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英雄と冒険者の酒場

トラウマからの回復が早ければ早いほど、実際はそうではないにもかかわらず、まるで自分がその出来事を誇張していたかのように感じてしまう。

フィリップは再び姿を消し、ツヤの体内へと沈み込んでいった。ツヤは大きく深呼吸を凝らす。周囲の音という音が削ぎ落とされたかのように、世界は酷く静まり返っていた。まるで何もかもが平穏であり、自分だけがこの場の空気を乱しているかのような錯覚に陥る。周囲の話し声も、雑多な環境音もすべてが鈍く濁り、聴覚の彼方へと追いやられていた。ツヤはゆっくりと顔を上げ、空を見上げた。視界の端に映る建物の屋根を意識から外すと、そこに広がる空は驚くほど澄み渡り、心を落ち着かせる色をしていた。


フィリップの言葉通りだった。突如として心拍数が落ち着き始めていく。だが、平静を取り戻したからといって、体験した惨劇が消え去ったわけではない。体内のアドレナリンと恐怖が引いていくにつれ、胸と脳裏に突き刺さる痛みが、より鮮明な形をとって浮き彫りになっていった。過去のトラウマと相まって、あらゆる記憶が彼の精神の健康を容赦なく蝕んでいく。


仲間たちが自分の身体を強く揺さぶっている感触は伝わっていたが、ツヤの意識はそこにはなかった。これまでも、こうした惨劇に見舞われるたび、彼はすべてのトラウマを背負い込み、痛みを誤魔化してきたのだ。「これもまた一つの『確率(可能性)』に過ぎない」と思い込むことで、どうにか自分をなだめ、正気を保ってきた。しかし、今回彼を完全に打ち砕いたのは、起きた出来事のすべてが「逃れようのない現実」であったという事実だった。もはや、振り出しに戻って正しい結果が出るまでやり直すことなど、不可能なのだ。


虚ろだったツヤの視線が次第に焦点を結び、目の前の光景を捉えた。目の前にはナツキとシンソウが立ち、怯えたように目を見開きながら歯を食いしばっていた。ルーサーと他の仲間たちは立ったまま、ツヤを見下ろしている。全員が焦りと不安を隠せない様子だったが、とりわけウイタとルーサーの二人は、疑念を孕んだ鋭い視線をツヤに向けていた。


ナツキ:「おい、ツヤ! 聞こえてるか!?」


シンソウ:「頼むから……頼むから……目を覚ましてくれ!」


ナツキはツヤの肩をさらに強く揺さぶった。


ツヤ:「……参ったな。マジで思ってたんと違うわ」


全員が思わず目を見張り、唖然とした表情を浮かべた。


ニーチェ:「さっきから『可能性』だの『確率』じゃないだの言ってるけど……一体何の話をしてるんだよ?」


ウイタ:「……実際のところ、あの黒いピラミッドの件と取り調べを受けて以来、あなたの様子はずっとおかしいわ」


ルーサーは不審そうにウイタへ視線を向けた。


ルーサー:「黒いピラミッド……だと?」


エラ:「今はそんな話をしている場合じゃないわ! ツヤの様子が普通じゃないのよ。早く家に帰りましょう」


ツヤはシンソウの身体にゆっくりと体重を預けながら、重い足取りで立ち上がった。


ツヤ:「大丈夫だ……怪我なんてしてない。ただ、ちょっと……」


シンソウ:「無理しないでくれ。ちゃんと支えてるから」


ルーサー:「お前がそう言うなら、まずは酒場(タバーン)へ向かうぞ。あそこなら警備兵を呼べるはずだ。誰かがこの現場を確認しなければならん」


キメケノ:「よし、急いで行こうぜ!」


ルーサー:「おい、落ち着け。向こうに着いたら、今回の殺人事件と例のピラミッドについて色々と問いただすことになる。……正しく言えば、あいつらが質問責めにしてくるはずだ」


ニーチェ:「了解だよ、姐さん。じゃあ、行くとしようか」


全員が一斉に歩き始めた。ツヤはまだ少し足を引きずっていたが、シンソウがしっかりと身体を支え、歩行を助けていた。


ほどなくして、都市の奥へと進んだ一行は、酒場に関連する建造物と人々で賑わう区画へと足を踏み入れた。腰に剣を差した者、様々な鎧や衣装に身を包んだパーティ、そして席に腰掛けて食事を摂る大勢の人々が行き交っている。


ルーサー:「ここが酒場だ。右手の建物は食事処、左手は武具やパーティの編成を取り扱う施設になっている。中央にあるのが管理棟だ」


他の2つの建物と比べて一際大きなその建物の入口には、『ラナタ区画・オユコ支部 英雄と冒険者の酒場』という看板が掲げられていた。


ルーサー:「ヌツキさんは管理棟にいるはずだ。手続きを行うために話をしてくる。お前たちはここで待機して、少し周囲を見て回るといい。彼を見つけたら呼んでやる」


ウイタは静かに首を縦に振って頷いた。ルーサーは管理棟の中へと足を踏み入れ、そのまま姿を消した。


ニーチェ:「アタシはメシの様子を見てくるよ。お前たちも適当に過ごしな」


エラ:「……わたくしも一緒に行こうかしら」


パーティの面々が思い思いの場所へと散っていく中、ナツキとシンソウだけがツヤの傍らに残った。シンソウはツヤを気遣うように、優しくその身体を支え続けている。


シンソウは柔らかい声で語りかけた。


シンソウ:「あっちの建物も見てみないか、ツヤ? どうかな?」


ナツキ:「ああ、すごく面白そうだぞ」

こんにちは!作者です。新しい章が公開されました。シリーズは今後も全力で続きます。章をもっと長くするように努力しています。楽しんでいただけたら嬉しいです!またね!

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