トゥー
甘い言葉は蛇さえも巣穴から誘い出すと言いますが、礼儀正しさは本当にそれほど重要なのでしょうか?
ええ、間違いなく必要です。
ナツキ「あ、分かった! 今行く!」
シンソウ「行こう、ツヤ」
ツヤ「……ああ」
三人は館を出ていくウイタたち一行の後に続いた。本館に向かって進み、その扉をくぐる。追う三人の中で、ツヤは一番後ろを歩いていた。緩やかな歩みで進みながら、彼は周囲の構造を観察していた。実際のところ、ここは前の世界における官公庁や執務室を彷彿とさせる造りであった。
ルーサー「こちらへ来なさい。ヌツクキ様がお目にかかる」
一行は進み、多くの人々が行き交う執務の場を抜け、奥にある特別な一室へと通された。ヌツクキと呼ばれる男は、まさに彼らの正面に佇んでいた。他の者たちとは異なり、非常に洗練された模様の装束に身を包んだその姿は、これまで目にした誰よりも気品に満ちていた。自分たちが身に着けているような、取り立てて特徴もない粗末な布地の衣服とは対照的であった。
ヌツクキ「よくぞおいでくだされた。わたくしはヌツクキ・ビエルノ。ラナタ地方・オユコ支部の『冒険者ならびに勇者組合』にて責任者を務めております。お会いできて光栄です」
シンソウ「僕たちもです!」
ウイタ「お会いできて光栄です」
他の面々も深く頷いた。
ヌツクキ「皆様が登録のために訪れた旨は、ルーサー殿より伺っております。彼女は当支部における屈指の女戦士であり、皆様に十分な資質があると太鼓判を押しておりました。ですが、私からも直接お聞きしたい」
……
ヌツクキ「皆様には、何か専門の技術や特技はおありですか?」
ルーサーとヌツクキの視線が一行に注がれた。
ウイタ「……正直に申し上げます。私達には法術の加護もなければ、武芸の心得もございません。この地に何一つ馴染みのない身であり、ただ自らの能力を高め、糧を得るために志願いたしました」
ヌツクキ「ふむ……」
……
ヌツクキ「では、ご自身にそれだけの能力があるとお考えですか? つまり、務めを果たせると?」
ウイタは一度仲間の顔を見渡し、まっすぐにヌツクキの目を見据えた。
ウイタ「はい、果たせます。時を重ね、学びを得れば、必ずや皆様のお役に立てるはずです」
ヌツクキ「……それこそ、わたくしが耳にしたかった言葉です。登録の手続きを執り行いましょう。必要な規則や手引きについては、トゥー殿より説明があるはずです。彼は純粋な血を引く者であり、この支部、ひいてはオユコにおいて最強の勇者です。近いうちにお会いできるでしょう」
ウイタ「承知いたしました。心より感謝申し上げます、ヌツクキ様」
ヌツクキは温かな微笑みを浮かべ、手を軽く振った。
ヌツクキ「お気になさらず。存分に励んでください」
ウイタ「はい」
一行は互いに視線を交わし合った。
ニーチェ「新しい冒険者生活ってわけね? 悪くないんじゃない。しっかり励んで、自分の足で立とうじゃないの!」
キメケノ「そうだ、その意気だ! 赤毛の言う通りだぜ!」
シンソウは声を立てて笑った。
一方、ツヤは猛烈な勢いで書面にペンを走らせるヌツクキを凝視していた。
ヌツクキは重ねられた八枚の用紙をルーサーへと手渡した。
ヌツクキ「こちらになります。お渡しください」
ルーサー「ほら、受け取りなさい、駆け出しども。これで晴れて私の管轄下というわけだ」
一同は一枚ずつ手札を受け取った。そこには名前、専門、所属、冒険記録、そして階級が記載されており、身分を証明する札そのものであった。
ニーチェ「へえ、まるでありがたいことみたいに言うじゃない」
ルーサー「あぁ!?」
シンソウ「ツヤ、見て! すごく立派だよ!」
ツヤは未だに札を検分していたが、袖にすがりついてくるシンソウへ視線を向けた。
ツヤ「……そうだな、同感だ」
ルーサー「よし、ついて来い、騒々しい餓鬼ども。ヌツクキ様のご迷惑だ。さっさと退出するぞ!」
ニーチェ「ちぇっ、お堅いんだから……」
一行は雑談を交わしながら部屋を後にした。ツヤは振り返りざま、視界の端で一瞬だけ捉えた。ヌツクキが自分に対し、背筋が凍るほど鋭く、冷徹な視線を投げかけているのを。あたかも、何かを見抜いたかのように。
ツヤは緊迫した様子で素早く振り返り直したが、ヌツクキは再び書類に筆を走らせており、端から顔すら上げていないように見えた。ツヤはしばらくの間、その姿を見つめ続けた。
ルーサー「失せろと言ったのが聞こえなかったのか、おい!?」
ツヤ「あ……分かった……すぐ行く……」
ツヤは最後に何度か視線を巡らせてから、部屋を退出した。仲間たちは既に高揚した様子で建物を後にしていた。
ツヤは歩を進め、外へと出た。三つの建物に囲まれた中庭で、仲間たちが集まっている場所へと歩み寄った。
ニーチェ「これからどうするの? ルーサーもここにはいないし」
キメケノ「さっき言ってたあの男は、どうせここじゃ有名人なんだろ。そのうち姿を現すさ」
ナツキ「それまでの間、私たちはどう過ごしましょうか?」
エラ「みんな、周りの様子は十分に確認できたかしら?」
全員が頷いた。
エラ「ふむ……それなら……」
???「ーい!」
ニーチェ「え?」
一行に向かって、紫色の髪をした痩せ型の、彼らと同程度の背格好の人物が駆け寄ってきた。
???「君たちが新しく登録した人たちだね! 僕はトゥー!」
全員の顔に「この人がトゥーなのか?」という困惑が浮かんだ。最強の男の勇者と聞いて、誰しもが全く異なる姿を脳裏に描いていたのだ。顔全体から光を放つような無邪気な笑みを浮かべるこの人物は、強くもなければ、威圧感すらなかった。
ウイタは困惑を振り払おうと試みた。シンソウは温かな微笑みを返し、言葉を紡いだ。
シンソウ「お会いできて嬉しいです! 僕の名前はシンソウ。こちらは僕の仲間たちです」
トゥーは大きな高揚感を露わにしながら、
トゥー「みんな、お会いできてすごく嬉しいよ!」
トゥーは順に全員と握手を交わした。溢れんばかりの歓喜ゆえか、その握力は非常に力強かった。
トゥーはエラと手を取り合った。
トゥー「うわあ、すごく綺麗な人だね!」
エラは頬を染めた。
エラ「……そんな、照れてしまいますわ」
トゥーは楽しげに声をあげて笑った。
ニーチェ「何よこれ、胸焼けがしそうだわ」
トゥーはすぐさまニーチェへと向き直り、輝く瞳で彼女の手を握りしめた。
ニーチェ「ちょっと……少し落ち着きなさいよ……」
ニーチェはその激しい握手に必死に調子を合わせようとした。
トゥー「あ、君は? お名前は何ていうの?」
キメケノ「キメケノだ。言っておくが、俺はお前と握手なんて絶対にしねえぞ!」
トゥーの表情が一変し、あからさまに口を尖らせた。その様子は非常に愛くるしかった。
トゥー「えー、どうして? 僕じゃ不満かな……?」
あのキメケノでさえ、トゥーの不機嫌そうな仕草に気圧されていた。彼はすぐさま腕を組み、ぷいと視線を逸らした。
キメケノ「いや……そういうわけじゃ……」
トゥー「握手だけ、ダメかな?」
キメケノ「冗談だろおい! 向こうへ行け!」
キメントが突如として割り込んできた。
キメント「……俺が握手しよう」
ニーチェ「あんた、無口な性格じゃなかったの!?」
トゥーはすかさずキメントの手を握り締め、上下に振った。
トゥー「嬉しい! すごく嬉しいよ!」
ナツキは未だに無表情で事の顛末を見つめていたツヤへ振り向き、声をひそめた。
ナツキ「あの、ツヤ。もしさっきのことが気になるのでしたら、私たちは宿へ戻ってもよろしいのですよ?」
ツヤ「え? いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけさ」
ナツキ「でしたら、挨拶なさってはいかがですか? いずれにせよ、トゥー様とはこれからもお会いすることになりそうですし」
ツヤ「断れればいいんだが……筋は通っているな」
トゥーは瞬時にナツキへと向き直り、輝く瞳と眩い笑み、そして圧倒的な熱量とともに彼女の手を握った。
トゥー「うわあ!……素敵な髪色だね!」
ナツキ「ふふ……ありがとうございます……」
直後、トゥーはツヤへと視線を向けた。
トゥーはすぐさまツヤの手へと手を伸ばしかけたが、唐突に動きを止めた。ツヤの顔を見つめ、緩やかに首を傾げた。
トゥー「どうかしたの? なんだか少し緊張しているみたいだけど」
ツヤは後頭部を掻きむしり、作り笑いを浮かべた。
ツヤ「……ああ、問題ない。ありがとう……はは」
トゥーの快活さが即座に舞い戻り、ツヤの手を固く握りしめた。しかし、おそらくツヤだけが察知した異変があった。
接触したまさにその瞬間、トゥーの表情が驚愕によって一変したのだ。瞬時に取り繕ってはいたものの、ツヤはその刹那の揺らぎを確かに捉えていた。
こんにちは!作者です。新しい章を楽しんでいただけたら嬉しいです。どうぞお楽しみください!




