恐怖の絶望的な計画
状況によっては、できないことこそが唯一の解決策となる場合もある。
トゥーは高揚した様子で一行を見渡した。
「皆様、それぞれ実に素晴らしい仕上がりですね! 完璧です!」
一行は改めて、自らの身にまとった装束と腰の刀剣を心底満足そうに検分した。
「ええ、認めざるを得ないわね。実に素晴らしい出来映えだわ」
ナツキが感心したように呟くと、シンソが隣のツヤへと視線を向けた。
「ツヤはどう思う?」
ツヤは自らの体を軽く翻し、装束の具合をもう一度確かめた。
「ああ、僕も良いと思うよ」
「すごく似合っているよ」
シンソは嬉しそうに微笑んだ。
ニッツェが軽く肩をすくめながら問いかけた。
「とにかく、トゥー殿、次は何をすればいいんだい?」
「うーん……」
トゥーは顎に手を当て、しばし思案の仕草を見せた。
「今日はもう邸へ帰るべきだと思うよ。なにしろ武者としての仕事を始めた初日だし、もうすぐ日が暮れるからね」
「合理的で妥当な判断ね」
ウイタが頷くと、ナツキも深く首肯した。ただ一人、キメケノだけはあまり面白くなさそうな表情を浮かべている。
ニッツェはぐっと背伸びをし、歩みを進め始めた。
「ルサーを探して帰るとしようか。今日は長い一日だったからね」
「それじゃあ、お気をつけて。僕はやり残した仕事を片付けていきます。改めまして、武者となられたことを祝福いたします」
「ありがとうございます」
シンソが謝意を述べると、ウイタも続いた。
「また明日、トゥー殿」
トゥーは笑みを浮かべて頷き、その場を後にした。一行は逆方向へと歩みを進め、建物の外で待っていたルサーの姿を視界に捉えた。
「なんだ、もう帰るのか? お前たちは先に行け。俺にはまだ用事があるから、後で追いかける」
キメケノが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ニッツェが気のない風に答えた。
「好きにすればいいさ」
一行は自宅を目指し、歩を進めた。
無事に武者としての第一歩を踏み出した喜びから、道中の空気はどこか華やいでいた。ニッツェは相変わらずキメケノに排斥や悪戯をしてはからかい、キメントはいつもの無表情で静かに歩いている。ナツキ、エラ、ウイタの三人は楽しげに言葉を交わし、シンソは手にした刀剣に魅せられたように見入っていた。
しかし、ツヤだけは異なっていた。
(……気分が悪い)
歩みを進めるにつれ、抑圧されていた過去の禍根が急速に鎌首をもたげてきた。ここは、かつて彼が拐われたあの辻なのだ。
激しく動悸が打ち、冷や汗が背筋を伝う。何度も固唾を飲み込みながら、恐怖を悟られまいと必死に耐えた。身体の震えが強まるのを、気力だけで押し殺す。
(怖い……)
その時、ツヤは腰の刀剣の存在を思い出した。素早く視線を落とし、深く息を吐き出す。そうだ、自分には今や身を守る術がある。これなら戦える。確実に切り抜けられるはずだ。
もう無関心ではいられない。何が現実で何が幻影なのかすら判然としないこの状況で、いつ何が襲いかかってくるか分からないのだ。自分は決して安全な場所にはいない。
たとえ何が起ころうとも、それを単なる可能性だと軽視することなど、もはや不可能だった。
(理解できない……)
では、どうやって理解すればいいというのか? 仲間たちが傷つき、死の淵に立たされた時。あるいは本当に命を落とした時。それらは現実なのか、それとも幻なのか。
(狂いそうだ)
ツヤの精神は、限界まで摩耗していた。
(僕が、みんなを守らなきゃいけないのに)
ツヤが周囲を見回すと、夕刻の訪れとともに太陽は姿を消し、街には濃密な暗闇が落ち始めていた。建物の窓から漏れる光もなく、人の行き交う気配すらすっかり途絶えている。
(なぜ、僕なんだ?)
視界に入るのは、わずかな大八車と荷物を運ぶ者の姿だけだった。
(落ち着くんだ……)
ツヤは深く息を吸い込み、強張っていく筋肉を強引に解そうと試みた。自らの両手を見つめながら、絞り出すように呟く。
「落ち着け……あんなことが毎回起こるはずがない……そうだろう? 今の状況に集中するんだ」
「おい、お前たち!」
突如響いた声に、ツヤたちは一斉に振り返った。その瞬間、ツヤの目は見開かれ、息が凍りついた。かつて自分を拐った二人組に酷似した五人組の男たちが、獰猛な殺気を孕んだ目でこちらを睨みつけていたのだ。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)
「何かご用かしら?」
ウイタが不審そうに問い質す。
「大罪人どもに用などあるか! 貴様らの命を貰いに来たのだ!」
「はあ!? 簡単に言ってくれるじゃねえか! 調子に乗ってんじゃねえぞ、ただの骸骨野郎が!」
キメケノが激昂して声を張り上げた。
男たちは狂気じみた笑い声をあげた。
「ほら、やってみろよ!」
煽られたキメケノは即座に刀を抜き、猛然と間合いを詰めた。男たちは動じず、そのうちの一人が跳躍して刃を受け止めた。
金属音が響き渡る。キメケノは偶然防がれたことに驚きつつも、自負心から即座に構え直し、追撃の態勢をとった。
「素晴らしい、実に見事だ! もっと見せてみろ! 女神エリスとその使徒が、お前の足掻きを赦してくださるかもしれんぞ!」
男は狂気的な笑みを浮かべ、再び襲いかかってきた。
ツヤは焦燥に駆られ、仲間たちへ向き直った。
「みんな、僕の言うことを聞いてくれ! 今すぐ逃げるんだ、早く!」
「正気かよ、ツヤ!? あいつを置いて逃げられるわけないだろ!」
ニッツェが叫ぶ。
「ツヤ、一体どうしたの!? 助けないと!」
ナツキも拒絶した。
「違う、分かってないんだ! あいつらは異常だ! 今日僕を連れ去ろうとした奴らと同じなんだよ!」
「正気を失ったの!? こんな状態で仲間を見捨てるなんて——」
エラが言いかけたその時。
風を切り裂く鋭い音が響き、続いてくぐもった悲鳴が上がった。
全員の視線がキメケノへと向かう。
男は忍び笑いを漏らしながら、キメケノの喉元から刃を荒々しく引き抜き、その体を蹴り飛ばした。キメケノの物言わぬ亡骸が、鮮血の溜まりの中に崩れ落ちる。
圧倒的な絶望が場を支配した。全員が恐怖に凍りつき、キメケノの遺体を見つめることしかできない。
「そんな……嘘でしょ……」
ナツキの声が震える。
ツヤはハッと目を開けた。
——ニッツェがキメケノに排斥や悪戯をしてはからかい、キメントはいつもの無表情で静かに歩いている。ナツキ、エラ、ウイタの三人は楽しげに言葉を交わし、シンソは手にした刀剣に魅せられたように見入っていた。
ツヤは急速に周囲を見回した。
(戻った……!)
だが、これは単なる可能性の一つに過ぎないのか、それとも輪廻がまだ断ち切られていないのか? 自分は一体どうすればいい?
「おい、お前たち!」
ツヤたちが振り返る。ツヤの目が再び見開かれた。先ほどと全く同じ、拐かしの犯人に酷似した五人の男たちが、悪意に満ちた視線を向けてきている。
(あり得ない……!)
「待って、問いただしちゃ駄目だ——」
ツヤが制止しようとするも、ウイタの口が動く。
「何かご用かしら?」
「大罪人どもに用などあるか! 貴様らの命を貰いに来たのだ!」
「はあ!? 簡単に言ってくれるじゃねえか! 調子に乗ってんじゃねえぞ、ただの骸骨野郎が!」
男たちが狂気的に笑い始める。
「ほら、やってみろよ!」
ツヤは咄嗟に割り込み、キメケノの前に立ちふさがった。
「待つんだ、キメケノ! 僕の言うことを聞いてくれ、あの男たちには勝てない! 僕を襲った奴らに似ているし、人数も多すぎるんだ! 頼むから逃げよう!」
「どけ、ツヤ! 俺を臆病者扱いする気かよ! あの骸骨どもが自分で喧嘩を売ってきたんだろ!」
「キメケノ、頼むから!」
キメケノは奥歯を噛み締め、襲撃者とツヤを交互に見比べた。
「チッ……分かったよ……!」
一行は素早く後退を開始した。
「今の僕たちの戦闘力じゃ太刀打ちできない! 走るんだ!」
ツヤが叫ぶ。
「和弓や短弓を持っていたらどうするの!? 追いつかれたら!?」
ナツキが悲鳴をあげる。
「やるしかないんだ! 戦ったら全滅する!」
一行は必死に路地を駆け抜けた。しかし、男たちは狂ったような高笑いを上げながら追尾してくる。
「嘘でしょ! 弓はないけれど、小刀を投げつけてくるわ!」
ウイタが叫んだ。
「くそったれが!」
「あぐっ!?」
シンソが悲鳴を上げ、背中に深々と突き刺さった小刀の衝撃で崩れ落ちた。
「シンソ!?」
エラが叫ぶ。
キメントがその場に膝をついた。腹部に突き刺さった小刀を必死に押さえている。
「君まで……!?」
「何立ち止まってやがる、この愚か者どもが! 早く行け!」
キメントが血を吐きながら叫ぶ。
「でも、そんなの——」
ツヤが最後に視界に捉えたのは、自らの顔面に向かって一直線に迫る、鋭利な小刀の刃だった。
……
ツヤは目を覚ました。
——ニッツェがキメケノに排斥や悪戯をしてはからかい、キメントはいつもの無表情で静かに歩いている。ナツキ、エラ、ウイタの三人は楽しげに言葉を交わし、シンソは手にした刀剣に魅せられたように見入っていた。
(可悪……どうすればいいんだ……!?)
ツヤは両手で強く顔を覆い、深く重い息を吐き出した。直前に味わった、顔面に刃が突き刺さる生々しい感触が脳裏に焼き付いて離れない。
(落ち着け……僕が死んでも輪廻は途切れなかった……可能性はまだ繰り返されている……なら、答えは……)
「おい、お前たち!」
ツヤの瞳に、冷徹な決意の光が宿る。
(あいつらを、殺すしかない——)
こんにちは!作者です。新しい章が公開され、物語は勢いよく続いています。楽しんでいただけていると嬉しいです。ご意見やご感想がありましたら、ぜひ評価やコメントをお寄せください。それではまた!




