楽しい会話とリラックス
幼馴染との会話は、より流暢で、詳細で、親密なものになる。だって、人生のあらゆる瞬間を共に過ごしてきた相手なのだから、当然だろう?
「な、何をしているんだ、お前は……?」
「何って……ただ、君の頬を撫でていただけだけど? 嫌だった……?」
「いや、意図は分かったが……なぜだ?」
「寝顔がすごく苦しそうに見えたんだ。だから、少しでも心が楽になればと思って……。それに、髪が解けちゃっていたから」
ツヤは体を起こした。肌触りの良い布地のハーフパンツと、簡素なシャツを纏ったシンソの姿が目に入る。自分もまた、全く同じ寝間着姿だった。
「……すまないが、手を貸してくれ」
ツヤは背を向け、乱れた髪の束をシンソの手へと委ねた。静けさの漂う室内の様子から察するに、他の者たちはまだ深い眠りの中にあるようだ。窓からは、淡い朝の光が静かに差し込んでいる。刻限はまだ早朝といったところだろう。
「後ろは編み込む? それとも結うだけでいい?」
「後ろは一つに束ねて、両脇の髪を編み込んでほしい」
シンソは清らかな笑い声を漏らし、手際よく指先を動かし始めた。
「ツヤの髪も、まだそれほど長いわけじゃないもんね」
「お前の髪の長さに比べれば、な」
「ふふっ、僕の方が少しだけ長いくらいだよ!」
ツヤは小さく口元を緩めた。胸の奥には、未だ昨日の凄惨な出来事の重圧がくすぶっている。この先、幾度となく精神を削られるような事態に見舞われるのだろう。……だが、あのフィリップの警告を受け入れることに決めたのだ。何としても憎悪の念を押し殺し、心の奥底に秘匿しなければならない。どれほど困難であろうとも、そうせねば己の正気すら保てなくなるという恐怖があった。
「よし……もうすぐ終わるよ」
「……朝食には、一体何が出されると思う?」
「さあね。でも、美味しい料理だといいな」
シンソがそう答えた直後、ぐぅ、と小さなお腹の音が室内に響いた。二人が振り返ると、キメケノが自身の布団の上に体を起こし、頭を掻きながら座り込んでいた。
「ふぁ……妙に寝心地がいい布団だったな」
「おはよう、キメケノ!」
「……おはよう」
ふと、別の場所から低く短い声が上がった。
「……俺への挨拶は無いのか?」
シンソが再び振り返り、ツヤもまた肩越しに視線を巡らせた。
「……キメント、起きてたのか?」
「シンソがお前の髪を結い始めた時には、もう起きてた」
「相変わらず不気味な奴だな……」
「ツヤ、そんな言い方はダメだよ! ……ともあれ、おはよう、キメント」
「……ん」
ツヤは小さく息を吐き、二人へ向けて言葉を投げかけた。
「今はまだ顔を洗いに行ったりするなよ。時間が早すぎる。少し腰を下ろして、心を落ち着かせておけ。今日は長い一日になりそうだからな」
「よしっ、出来上がったよ!」
ツヤは自らの髪にそっと触れた。側頭部には太く丁寧に編み込まれた三つ編みが施され、後頭部がすっきりと束ねられているのを感じ取る。元より後ろはやや長く、前と横は程よい長さに整えられた髪型だった。かつては狼の毛並みを模した髪型を好んでいたのだが、ニッツェとナツキから「幼く見えて似合わない」と散々に苦言を呈されたため、今の形に落ち着いた経緯がある。
「……感謝する、シンソ」
シンソは心の底から温かな笑みを浮かべた。
「ふふっ、お安い御用だよ!」
「……お前ら、朝から随分と仲良くイチャついてるじゃねえか」
キメケノの唐突な一言に、ツヤとシンソの顔が一瞬にして朱に染まった。今や全員が床の上に並べられた五つの布団の上に腰を下ろし、互いに顔を見合わせている状態だ。
キメントはキメケノの言葉を聞き、思案するように薄い眉をひそめた。
「お前ら……一体どういう関係なんだ?」
「イチャついてなどいない! 戯言を抜かすな!」
ツヤが即座に叫ぶ一方で、シンソは膝の上で両手を固く握り締め、可哀想なほど顔を真っ赤にして身を縮こませていた。
「そ、そうだよ……! 僕たち、そんな怪しい関係じゃ絶対にないもん!」
「やれやれ。無口なキメントですら、薄々勘づいてたくらいだぞ? そうだろ、キメント?」
キメントはいつもの鉄面皮のまま、どこか芝居がかった手つきで顎に手を当てた。
「……俺個人の意見を言わせてもらうなら、この二人はすごくお似合いだと思う。ツヤには男らしい威厳とか大雑把さが欠けてるし、シンソに至っては、そこらの女の子よりも遥かに可愛い。その顔立ちと雰囲気を見れば一目瞭然だ……」
「おいおい……お前、内心でそんなアホな妄想抱いてたのかよ!?」
シンソの顔は熟しきったトマトのように赤く染まり、たまらず布団へと突伏した。ツヤは、あの極端に無口なキメントが突然朗々と長舌を振るったことに、心底呆気にとられていた。
「お前、喋れるんじゃないか! この喋る石像め!」
キメントは冷ややかに肩をすくめた。
「……思ったことを正直に言っただけだ」
「いいか、お前は以前みたいに寡黙で冷徹な置物でいろ! お前の余計な一言のせいで、シンソが恥ずかしさで爆発しそうになってるじゃないか!」
ツヤは隣で丸くなっているシンソに視線を送った。
「大丈夫だよ……ただ、そういう突拍子もない冗談はやめてほしいかな……」
キメケノは腕を組み、鼻で笑った。
「そうは言うがな、お前ら二人で身を寄せ合わなきゃ、一体どの女子と付き合うつもりなんだ? 俺たちはもう異世界に来ちまったんだぞ。選べる選択肢なんて、最初から限られてんだよ」
「……お前、いつからそんなまともな思考ができるようになったんだ?」
「人を何だと思ってんだ、この青髪!」
「……だが、一理あるかもしれないな。俺たちが彼女を作る可能性は、いよいよ絶望的になったわけか」
シンソが不思議そうに首を傾げた。
「えっ……なんでそんなことで悩む必要があるの?」
「チッ……相変わらず天然な質問だな」
「僕だって男だよ! ただ……なんでそこまで女の子の存在に固執するのか分からないんだ。学校にいた頃からそうだったよね。特にキメケノ、君だよ」
ツヤは腕を組み、堂々と宣した。
「決まっているだろう。自分を深く理解してくれて、優しく、可愛くて綺麗な女の子と付き合いたいと思うのは、男として至極当然の理だ」
「そんな素敵な人と付き合って、一体何をするつもりなの?」
「愚問だな! 甘い雰囲気になって、イチャイチャするに決まっているだろう。例えば……『キス』とかな!」
キメントがどこか感心したように呟いた。
「……ほう。赤面しもせず、言い切ったな」
「黙れ、この置物!」
男子たちの賑やかな応酬と軽口に、シンソも思わずクスッと笑いを漏らした。誰もがこのくだらない会話を楽しんでいる様子だった。この世界に飛ばされて以来、かつて hıgh school の放課後で交わしていたような他愛もない雑談を、こうして静かに楽しめるのは初めてのことだった。かつての彼らにとって、娯楽といえば街へ出かけることくらいだったが、ツヤはそのような集まりには滅多に参加しないタチだったのだ。
「だが……真面目な話、そういう甘酸っぱい体験って最高だよな。お前ら、想像できるか?」
シンソは少し首をかしげた。
「うーん……想像つかないや。映画の中だと、登場人物たちがすごくあっさりとキスしたりしてたけど……」
「確かにな。なんでアクション映画なのに、あんな不自然にキスシーンが挟まれるんだよ」
キメントが静かに口を挟んだ。
「……まるで自分たちに縁がないみたいに言ってるが、俺たちが街を歩く時、周りの視線は常にお前、特にツヤに向けられてたぞ」
「……は? 本当か?」
シンソが驚いて目を丸くした。
「お前はアホか? 同年代の連中はみんな、お前の常識外れな服のセンスと、その顔立ちをじろじろ見てたんだよ」
「……それに、示し合わせたみたいに俺たちの近くの席に座ってきた」
ツヤは頭を抱えた。
「あー……思い出させないでくれ。さらにタチが悪いのは、シンソの奴、その可憐な見た目に反して、映画館の巨大なポップコーンを一人で平らげてたことだ……」
「えぇ……!? みんな、そんな目で僕を見てたの!? 僕、ただポップコーンが大好きだっただけだよ! それに、うちの家族は毎週映画館に行くのを許してくれてたから、気兼ねなく食べてただけじゃないか!」
ツヤが可笑しそうに忍び笑いを漏らし、キメントは深々と頷いた。キメケノの唇にはニヤリと歪んだ笑みが浮かんでいる。
「じゃあ……みんなで揃って出かけた時のあの騒ぎを覚えてるか? 街中の視線が、全部エラに集中してたろ」
「ああ……まったく、大騒ぎだったな」
「特に、同じ学校の奴らが居合わせた時は悲惨だったぜ」
キメケノが忌々しそうに吐き捨てた。
「俺が大声を出すか、睨みつけて追い払うまで、ずっと後ろをつけ回してきやがったからな」
ツヤが声を上げて笑うと、シンソが懐かしそうに目を細めた。
「でも……僕はエラがみんなから注目されてるの、好きだったな。彼女、誰にでも分け隔てなく優しく接してたでしょ?」
「補足しておこう。あれは『計算された優しさ』だ」
「真理だな。エラは恐ろしいほど賢い女子だからな」
「同感だ」
ツヤは両腕を高く掲げて大きく伸びをし、ゆっくりと立ち上がった。
「ともかく……起きて布団を畳むとしよう。随分と長話をしてしまったな。女子たちも目を覚ましてる頃だ」
シンソも立ち上がろうとしたその時、部屋の扉が軽やかに叩かれた。
「入っていいわよ」
扉が開かれると、そこに立っていたのは少女たちだった。男子たちと同じく、上質な布地で作られたお揃いの寝間着を身に纏い、滑り込むように室内へ入ると静かに扉を閉めた。
「やあ」
「……お前たち、ここで一体何をしているんだ?」
ニッツェはツヤの脇を通り抜け、躊躇なく布団の上にどさりと腰を下ろした。他の少女たちもそれに続き、ウイタが説明を引き受けた。
「実は……サラマさんのご家族は朝の目覚めが遅いらしくてね。私たちが早く起きすぎてしまったものだから、もう一度休むか、あなた方の部屋でお邪魔するよう勧められたのよ」
「なるほど……言われてみれば、ルーサーの姿も見当たらないな」
全員が再び布団の周りに腰を下ろした。
「……髪が少し乱れておりますけれど、ご容赦くださいね」
エラが申し訳なさそうに微笑むと、ニッツェが呆れたように手を振った。
「何を他人行儀なことを言ってるんだよ。ここにいる奴らは全員、幼馴染だろ? 中には、アタシの裸を見たことのある奴だっているっていうのにさ」
シンソはその言葉に心当たりがあったため、一瞬で顔を真っ赤にして縮こまった。一方でツヤは、おかしくなって口元を緩めた。
「そういうことを滅多矢たらと口にするものではありませんわ!」
ナツキが顔を赤くして抗議すると、ニッツェは悪戯っぽくニシシと笑った。
「まあまあ……そう肩肘張るなよ。せっかくの気楽な時間なんだから、少し寛ごうじゃないか」
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