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ブラッククラウン

無害だからといって、必ずしも危険ではないとは限らない。

ツヤはゆっくりと身を起こした。体内の狂おしい収縮と、肺を引き裂くような圧迫感が徐々に和らいでいく。何とかその異変を悟られまいと必死に堪えながら、無意識に止めていた息を、濁った呼気として吐き出した。カラカラに乾いた喉を鳴らして生唾を飲み込み、震える声を隠すように痛々しく呟く。


「……だ、だから……言っただろ……?」


ジェーンは機械的な冷酷さでゆっくりとウィローの方を向き、彼の下す判決を待った。一方のウィローは、獲物をねぶる蛇のような不快な眼差しと、顔に張り付いた仮面のごとき薄笑いをミリ単位すら崩さない。しかしその瞳の奥には、真実を見失った苛立ちと、飢えた狼のような生々しい疑念が剥き出しになっていた。


「ふむ……実に驚くべき結果だ。本当は、君たちの誰かからあの『穢れ』を毟り取れると期待していたのだがね……」


全員が、首を絞め上げていた見えない手が不意に外されたかのように、深く震える息を吐き出した。カビ臭い独房の鉄格子が忌まわしい軋み音を立てて開け放たれると、仲間たちは命からがらツヤとシンソの元へと集まった。


「みんな、大丈夫!? お怪我はありませんの!?」

ナツキが不安そうに周囲を見回す。


「どうやら無事みたい。……少なくとも、今のところはね」

エラが胸をなでおろしながら答えた。


壁際では、キメケノが腕を深く組み、ギリギリと歯を軋ませて唸っている。隣のニッツェも怒りで顔を土気色に染めていた。この理不尽で屈辱的な扱いは、彼らの尊厳を容赦なく踏みにじっていたのだ。

そんな中、キメントはいつもの無関心な態度とは裏腹に、今なおツヤの腕にすがりついてガタガタと震えているシンソへと歩み寄った。


「……無事か」


シンソはこの問いを全く予想していなかった。キメントのように冷徹な人間が、自分に対して微塵でも心配の念を抱くなどとは夢にも思わなかったからだ。シンソは驚きに瞬きし、小さく囁いた。


「う、うん……大丈夫……ありがとう……」


キメントは無愛想に頷くだけで、再び沈黙へと戻った。

それから間もなくして、廊下の闇の奥から重く、ひどく傲慢な足音が響き渡った。姿を現したのは、先ほど彼らを痛めつけたあの横暴な下級衛兵、フランクとハックだった。フランクは大物を逃したかのように不満げな、それでいて凶暴な表情で一同を睨みつけ、ハックはその背後に隠れるようにして同様に醜い顔を歪めている。


「釈放だ、クソガキども。さっさとてめぇらのドブ川へ失せやがれ」


フランクは無数の傷が刻まれた巨大な手で、まるでゴミ袋でも扱うかのように彼らの背中を乱暴に突き飛ばした。ハックは後ろで腕を組み、下卑た笑みを浮かべた歯の隙間から唾を飛ばしながら、彼らを嘲笑するように見つめていた。


一同は、カビと鉄錆、そして血の臭いが立ち込める牢獄から、ひんやりと冷たい廊下へと足を踏み出した。先頭を行くのは、この屈辱に対する怒りをその荒々しい歩き方だけで体現しているキメケノだった。彼は両拳をあまりにも強く握りしめていたため、爪が手のひらに深く食い込み、関節が真っ白に鬱血していた。


湿気が壁から滲み出て、床に不快な泥だまりを作っている暗い廊下の果て。そこで、仮面のジェーンが彼らを待っていた。薄暗い魔石の明かりの下で、彼女の肌は死体のように青白い。


「――この衛兵所は『イオトゥノ市領内』にある。いかなる理由があろうとも、この街から逃げ出そうとすれば直ちに狩られると思え。毎週、我々が派遣する『勇者』が貴様らの首根っこを掴んで監視しに来る。……さっさと行きなさい」


背後で重厚な鉄扉がガチャンと無慈悲な音を立てて閉ざされ、一同はついに外の通りへと放り出された。


外に広がっていたのは、まさに彼らの常識を打ち砕く『異世界の混沌』そのものだった。腐りかけの野菜と香辛料の匂いが入り混じる露店、粗野な言葉で怒鳴り合う商人たち、石畳の道で激しい軋み音を立てる木製の馬車、そしてけばけばしくも傲慢な装いをした貴族の女たち。

さらに彼らを戦慄させたのは、人波の間を縫うようにして、獣と人間の姿を併せ持つ『獣人』たちが、過酷な重荷を背負わされ、鞭打たれながら奴隷のように歩かされている異様な光景だった。


「わ、私たち……本当に、異世界にいるんだ……」

シンソが怯えきった声で呟く。


「嘘だろ……めちゃくちゃスゲェじゃん!」

ニッツェが、どこか現実逃避するかのように場違いな興奮の声を上げた。


「狂ったのか、お前!? 何の知識もない、通りから生肉の腐った臭いが漂ってくるようなこんな呪われた世界で、どうやって生き残れって言うんだよ!?」

ツヤはたまらず激しい口調で言い返した。


「私達……これから一体、どうすればいいのですの……?」

ナツキが悲痛な声で両手で顔を覆う。


ツヤは、心の中で己の精神の壁を掻き毟るあの暗黒の存在――フィリップからの声や助言を無意識に待ち望んでいた。しかし、周囲の狂騒がそれを阻害しているのか、フィリップは深い沈黙の底に沈んだままだった。


「……とりあえず、あっちの方へ歩きながら、少し落ち着ける場所を探そう。まずは息を整えないと」


ツヤの提案に頷き、一同が混沌とした人混みへと足を踏み出した、まさにその瞬間だった。

ツヤの左肩に、突如として氷のような『重み』が圧しかかった。不気味な白眼と、捕食者のように歪んだ三日月の笑み――フィリップが、再びツヤの肩に居座っていたのだ。


(――この無力な群れなど、勝手に歩かせておけ。お前は今すぐ、あの衛兵所へと戻るのだ)


ツヤの全身の産毛が総毛立った。群衆の中で独り言を呟く狂人のように見られないよう、肩を少し傾け、歯の隙間から極小の声で囁き返す。


「お前……外には出られないんじゃ、なかったのか……?」


(後で説明してやる、ガキ。お前たち全員のその哀れな命を救ってほしいのなら……黙って俺の言う通りにして、あの腐った建物に戻れ)


ツヤが深く息を吐き出すと、フィリップの黒い影は陽炎のように揺らめき、再び精神の深淵へと引き戻されていった。ツヤは足を止めると、突然何かを思い出したかのように、大げさな焦りを装って声を上げた。


「ああっ! しまった、あの湿った独房に上着を忘れてきちゃった!……戻って取ってくるよ!」


「ハァ!? マジかよ? 命からがら逃げ出してきたってのに、こんな状況で服の心配かよ!?」

ニッツェが呆れ果てたように声を荒げた。


「バカなこと言わないで、ツヤ……! 立ち止まっている暇なんてありませんわ、早く行かなくちゃ!」

ナツキが顔を青ざめさせて引き止める。


「お願いだ、ここで少しだけ待っていてくれ! あの服は……元の世界から持ってきた、家族を思い出せる唯一のものなんだ!」


その言葉に、シンソの強張っていた表情が和らいだ。自身が凄惨な暴力を受けた直後であるにもかかわらず、彼は深い理解を示してかすかに微笑んだ。


「わ、分かった……。行ってきて。でも絶対に急いでね……ボクたち、ここで待ってるから」


ツヤは感謝を込めて頷くと、踵を返し、人混みを掻き分けて衛兵所へと走り出した。石畳の道に必死の足音が響く中、彼は心の中でフィリップに向かって叫んだ。


(これには、本当に納得のいく説明があるんだろうな!?)


(ククク……生き残るための『致命的な法則』を教えてやろう。いいから、そのまま衛兵所へ向かって走り続けろ)

フィリップは精神の底で、嘲るような笑い声と共に囁いた。


ツヤは肺が焼け焦げるほど走り抜き、先ほどの不気味な灰色の石造りの建物の前で立ち止まると、壁に手をついて荒い息を整えた。


(――よく聞け、ガキ。この世界をひざまずかせる絶対的な力をくれてやろう。通常、凡人が『極』……すなわちオリジンの境地に達するには、最高峰の勇者となるか、生と死の狭間で肉体と精神を極限まで鍛え上げた戦士である必要がある。耐久力、攻撃力、防御力、そして一撃の精度――そのすべての限界を突破していなければならん。だが……お前は最初から、この俺と共にその『力』の核を宿している。ゆえに、俺たちが為すべき唯一の焦点は、お前のその反吐が出るほど脆弱な肉体を『器』として鍛え上げることだけだ)


ツヤは歩みを緩め、警戒しながら薄暗い衛兵所の廊下へと再び忍び込み、精神世界で問い返した。


(理屈は分かった、だけどどうやって!? 僕は異世界のことなんて何も知らない、ただの一般人なんだぞ!)


(だからこそ、お前には圧倒的な優位性があるのだ。俺を使い、限界を打ち砕け。肉体と精神の耐性を高めれば高めるほど、お前は俺の暗黒からより強大な破片を毟り取れるようになる。そして――力を完全に解放したい時は、肉体の主導権を全て俺に委ねろ。お前が精神の最も暗い隅でただの『観客』として留まっている間、俺がお前の肉体をマリオネットのように支配し、暴れ回ってやる。これを……『形態(フォーム)』と呼ぶ)


フィリップの精神世界での笑みはさらに凶悪に吊り上がり、まるでツヤの魂を鋭い爪で直接引っ掻くかのように響いた。


ツヤは言われたことを反芻した。肉体を鍛え、フィリップの狂気じみた侵食から自我を守り抜くことができれば、この強大な力を仲間を守るために使えるかもしれない。彼は深く俯いたまま、足音を殺して廊下を進む。


(当然、大いなる力には肉体を腐らせる『代償』が伴うがな……。いいか、俺を最低でも一日に一回は外に解き放ち、肉を喰らわせろ――つまり、意図的に力を使えということだ。もし俺の力をあまりに長く内側に抑圧し続ければ、一瞬の暴走でお前の脆弱な肉体は内側から焼き尽くされ、灰と化す。そして最も重要なのは……俺の唯一の弱点は、お前の中にあるその哀れな『人間の感情』だということだ。純粋な『怒り』以外のすべての負の感情――恐怖、迷い、慈悲、あるいは妥協――そうした下らない感情を抱いた瞬間、俺たちの魂の同調は遮断され、俺自身に直接のダメージを与えることになる)


ツヤは衛兵所の奥深くへと足を進めながら、その条件を受け入れるように小さく首を縦に振った。一歩進むごとに、周囲の空気はひんやりと重くなっていく。

やがて、先ほどまで自分たちが囚われていた独房エリアに続く扉がわずかに開いているのが見え、隙間からくぐもった会話が漏れ聞こえてきた。


「――本当に、あのガキどもをあのように街へ放り出してよかったのかね、ジェーン女史?」

ウィローの声だった。


「心配には及びません。首輪をはめた犬のように監視し続けます。それに……仮にあのピンク髪の隣にいたガキが、体内に『黒の物質』を秘めていたとしても、あの貧弱な身体であの力の一片すら引き出すには、最低でも四ヶ月の凄惨な肉体訓練が必要です。今は完全に『無害』です」


その言葉を聞いた瞬間、ツヤの血管を流れる血が一瞬にしてドクンと沸騰した。

胸を引き裂くような純粋な『怒り』――それと同調するように、精神世界の底でフィリップの笑い声が狂気的な領域へと跳ね上がり、怪物の頭上には王冠を模した漆黒の紋章が禍々しく輝き始めた。


ツヤは、暴走の代償など気にかける余裕すらないほどの激しい憎悪に支配されていた。彼はゆっくりと半開きの扉に近づき、音も立てずに少しだけ隙間を押し広げた。

その向こう側に広がる光景を見て、ツヤの唇は、フィリップと全く同じ歪んだ笑みの形へと吊り上がった。


ウィローとジェーンはすでに奥の部屋へ消えたのか、そこにはフランクとハックの二人だけが残り、先ほどシンソを痛めつけたあの粗末なテーブルで、下品な笑い声を上げながらカードゲームに興じていたのだ。


ツヤの瞳孔が、漆黒の闇に染まり濁っていく。その顔には、悪魔そのものと酷似した、凶暴で暗い笑みが張り付いていた。


(さあ……まずはこの薄汚い肉の塊どもで、俺たちの『力』を試してみようじゃないか――)

こんにちは!作者です。今日は忙しくて更新が遅れてしまいましたが、新しい章が完成しました!皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです!

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