書状
「所詮、計画の肥大化は人口の増加を招き、人口の増加はさらなる問いの乱立をもたらす。議会という場さえも、まさにその理で動いているのだ。」
もちろん、後者を選ぶことなど、己への誇りと自尊心が許さなかった。それに、剣の技術など最初から必要としていない。そうだ、その通りだ。前の世界でも孤独だった彼には、今やフィリップがついている。ほかに特別な専門知識や力など必要なかった。彼が望むのはただ力、そして仲間たちを守ること。この異世界で生き抜くこと――それだけが彼の願いであり、そのためならどんな手段でも選ぶつもりだった。
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――(二日前)
【イタニリア帝国・イオトゥノ議会司令部】
静まり返った平穏な朝、心地よい微風が吹き抜ける中、農村部よりも都会的に整備されたイオトゥノ市の議会中央司令部――その一室で、管理局の役職に就くオキは、山積みの書類に黙々と目を通し、次々と署名を重ねていた。
オキは険しく眉をひそめ、イオトゥノ市内の各地区における生活状況や各種報告が記された書類を確認しながら、必要な指示を別の用紙に書き留めては部下へと回していく。
自身の職務と立場上、ここにこうして身を置くべきだとは分かっていたが、彼を突き動かす唯一にして最大のモチベーションは、ただ自宅で待つ愛しい妻と娘を養い、彼女たちの笑顔を守ること――それだけだった。彼はごくありふれた、平凡な男に過ぎなかったのだ。
一枚の書類を脇に置き、次へ手を伸ばそうとしたその時、部屋の扉がノックされることもなく勢いよく開け放たれた。飛び込んできたのは、息を切らせて顔を真っ青にした一人の職員だった。
「いったいどうしたんだ、おい!」
職員は荒い息を整えながら、声を震わせた。
「は、はぁっ……! お、恐れ入ります、オキ様! ベイ・ウィロー様からの伝言です!」
「ベイ・ウィローだと……?」
オキは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「早くその手紙をよこせ」
職員は慌てて歩み寄り、震える両手で一通の書簡を差し出した。オキはそれをひったくるように受け取ると、鋭い眼光で文字を追い始めた。
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【イタニリア帝国総司令官 ウィロー・アイリス】
『これは通達および厳命である。
黒きピラミッドの突如たる消失ののち、それが内部の空っぽな残骸として発見された件は、イタニリア帝国の全議会中央部に布告されたが、国家機密として伏せることが決定された。
しかしながら、私個人の調査により、黒きピラミッドが発見された現場にて、同所と不審な接触を図る八名の未成年からなる一団が確認された。
私および機動部隊司令官ラフラナウス・ジェーンの指揮の下、彼らをこの世界へと連行して尋問を行ったが、いかなる個体からも“黒物質ブラックマター”の痕跡は検出されなかったため、監視を条件として解放処置をとった。
だが、ここからが貴殿に下す命令の核心となる。
オキ・クマタよ。この極秘情報をいまだ誰にも漏らすな。そして貴殿の管轄下にいる“英雄”の一人を、件の一行が潜伏する場所へ送り込み、あえて喧嘩腰に挑発させよ。
もし“黒物質”が本当に奴らの誰かに宿っているならば、その英雄の攻撃的な振る舞いは、宿主を守護する“フィリップ”を必ずや表舞台へ引きずり出すはずだ。そうなれば、英雄の手で速やかにその者を粛清し、死骸を司令部へと回収させよ。
万が一、何の反応も得られなかったならばそれで構わない。他に余計な手出しは一切無用である。
また、この計画について、オユコ地区の「英雄・冒険者酒場」の店主にあらかじめ通達しておくよう命ずる。
計画が首尾よく運ばれたならば、この一報は直ちに最高議会および偉大なる皇帝陛下へと奏上される。
心して、手順通りに計画を遂行せよ。
――スカウンの名において』
【イタニリア帝国総司令官 ウィロー・アイリス】
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オキはゆっくりと書簡を机の上へと置いた。
黒きピラミッドの失踪は、イタニリア国内だけでなくスカウン領全域をも揺るがす大事件であり、ピラミッドが(中身が空の状態で)発見されたという発表によって世間の噂は鎮静化されていたはずだった。まさか、そこにまだ疑念の芽が残されていたなど、オキには微塵も想像していなかったのだ。
オキは重々しく首を横に振り、深く息を吐き出した。
「……すぐに、オユコ地区の酒場店主と、そこにいる最果ての“英雄”をここに呼び戻せ」
職員は深々と頭を下げた。
「はっ! 承知いたしました!」
オキは自分の頭をガシガシと掻きむしった。
世間の目を憚り、一般市民からの恐怖やパニックを防ぐという名目で、“黒物質”の保有者が紛れ込んでいるかもしれないという疑惑は公式には伏せられていた。だが、それを踏まえたとしても、最高議会ですら未だに知らされていないという現状はあまりにも不可解だった。
ウィロー卿が、一体どのような手口を使ってこのような大嘘をまかり通らせたのか、オキには到底理解できなかった。どれほど権力があるとはいえ、高官の一人や二人から「おい、あのピラミッドの中身は空っぽだったはずだが?」と疑問の声を向けられることは避けられなかったはずだ。それをも完全にコントロールし、己の思い通りに立ち回れるだけの術を、ウィロー卿は持っているということだ。
それに、いくら「丁重な要請」という体裁をとっていようとも、この機微に触れる情報を自分が知らされてしまった以上、それはすなわち――ウィロー卿の監視の目が、今や自分自身にも向けられているということに他ならない。
オキは重いため息とともに、椅子深く身体を預けた。
「……一体いつから、俺はこんな泥沼に足を踏み入れてしまったんだ……」




