最悪の前兆と濁った調和
本話には一部、残酷な描写 , 性的暴行(陵辱)を想起させる表現が含まれています。苦手な方はご注意ください。
実は、私たちって同じことを考えているんですよね?もしかしたら、私たちが思っているよりもずっと近いところにいるのかもしれません。
「……別世界での新しい人生、か。悪くないな」
(死ぬ、死ぬんだ! 耐えられるわけがない! みんなを巻き込んでしまった。僕と一緒にみんな死ぬんだ!)
ツヤは唐突に目を覚ました。
背中に伝わるのは、ひどく冷たくて硬い感触。見上げると、そこにあるのは無機質で無骨な鉄製の天井だった。
彼はハッと上体を起こすと、地面に這いつくばるように座り直した。首を左に向けると、いくつもの鉄格子で組まれた独房が円を描くように並んでおり、その中心が一本のメイン通路へと繋がっているのが見えた。
彼はふらふらと立ち上がり、冷たい鉄格子に手を触れた。間違いなく強固な鋼鉄製だ。もしフィリップの言葉が本当なら、これほどの厳重な警備を敷くのも納得がいった。もっとも、ツヤは未だに自分の内にいるフィリップがどれほど強大な存在なのかを、本当の意味では理解していなかったが。
その時、彼の脳裏に友人たちの顔が過った。ツヤは胸を突く不安に駆られ、隣の独房の様子を確認しようと右側へ視線を向けた。
その瞬間、彼の目が見開かれ、顎の関節が恐怖でガチガチと凍りついた。
すぐ隣の独房の中――そこにはナツキがいた。
彼女は両目を大きく見開いたまま、まっすぐにツヤの方を向いていた。しかしその身体は床に力なく横たわり、胸元には深々と短剣が突き刺さった、無残な亡骸と化していた。
ツヤは息を詰まらせ、喉の奥から悲鳴にもならない音が漏れた。恐怖に震える視線を、今度はもう片方の隣の独房へと向ける。
そこにいたのはキメケノだった。彼の頭部には容赦なく短剣が突き立てられ、冷たい壁に張り付けられた状態で、だらりと吊るされていた。
ツヤは狂いそうになりながら、頭を別の方向へと激しく振った。
「なんでだよ!……なんでなんだよ、クソォッ! あいつらは何も悪くない! ただ学校にいただけなのに! みんなには家族だっているんだぞ……なぁ、なんでだよ……っ!」
奥歯が砕けんばかりに噛み締めたツヤだったが、視界の隅、自分の独房の片隅にさらなる絶望を見つけてしまった。
部屋の隅に力なく座り込んでいるシンソの遺体――その両手の爪は、すべて無残に剥ぎ取られていた。
ツヤはよろよろと数歩後退した。必死に状況を理解しようと脳を回転させる。
もうこれは『グラーフェティ』の仕業ではない。なぜならフィリップという存在は、あの怪物たちとは全く異質だからだ。ならば、これは残酷な現実なのか? どうすればここから逃れられる? グラーフェティが自分の歪んだ感情や偏見、罪悪感の産物だったのに対し、これは明らかに『外側』から迫る圧倒的な悪意だ。
「フィリップ!! お前とこんな契約は交わしてないぞ!……僕はこんなこと、望んでないッ!」
ツヤが狂ったように叫んだ、その時だった。
「――ふん、ようやくお目覚めか」
背後から響いた声にツヤが振り返ると、そこには不自然なほど太く強固な剣の柄を腰に帯びた、長髪で中肉中背の男が立っていた。
「……何だ、お前は?」
「『フィリップ』などと叫んで助けを求めるとはな。やはり俺の勘は正しかったというわけだ。つまり、お前の友人どもは全くの犬死にだったな」
男の言葉にツヤは息を呑み、ただ圧倒的な恐怖のままに男を見つめ返した。
「そう怯えるな。実際のところ、俺はお前をかなり気に入っているんだ。実に見事な髪質だ……身体のラインも、実に素晴らしい」
ツヤは強烈な嫌悪感に襲われ、独房の奥へとじりじりと後退した。しかし男は嘲笑いながら檻に近づくと、ジャラジャラと重々しい音を立てて鍵を開けた。男は独房の中へと足を踏み入れ、背後で静かに扉を閉める。そして、自らの重厚な鎧を一つずつ外し始めた。最後には、下着だけを身につけた異様な姿になる。
「な、何をしてるんだ……!? 僕に何をするつもりだよ……っ!」
「おっと、ちょっとした『お楽しみ』の時間さ。お前をたっぷりと使わせてもらうぞ」
ツヤの目が見開かれ、さらに後ろへと下がろうとしたが、すでに背中は冷たい壁に阻まれていた。男は容赦ない足取りで一気に距離を詰めると、強靭な両手でツヤの両腕を掴み、壁へと乱暴に押し付けた。その握力は尋常ではなく、身動き一つ取れない。
男はニヤニヤと歪んだ顔をツヤに近づけると、その下卑た舌でツヤの顎から首筋にかけて、ねっとりと舐め上げた。生々しい唾液の跡が、ツヤの肌に長く残る。
「ああ……最高の肌触りだ。なんて柔らかいんだ……」
ツヤは激しく過呼吸に陥りながら、男の拘束から逃れようと必死に身をよじった。しかし、男の膂力は圧倒的だった。
「嫌だ!……放せ! やめろっ!」
「くくっ、その声がますます俺を昂らせるんだよ」
男はツヤを容赦なく床へと叩きつけた。ツヤが激しく床に悶絶した隙に、男はツヤのズボンを強引に引き裂き、下着一枚の姿に剥ぎ取った。ツヤは必死の抵抗で男の顔面に鋭い蹴りを叩き込み、文字通り地を這いながら逃げ出そうとしたが、男は容赦なく覆いかぶさり、残された下着さえも強引に引きちぎった。
「しーっ……大人しくしろ。すぐに終わらせてやるからな」
「やめろぉッ! 放せ、この変態野郎っ!!」
男は自らの下着を脱ぎ捨てると、抵抗するツヤの腰の骨に向けて、容赦のない重い拳を叩き込んだ。ドカッという鈍い音と共に、ツヤの身体から急速に力が抜けていく。男はその隙を逃さず、ツヤの身体を強引に引き寄せると、あまりにも暴虐に、そして深くツヤの内部へと自らの欲望を突き刺した。
「――っ、あああああぁぁぁあッっっ!!」
ツヤが引き裂かれるような悲鳴を上げる中、男は下卑た快楽の吐息を漏らし、その腰の動きを激しく加速させていった。
執拗に、絶え間なく、男はツヤの身体を蹂躙し、陵辱し続けた。
ツヤが激痛と、そして肉体が強制的に引き起こす最悪の快感に身をよじらせる中、男はさらにツヤの細い喉元を大きな手で力任せに掴み、へし折るように圧迫した。
「た、のむ……殺して……っ」
男はその懇願に耳を貸すことなく、ただ自身の欲望を満たすためだけに腰を振り続けた。
やがてツヤの視界は完全に白濁し、窒息の果てに、その短い命を無残に絶たれた。
◇
「ハッ……!!」
ツヤは猛烈な勢いで目を開け、ガバッと上体を起こした。
……また、あのシャワーブースの中だった。
頭上からは変わらず激しい水が降り注ぎ、彼の濡れた蒼髪を額や肩へとぴったりと張り付かせている。ツヤは酸欠に喘ぐように口を大きく開け、怯えきった瞳でブースの外を見やった。しかし、浴室には誰もいない。ブースのガラス扉も固く閉ざされたままだ。
彼は震える身体をゆっくりと反転させた。
ブースの隅――そこには、いつものように底知れない、巨大な笑みを口元に張り付かせたフィリップが座り込み、ツヤをじっと見つめていた。
ツヤは言葉を失ったまま、ただ虚ろな目で彼を見つめていたが、次の瞬間、堪えきれない涙が堰を切ったように溢れ出した。彼は身体を縮こまらせ、ブースの壁に背中を強く打ち付けながら、激しい嗚咽を漏らして泣きじゃくった。狭い空間に、シャワーの音とツヤの泣き声だけが虚しく響く。
「……なんで……なんで助けてくれなかったんだよぅッ!」
ツヤの責めるような言葉に、フィリップは退屈そうに首を横に傾げた。
「助けたさ。現に、お前はこうして生きているだろう?」
「え……?」
ツヤは涙に濡れた大きな目で、自身の無傷な全裸の身体を確認し、困惑に身を固くした。
「今お前が体験したのは、起こり得た『可能性(未来)』の一つに過ぎん。もしお前があのまま眠り続け、俺の存在を隠匿できずに尋問を受けていれば……いや、正確に言えば、俺の警告に気づくのが遅れていれば、お前の友人どもは文字通り無残に惨殺され、お前も目覚めてすぐにあの男に陵辱され、そして嬲り殺されていただろう。奴らはあの下劣な手段を使い、お前の肉体から俺を強制的に引き剥がそうとしたはずだ。まあ、結局のところ不可能な話だがね」
「どうして……?」
フィリップは、さらに不気味にその口元を吊り上げた。
「分からないか、ガキ? 俺は今、お前と共にこの『檻』の中にいるんだよ」
その言葉に、ツヤは自分がフィリップと完全に適合し、一蓮托生の本質となった事実を思い出し、床を流れる水を見つめた。
「これこそが、俺と適合したことでお前が手に入れた『力』の一つだ。俺の力を介して、これから起こる最悪の事態に対処するための『予兆』を視ることができる」
「……あんなこと、二度と御免だ。もうあんな風に、蹂躙されるのは嫌だ……絶対に嫌だ!」
ツヤは必死に涙を拭いながら、激しい嫌悪感を露わにして呟いた。
「誰だってそうだろうさ。……ところでガキ、お前はさっきのあの男に対して、今どんな感情を抱いている?」
予想外の問いかけに、ツヤは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐにその瞳にどす黒い光を宿して答えた。
「――激しい『憎悪』と、殺してやりたいほどの『怒り』だ」
フィリップは満足そうにブースの壁に背を預けた。
「くくっ……。なら、人間に対するお前のあの偏見や評価も、あながち間違いではなかったというわけだ。人間とは、すべからく下劣で醜悪な生き物さ」
ツヤは、自分が普段から抱いていた「人間への不信感」や「カテゴリー分けによる冷徹な評価」が、フィリップの持つ残虐な本質と、恐ろしいほどの高解像度で一致していることに気づいた。フィリップは正しい。そして彼は、この最悪の状況を切り抜けるための、極めて実用的な『武器(力)』を提示してくれたのだ。すでに退路を断たれ、行き止まりに立たされている自分には、もうこれ以外の選択肢はない。
「……つまり、俺たちの意見は一致した、ということだな?」
フィリップの言葉に、ツヤは静かに、しかし明確に頷いた。どれほど拒絶したくとも、今の自分にはフィリップが必要であり、彼らの本質は確かに深く共鳴していた。
「結構。それじゃあ、俺の力を使いこなすことを忘れるなよ。現実に戻ったら、しっかりと『思考』して言葉を選べ。いいな?……それじゃあ、バイバイ!」
「――待て、何をっ!?」
ツヤが叫び声を上げる間もなく、パチンと指を鳴らす音が響き、彼の意識は再び急速に現実の闇へと引き戻されていった。
こんにちは!作者です。新しい章はいかがでしたか?私が期待していたほど感動していただけたら嬉しいです!ご安心ください、それは良いことです。物語が続くので、引き続き応援よろしくお願いします!また近いうちにお会いしましょう!




