教訓を学ぶ
怠惰と無力感は似ているが、どちらも他方より悪い。
ウイタ「……何かご用でしょうか?」
邪教徒「貴様らのような罪人に求めるものなどあるものか! ただ、死を所望するだけだ」
キメケノ「はァ!? そう簡単にいくと思ってんのか? 思い上がりも大概にしろよ、このクソッタレの骨袋が!」
敵の集団は、狂気に満ちた笑い声をゲラゲラと上げ始めた。
ツヤは俯き、ふっと自嘲気味に微笑んだ。これまでの幾多の『死のシナリオ』、そのすべての要因はすでにこの場に揃っている。彼はこれまで、何度も、何度も、ありとあらゆる残酷な方法で命を落としてきた。しかし、それでも彼はここまで辿り着いたのだ。決して足を止めることなく、絶望の泥沼に沈み込むこともなく。
――ならば、なぜ今ここで、こんな結末を受け入れなければならない?
ツヤ「諦めるもんか……」
キメケノが猛然と前へ飛び出したが、あっさりと弾き返された。彼は恐怖と共に自分の無謀な行動を後悔した様子だったが、もはや後戻りはできなかった。
ツヤ「キメケノ、そのまま続けろ! 僕に考えがある!」
ツヤは剣を抜くや否や、ありったけの怒りを込めて邪教徒たちに斬りかかった。
しかし、邪教徒たちは彼をたやすく押し返し、薄汚い笑みを浮かべた。
ツヤ「みんな、手してくれ! 奴らの足止めをするんだ!」
仲間たちは不安げに顔を見合わせたが、すぐさま剣を抜き放ち、素人丸出しの動きでがむしゃらに剣を振り回し始めた。全員で敵を包囲しようと試みたが、当然ながら戦闘経験に勝る邪教徒たちが圧倒的だった。仲間たちの身体に、次々と傷が増えていく。
ツヤは一度後方に下がり、息を整えながら仲間たちを見た。
(……間違った決断だったか? 前回の『一斉攻撃の計画』の時と同じ結末を迎えるのか?)
――いや。
ツヤ「絶対に退くな! 全力でいくんだ!」
だが、彼らのビギナーズラックもやがて限界を迎えた。
シンソは剣を取り落とし、すでに肩で息をしている。キメントは不格好に剣を構えながら、何とかシンソの前に立ちはだかっていた。ニッツェとエラは背中合わせになっていたが、負傷のせいで剣を持ち上げる力も残っていない。ナツキとウイタも同じような惨状だった。キメケノはツヤのそばまで後退し、息が上がっているのを必死に隠そうとしている。
ツヤは、小さく舌打ちをして呟いた。
ツヤ「……この計画もダメだったか」
仲間たちが一箇所に追い詰められ、万事休すと思われたその時――信じられない光景が起こった。
邪教徒の一人がくぐもった悲鳴を上げ、背後から剣で貫かれて崩れ落ちたのだ。他の邪教徒たちが一斉に振り返る。
ルーサー「おいおい、ここで一体何やってやがる? 俺が新しく引き入れた連中を、最初の冒険にすら出る前に殺されてたまるかよ」
邪教徒たちは恐怖に顔を歪ませて武器を構え直したが、ルーサーは鋭い剣さばきで瞬く間に残る5人を斬り伏せ、剣についた血を振り払った。
ルーサー「ほんの少し用事で席を外しただけだってのに、すぐこれだ。お前ら、危なっかしすぎるぜ」
シンソが荒い呼吸を整えながら、途切れ途切れに声を出した。
シンソ「ぼ、ボクたちの……せいじゃ……ない、です……っ」
ルーサー「そりゃどうも。……まったく、冗談キツイぜ」
ツヤ「突然現れたんです。どうすればいいか分からなくて……」
ルーサー「ああ、だがお前らは戦おうとした。初めて実戦で剣を握ったってのにな。……正直に言おう、大したもんだ」
仲間たちは互いに肩を貸し合いながら、何とか立ち上がった。ルーサーは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。
ルーサー「邪教徒の動きと今回の件は報告しておいた。だからちょっと用事があるって言ったんだ。こういう事態はこれからも頻繁に起こる。さっさと自分を鍛えるんだな。……とりあえず、家に戻って傷の手当てをするぞ」
ルーサーは家の方角へと歩き出した。
ニッツェ「やれやれ、誰かさんは本当に最悪の『お母さん』になりそうね……」
ニッツェがルーサーの背中に向けて皮肉をこぼすと、一行もようやく重い足を引きずって歩き始めた。
ツヤはふと足を止め、まだ鞘に収めていない自分の剣と、地面に転がる死体を見下ろした。
(……死のループは破られた。これは、単なる確率や偶然じゃない)
彼はもう「戻る」ことはないのだと悟り、幾度となく味わってきた死の生々しい痛みの記憶を心の奥底へと押し殺し、仲間たちの後を追って歩き出した。
一行は無言で歩き続けた。
今回、ツヤは絶望に飲まれることなく事態を乗り越えることができた。だが、その胸の奥には未だに小さな恐怖の火種と緊張感が燻っていた。それでも今は、誰も欠けることなく生き延びられた事実だけが、彼の心を安堵させていた。
一行は静かにレツカ家の酒場へと辿り着いた。中へ入ると、大勢の客が席に座り、酒を飲んでいるのが見えた。
ニッツェ「へえ、ここがこんなに満員になるなんて知らなかったわ」
ルーサー「まだ葬儀が続いてるんだろうな」
ルーサーは小さく息をつき、客の群れの中へと混ざっていった。
ナツキ「私とエラ、ウイタは二階へ行きますわ」
ツヤ「僕たちも行くよ」
彼らが互いに支え合いながら階段を上り始めると、その途中でツクモとサラマに出くわした。
ツクモ「ああ、お帰りなさい。酷い怪我のようですが……申し訳ない、一つお願いがあります。葬儀がまだ続いているため、来客も多くて皆ピリピリと張り詰めているのです。サラマが手当ての道具を渡しますから、自分たちで処置をお願いできませんか」
ツクモは彼らの返事を待つことなく、足早に階段を下りていった。
サラマ「……こちらへどうぞ」
一行は上の階に到着した。女子たちはサラマの部屋へ、男子たちはルーサーの部屋へと入る。
サラマは女子たちの様子を確認した後、男子たちの部屋の前に必要な物資を置き、ドア越しに声をかけた。
サラマ「必要な道具はここに置いておきます。もし重傷の人がいれば、私を呼んでください。女の子たちの方ももうすぐ終わります。……私もキリシマさんのことを本当の母親のように慕っていますから、今は彼女のそばにいてあげたいんです」
サラマの足音が階段を下りて遠ざかっていく。
シンソがドアを開けて周囲を見回すと、そこには布切れ、ペースト状の薬草が入った木杯、先端に蝋油を塗って熱せられた鉄串、そして包帯が置かれていた。
シンソはそれらを抱え上げ、後ろ手にドアを閉めた。
シンソ「道具、持ってきたよ」
ツヤ「互いに手伝いながら手当てをしよう。誰か、重傷の人はいる?」
キメケノが床にどさりと座り込んだ。ツヤはシンソから道具を受け取り、中身を確認し始める。キメントも部屋の隅に腰を下ろし、押さえていた自分の傷口を静かに見つめていた。
キメケノが少し痛みを堪えるように顔をしかめながら口を開いた。
キメケノ「おいおい! もっと気楽にいこうぜ。俺たち、結構うまくやったじゃねえか」
シンソはふわりと微笑み、キメケノの隣に座った。キメケノはニヤリと笑い、肘でシンソを小突く。
キメケノ「お前も、意外とやるじゃねえか! なかなか良かったぜ!」
シンソは少し照れたように自分の腕を抱きしめた。それから髪留めを外して髪をほどき、頭を軽く横に振った。
シンソ「……ありがとう」
ツヤが道具の準備を終えて近づいてきた。
ツヤ「さて、それじゃあ手当てを始めるけど……みんな、処置の準備はできてる? 服はちゃんと脱いだ?」
キメケノ「ああ、バッチリだ」
ツヤはシンソの隣に座り、手際よく傷の処置を始めた。
ツヤ「後で僕の髪をセットして、この借りを返してよ」
シンソの強張っていた表情が少しだけ和らぎ、その唇に小さな微笑みが浮かんだ。ツヤの手元をじっと見つめるシンソの前で、ツヤが口を開く。
ツヤ「ところでキメケノ。君、いつからそんなに協調性のある性格になったの?」
キメケノ「勘違いすんなよ、クソガキ。俺は今、戦略的に動いてるだけだ。今のこのグループには、精神的なモチベーションの底上げが必要だからな」
ツヤ「へえ……君の語彙力って、そんなに豊富だったっけ?」
キメケノ「あァ!? てめぇ、今なんつった!?」
ツヤ「はいはい……君の言う通りだよ。それと、僕をガキ扱いするのはやめてくれない? 僕たち同い年なんだから」
キメケノは不満げに舌打ちをした。
キメケノ「チッ。俺が丸くなったとか勘違いすんなよ。さっさと手を動かせ、まだ順番待ちしてる奴がいるんだからな」
ツヤ「わかったよ……」
ツヤは全員に同じ手順で処置を施していった。まずは傷口を丁寧に清め、熱した鉄串で軽く焼いて止血し、その上からしっかりと包帯を巻いていく。
△▼△▼△▼△
一時間ほど経ち、全員が薄手の衣服に着替えて布団の上に横たわっていた。
部屋の隅に置かれた蝋燭の淡い灯りが揺らめく中、ツヤは正座して、シンソが自分の髪を整えてくれるのを待っていた。静まり返った安らぎの空間には、キメケノやキメントの規則正しい寝息と、下の階から微かに響く足音や話し声だけが響いている。
シンソは細い指先をツヤの長く伸びた髪にそっと絡ませ、丁寧に梳かしながら形を整えていた。
シンソ「櫛がないから少し難しいけど……うん、何とかできそう」
ツヤ「ねえ、シンソ」
シンソ「うん?」
ツヤ「僕、髪を切った方がいいかな?」
シンソの手がピタリと止まった。そして、先ほどよりもさらにゆっくりとした手つきで髪を弄りながら答えた。
シンソ「……どうして?」
ツヤ「うーん、分からないけど……ただなんとなく――」
シンソ「ボクは、今のままでもすごく綺麗で、可愛いと思うな。ツヤ君に似合ってるし」
ツヤ「可愛い、か……」
シンソ「うん、そうだよ」
しばらくの沈黙の後、シンソは自分の布団へと潜り込んだ。
シンソ「朝になったら、ちゃんと結んであげるね」
ツヤもゆっくりと布団に横たわった。
ツヤ「おやすみ」
静寂の中、ツヤは眠りにつこうと目を閉じた。
しかし数分後、すぐ背中側に柔らかい感触と、心地よい温もりを感じた。
振り返ると、シンソがツヤの背中にぴったりと身を寄せ、その胴体に腕を回して強く抱きついていた。
ツヤ「シンソ……?」
シンソ「……今夜だけ。お願い……ボク、少しだけ温もりが欲しくて……」
ツヤは一瞬戸惑ったが、そのままシンソが隣にいることを受け入れた。彼は下敷きになっていた自分の腕をそっと引き抜き、シンソの背中に回して抱きしめ返した。
安心したように、シンソはあっという間に穏やかな寝息を立て始めた。
ツヤもまた、重く落ちてくる瞼の引力に抗うことをやめ、深い眠りへと落ちていった――。
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