儀式のメンバー 3
トラウマを克服する方法は、トラウマの深刻度やこれまでの人生経験によって異なります。
フィリップはしばらくの間、退屈そうに周囲を見回していた。
フィリップ:「へぇ……クソガキのくせに、マジで死ぬほど怯えてやがったんだな。ま、いいや、さっさとここから出るとするか」
フィリップは暗く静まり返った廊下を進み、ツヤが閉じ込められていた地下空間の巨大な扉の前へとたどり着いた。
フィリップは固く閉ざされた鉄の扉に豪快な一撃を叩き込み、無残に歪ませてこじ開けた。そのまま外へと足を踏み出す。そこは静けさの漂う路地裏だった。
フィリップ:「さてと、あのガキのガキ仲間どもは一体どこにいやがるんだ? そもそもどこで拉致されたんだよ。……長いこと、この世界を見てねえからな」
フィリップは路地裏から完全に抜け出す前に、慎重に周囲の様子を窺った。
フィリップ:「げっ、マジかよ……おいおい、あの人混みを見ろよ」
突如として、彼の肉体が微かに震え始めた。フィリップは反射的に数歩後退する。
フィリップ:「ちっ、俺が表を取り仕切る必要はなさそうだな」
フィリップの存在が再びツヤの体内へと沈み込んでいくと同時に、ツヤは激しく息を荒らげながら、冷たい地面へと崩れ落ちた。
ツヤは大きく目を見開き、頭の中で今起きた出来事を必死に整理しようとしていた。唾を重苦しく飲み込む。どれほど抗おうとしても、全身の震えが止まらない。先ほど体験した惨劇が、まるで突進してくる大型トラックのように、何度も彼の精神を叩きのめしていた。正気を保つことすら容易ではないが、意識を整える余裕など残されてはいなかった。
突如、緊迫した荒々しい足音が路地裏に響き渡った。ツヤは、それが自分を探し求めていた仲間たちの足音であることすら認識できないほど、深く精神を損なわれていた。
ナツキ:「いたぞ! みんな、ツヤはここだ!」
シンソウ:「神に感謝する……!」
全員が一斉にツヤの元へと駆け寄ろうとした。
ルーサー:「待て、一瞬下がっていろ」
キメケノ:「ふざけんなよ、テメェ! 近づかせろ!」
ルーサー:「下がっていろと言っている!」
ルーサーは身をかがめ、ツヤの隣に膝をついた。
ルーサー:「おい、聞こえるか? 一体何があった? どこか怪我はあるか!?」
ツヤは虚ろな視線を空へと向けたまま、浅く重い息を繰り返すばかりだった。
ルーサーはツヤの表情をさらに観察したが、言葉をかけるだけ無駄だと悟った。
ルーサー:「ダメだ……重度の精神的ショックを受けている。普段から拉致事件自体は珍しくないが、ここまで酷い状態になるほどとはな……」
ウイタ:「誰が……こんな酷いことをしたのでしょうか?」
ルーサーは路地裏の奥へと足を進めた。
ルーサー:「それを、今から確かめる」
ルーサーは低く呟いた。
ルーサー:「ウイタ、エラ、お前たちは俺についてこい。残りはツヤのケアを頼む」
ルーサー、ウイタ、エラの3人は路地裏の奥へと進み、無残に歪んだ鋼鉄の扉を目にした。
ルーサー:「何だ……これは……?」
ウイタは周囲を見回した。
ウイタ:「ここに他の抜け道はありません。ここから脱出したとしか考えられませんね」
エラ:「でも、こんな厚い鉄板を……どうやって……?」
ルーサー:「常識的にはあり得ん。だが、踏み込むぞ。俺の後ろにいろ」
ルーサーたちは歪んだ扉を潜り抜け、地下室へと足を踏み入れた。
エラ:「なんてこと……暗すぎるわ……」
ルーサー:「気をつけろ。あそこに光が漏れている場所がある」
少女たちがそこへ近づくと、そこには吐き気を催すほどの凄惨な光景が広がっていた。頭部が潰された死体、首が異常な方向に折れ曲がった男の死体、そして全身にヒルと蛆虫が群がる少女の無残な遺体——。
ウイタは思わず視線を逸らし、エラは恐怖のあまり口元を抑えた。
ルーサー:「真相までは掴めんが、ツヤがここで何らかの惨劇に巻き込まれたのは確かだ。恐らくこの死体どもが拉致犯……いや、『奉納者』だな。ツヤと共にあの少女も捕らえられていたようだが、彼女はツヤほど運が良くなかったらしい」
ウイタ:「ですが……この奉納者たちを殺したのは一体誰なのですか?」
ルーサー:「お前たちの友人であるツヤは、戦うことができるのか?」
エラ:「いいえ、絶対にあり得ませんわ。彼は喧嘩など愚かで低レベルな人間がすることだと常々言っていましたもの」
ルーサー:「なら、確実に『第三者』の仕業だ。それも普通の人間ではない。凄まじい力と、強烈な殺意を滾らせた者の手によるものだ。そうでなければ、死体がこんな状態になるはずがない」
エラ:「もう……ここから出てもよろしいかしら? 匂いが酷すぎて耐えられませんわ……」
ルーサー:「ああ、出るとしよう」
ルーサーとエラが歩き出そうとした瞬間、ウイタはしばらくの間、死体から目を離せずにいた。彼女の疑惑を裏付ける出来事が、またひとつ起きてしまったのだ。——『暗黒物質』は、間違いなくツヤと共に存在している。
エラ:「ウイタ? 来ないの?」
ウイタはハッと正気に戻った。
ウイタ:「え? あ……ええ、今行きます」
ルーサーたちが地下室を後にし、再びツヤの元へと戻ると、他の仲間たちがツヤを壁に寄りかからせ、必死に落ち着かせようとしていた。ツヤの息遣いは幾分静まったものの、焦点の定まらない瞳で地面を凝視し続けている。
ルーサー:「状況はどうだ?」
ニーチェ:「パニック発作自体は収まりました。ですが、何を尋ねても、どれだけ身体を揺さぶっても、返事どころか視線すら動かそうとしないんです」
ルーサー:「PTSD(トラウマ後ストレス障害)の典型的な症状だな。だが……想定していたよりも遥かに根が深い」
静寂が場を支配した。
ルーサー:「ツヤ、家に帰るか? それとも……そこまで動けない状態なのか?」
ツヤは大きく見開かれた瞳で、ゆっくりと仲間たちを見つめ返した。そして、消え入りそうな声で呟いた。
ツヤ:「……全部……本物だったんだ……」
ルーサー:「何……?」
ツヤ:「ただの……『確率(可能性)』なんかじゃ……なかったんだ……」
ルーサーは仲間のほうを振り向いた。やはり、体験した惨劇が彼の精神を完全に破壊しかけているのだと察した。
——その時だった。
ツヤの背中から突如としてフィリップが姿を現し, 彼の肩へとだらりと覆いかぶさった。かつて見せたような不吉な体勢を取り、白く発光する眼光でツヤを覗き込む。
フィリップ:「正気に戻れよ、クソガキ」
ツヤは、トラウマに蝕まれた目つきのままフィリップを見つめ返した。
フィリップ:「叫んだり暴れたりしようとするんじゃねえぞ。言っておくが、誰かに自分の苦しみを打ち明けようとしたって無駄だ。試みようとした瞬間……」
フィリップはツヤの影から無数に生やした黒い手で、彼の首を容赦なく締め上げた。
フィリップ:「何が起きるか……分かってるだろ? 俺だったら家に帰るなんて選択はしねえな。どうせ色々と問い詰められるし、言っておくがお前は絶対に答えられねえからな」
ツヤ:「やめろ……ッ!」
フィリップ:「忘れるなよ、奴らには俺の姿が見えてねえんだ。お前が一人でぶつぶつ会話してるキチガイにしか見えねえよ」
ツヤは苦痛に耐えながら、重く唾を飲み込んだ。
フィリップ:「惨めで哀れなクソガキが。これだけの目に遭っておきながら、まだ周りに助けを求めようとしてんのか、あぁ? 許すわけねえだろ、この臆病者が。自分自身以外に、お前を救える奴なんていねえんだよ」
ツヤは激しく歯を食いしばった。
フィリップ:「少しばかり手助けとして、お前の心拍数を落ち着かせてやる。適当な言い訳をでっち上げて、どうやって奉納者どもを倒したのか説明しな。……言っておくが、俺の存在について触れるのは構わんが、『確率の能力』について話すのは絶対に許さん。せいぜい上手くやれよ、クソガキ……」
こんにちは!作者です。長い間新しい章を公開できず申し訳ありませんでしたが、また活動を再開しました!新しい章を楽しんでいただけたら嬉しいです!




