことなんて、ほとんどない。

 なのに、文章を読んでいるだけで、少し興味が湧いてくる。


 最後まで読み終える。

 そのまま別のページへ移ろうとして、手が止まった。

 感想を書き込む欄。

 初めて夜凪の詩に触れて以来、使っていない場所だった。


 しばらく眺める。

 別に、書かなくてもいい。

 ただ読んだだけで終わってもいい。

 そう思いながら、カーソルを入力欄へ移した。

「……酒のこと、全然分からないんだけどな」

 独り言を呟く。

 詩なら、感じたことを書けばいい。

 でも、酒の味について語れるほど詳しくはない。

 伝えたいと思ったことなら一つあった。

 飲んでみたい。

 キーボードに指を置く。

 少し考えてから、言葉を打った。


『日本酒はあまり飲まないんですけど、読んでたらなんとなく飲んでみたくなりました。味のことはよく分からないんですけど、こんなふうに書かれると、ちょっと気になりますね』

 書き終えてから、画面を見つめる。

 ここまで書いたものの、送る必要があるのかは分からなかった。

 別に、おかしな事は書いていない。

 酒の話を読んで、飲んでみたくなった。

 それだけだ。

 それでも、すぐには送信ボタンを押せなかった。

 こうして誰かに感想を書くこと自体、まだ少し慣れていない。


 しばらく迷ってから、自分の書き込みをもう一度読み返す。

「まあ……いいか。」

 送信する。


 直後に、少し後悔した。

 変に馴れ馴れしくなかっただろうか。

 そんなことを考えていると、通知が表示された。

 夜凪からの返信だった。

『そう言ってもらえると嬉しいです』

 短い一文。

 それを、もう一度読む。


 気づけば、次の言葉を打っていた。

『日本酒って、そんなに種類あるんですか?』

 しばらくして返事が来る。

 そこから、日本酒の話が続いた。

 知らない銘柄。

 飲み方による違い。

 冷やして飲むもの。

 温めて飲むもの。

 知らないことばかりだったが、話を聞いているのは面白かった。

 俺は酒に詳しくなったわけじゃない。

 日本酒が特別好きになったわけでもない。

 ただ、夜凪が楽しそうに話すものを、少し知ることができた。


 その夜を境に、感想を書くことへの抵抗が薄くなった。

 詩を読んだ時は、感じたことを書く。

 時には、紹介されている日本酒を試した感想を。

 ゲームの話なら、互いに励ましあうこともあった。

 一言で終わる日もあった。

 少し長くなる日もあった。

 夜凪から返ってくる言葉も、それに合わせるように増えていった。


 やり取りの内容は、特別なものではなかった。

 酒やゲーム。日常であった、どうでもいい出来事。

 そんな話をしているうちに、相手の書く言葉にも馴染んでいった。


 ただ、互いの生活に踏み込むことはなかった。

 どこに住んでいるのか。

 どんな仕事をしているのか。

 家族はいるのか。

 そういうことを詳しく聞くことも、話すこともない。


 書かれていることを読む。

 気になったことがあれば、言葉を返す。

 それにまた返事が来る。

 それを何度か繰り返しているうちに、投稿を見ることも、リンクを踏むことも特別なことではなくなっていた。

 更新がなければ、そのまま閉じる。

 新しい投稿があれば読む。

 それだけだった。


 けれど、更新されていると、少し……嬉しかった。


多忙によりす、ストックがががが

次回更新に1週間いただきたく。

文字数少ないのに申し訳ありません……。

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