第十三話 まだ起きてます?
なんとか間に合いました。
スマホの画面を閉じた。
夜凪との通話で泣いた後、なんとはなしに夜凪とのやりとりの最初の頃を見返していたが……。
この後、だ。
元嫁、いや、元妻……か。
元妻と離婚した頃の事に触れるのは、それが何であれまだ苦しくなる。
明日はまだもう1日休みとはいえ、わざわざ自分から重い気持ちになる事もあるまい。
今見返してみても、夜凪とは不思議な関係だ。
友人、だと言い過ぎな気がする。
かと言って、知り合いで済ますにしては、互いの好きな物、嫌いな物、物事の捉え方や考え方を知っている。
勿論、知らない事のほうが多いだろう。
だが、リアルで接してきた友人の事だって全てを知っているわけではない。
俺自身、離婚した事や、その理由を友人に全て打ち明けた訳ではないのだ。
リアルの友人と何が違うのだろう……。
会った事がない。顔を、名前を知らない。
大きな差のようで、それだけ、とも感じてしまう。
そういえば、と、チラリ時計を見れば、針はいつの間にか天頂の重なりを解いていた。
いくら明日も休みとはいえ、普段なら寝る時間だ。
俺は残り少なくなってきた缶ビールの中身を呷る。
飲みきったはいいが、あまり眠る気にならない。
眠気は常にある。
横になれば寝れない事はないだろうが、どうせ二時間もしたらまた目が覚めるだろう。
それに今日は夜凪との通話で泣いてしまった。
そうだ、泣いたんだ俺は。
急に顔が熱くなる。
確かに俺は酒に弱い。
いつも飲み始めてすぐに顔に出る。
だがこれは明らかに——。
泣いた事が急に恥ずかしいと思えてきた。
昼間の買い物中に夜凪との通話を思い出した時にはそうでもなかったのに!
「泣いた!?なんで泣いた!?え!?俺泣いた!?」
声に出してしまってから、自分で自分に呆れる。
いや、泣いた。
間違いなく、泣いた。
鼻声になっていたし、途中で声も詰まった。
思い出せば思い出すほど、顔が熱くなる。
「最悪だ……」
ベッドに体を勢いよく倒す。
今さら後悔しても遅い。
通話はもう終わっているし、どう取り繕えばいいかも思いつかない。
夜凪ももう寝ているだろう……多分。
いや、あの人のことだから、まだ起きていてもおかしくはないか。
どんな生活リズムか知らないが、平日でも深夜に投稿していた事もある。
そう考えた瞬間、さらに恥ずかしくなった。
もし今も起きていたら——。
今日の俺の泣き顔……いや、顔は見られてない。
見られてはいないが、声は聞かれている。
泣きながら話す男の声を。
「……忘れてくれないかな」
誰に言うでもなく呟く。
けれど、すぐに首をふった。
忘れてほしいと思う一方で、さっきの夜凪の言葉を思い出す。
ありがとう。話してくれて。
あれは、どういう意味だったのか。
気を使ってくれた慰めだったのか、それとも、本当にそう思ってくれたのか。
考えてもわからない。
知る必要もないのかもしれない、けれど。
「まあ……いいか」
小さく息を吐く。
今日のことを恥ずかしいと思うのは仕方ない。
でも、自分の気持ちを話せた事まで後悔する必要はない。
そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
このまま寝てしまえば、起きた時に少しは恥ずかしさも薄れてるんじゃないかと思うものの、どうにも寝れそうにない。
子供じゃあるまいし、と内心で自虐しても、それが逆に子供みたいだと気がついて余計恥ずかしくなった。
小さく溜息を一つついた後、ベッドから足を下ろし、冷蔵庫に向かう。
缶ビールを一本取り出す。
普段、家で一人飲む時に二本目を開ける事などまずない。
だが、今日ぐらい良いだろう。
どうにかこの気恥しさを処理しなければ。
プルタブを開ける音が、静かな部屋に響く。
そのまま窓際へ行き、カーテンを少し開ける。
夜の街が見える。
駅までの道、近所のコンビニ、仕事へ向かう時に通る交差点。
まだ、「自分の街」と呼ぶほどではない。
それでも、最初よりは近くなった。
ふと、スマホに目を落とす。
夜凪からのメッセージはない。
別に待っていたわけではない。
そう思いながら、もう一度画面を確認する。
自分でも少し可笑しくなった。
いつからこんなふうに確認するようになったのだろう。
最初は、顔も声も知らない人だった。
ただ、投稿を読んで、たまに感想を書いて、それに返事が来て。
徐々に互いの好きな物や趣味を知っていって。
今では、声を知っている。
自分の弱い所まで話している——。
「そっか、俺、泣けたんだ」
そう独りごちた時、スマホが震えた。
反射的に画面を確認する。
『まだ起きてます?』
夜凪だ。
思わず笑う。
『起きてるよ、ビール飲んでる』
送ってすぐに返信がくる。
『こんな時間に?』
時計を見る。
確かに、もう遅い。
泣いたのが恥ずかしくて、なんて正直に言わなくても良いだろう。
『なんか飲みたくなって』
1度送ってすぐ、もう一度。
『今度また、日本酒を何か試してみようかな』
今度は夜凪からの返信に少し間があった。
『無理に好きになる必要はないですよ』
その言葉が夜凪らしく思えて笑ってしまう。
『じゃあ、飲んでみてから考える』
『それが良いと思います』
そこでやり取りは途切れた。
画面を閉じ、もう一度窓の外へ目を向ける。
この街にはまだ来たばかり。
仕事も、部屋も、人間関係も、何もかもが始まったばかりだ。
それでも、最初の日とは違う。
少しずつ、この街で過ごす時間は増えていく。
その中に、夜凪との言葉もある。
俺は缶ビールをもう一口飲んだ。
知らない街の夜。
けれど今は、完全に一人でいるような気はしなかった。
マジでストックがががががが




