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憎しみという感情は人に害を与えるのだろうか?人を弱らせるのだろうか?それとも、時には人を強くするのだろうか?人はその感情を利用できるのだろうか?私には分からない。あなたは知っているだろうか?
「どうしたの? その目は一体何なのよ」
ルーサーの問いかけに、レツカは小さく息を吐き出し、深く椅子に背を預けた。
「分かっているのだろう。あの少年には、何か……説明のつかない違和感がある。だが、どうしてもその正体を掴みきれないのだ」
「おぞましい悪臭のような、あの異様なエネルギーのこと? それなら最初から漂っていたわ」
「それだけではない。問題なのは、まるで想像を絶する凄惨な出来事を生き延び、その直後の深刻な後遺症に苛まれているかのような……そんな佇まいだ」
「どういう意味ですか?」
不審そうに口を挟んだヒラマに対し、レツカは深遠な眼差しを巡らせながら言葉を続けた。
「確証はない。だが……あの少年は間違いなく、幾度となく本物の『死』を間近で目撃し、自らもその深淵の恐怖を味わってきた者の目をしている。命の瀬戸際を経験した者の空気なのだ」
「考えすぎよ、お父さん。単に少し臆病で、怯えているだけのガキじゃない。それ以上でもそれ以下でもないわ」
ルーサーが鼻で笑うと、ヒラマは慎重な面持ちで顎を撫でた。
「いや……軽視は禁物だな。十分に注意を払う必要があるかもしれない」
「まあいい。ところで、明日彼らを冒険者ギルドの酒場へ案内するのはお前だったな?」
「ええ。登録手続きを通じて彼らの真の実力を測るつもりよ。それに、本人たちもこれ以上無為に時間を潰したくないと言っていたわ」
「そうか。ならば今夜はもう休みなさい」
「私もそろそろ失礼するとしよう」
「ああ、おやすみ」
静まり返った館内で、それぞれが割り当てられた部屋へと散っていく。ヒラマが足早に去り、レツカは妻たちが待つ寝室へと足を踏み入れた。ふたりの妻はすでに広々としたベッドの中に身を沈めていたが、夫が潜り込む中央のスペースを優しく空けて待っていた。レツカは上着を脱ぎ捨て、愛おしいふたりの温もりの間へとゆっくり横たわった。
ツクモがいつものように心を溶かすような温かな微笑みを向け、横たわったレツカの身体にすり寄り、柔らかく抱きすくめる。一方で、キリシマは手にした一枚の手紙に視線を落としていた。
「ユーコから手紙が届いていますわ。今も無事に任務を継続中とのことです。子供たちの様子も健やかで、近いうちに帰還できるそうですわよ。……『愛している』と、口づけを添えていました」
「そうか……良かった。随分と便りがなかったから、密かに心配していたのだ」
ツクモがクスッと可笑しそうに笑い声を上げる。
「まあ……ふふっ、愛しいお妻様のためにハラハラなさっていたの? 愛らしいことですわね」
「答えが分かっている質問をするな」
膨らむ愛おしさにレツカが苦笑を漏らすと、そのやり取りを愛おしそうに見つめていたキリシマが微笑を深めた。
「私にも、少し場所をあけてくださるかしら?」
レツカは力強く両腕を広げ、かけがえのないふたりの妻をその胸の中へと優しく迎え入れた。
◇
同じ頃、少女たちの部屋では――全員が肌触りの良い上質な生地で作られた、お揃いの快適な寝間着に身を包んでいた。サラマの部屋の壁に飾られた美しく研ぎ澄まされた剣や、歴史を感じさせる契約書の写しを、好奇心に満ちた目で眺めている。サラマは目を輝かせながら、それらの一つ一つを熱っぽく解説し、そのまま興奮冷めやらぬ様子でベッドへ飛び乗った。
「本当に興味深いですわね……」
ウイタが感心したように呟き、エラも深く頷いて同意を示す。一方で、退屈そうに欠伸を噛み殺していたニッツェは、床に敷き詰められた分厚い毛皮の絨毯の上にごろりと寝転がった。
「へー、すごいんだなー……まあ、俺に意味が分かればの話だけどさ!」
ニッツェの軽妙な発言に、部屋中に少女たちの鈴を転がすような笑い声が弾けた。
その頃、男性陣は全員がすでに深い眠りの中へと落ちていた。
ツヤもまた、過酷なループを乗り越えた末に訪れたこの安らぎの中で、穏やかな眠りを貪りたいと切望していた。……しかし、現実はどこまでも残酷だった。
目を閉じると、先ほどの一連の出来事が、彼自身の歪んだ本性を容赦なく抉り出していく。
かつての異世界転生前の記憶。病院という息苦しい空間で、あの胸の悪くなるような醜悪な人間たちが近づいてくるたび、ツヤは激しい嫌悪感と共に身を引いていた。心の中で幾度となく呪いの言葉を吐き捨て、その整った美しい容姿にはおよそ似つかわしくない、冷酷で攻撃的な衝動を隠し持っていたのだ。
学校での愚かな会話、薄っぺらな流行り事――そのすべてが反吐が出るほど嫌いだった。時には、目の前で友人が理不尽にいじめられる光景を目撃することもあった。その最たる例が、シンソだ。そうした出来事が重なるにつれ、彼の胸の奥底に巣食う人間への憎悪は深く、不可逆なまでに刻み込まれていった。
「男らしさ」や「硬派」などという、押しつけがましい愚かな概念には吐き気がした。奴らの関心のない分野に興味を示しただけで、あるいは奴らの望むような理想の枠に収まらなかったというだけで蔑まれる――その理不尽さが、ツヤの憎悪をさらに肥大化させていったのだ。
両親はそんな息子の異変を察知して深く心配し、「憎しみという感情はお前自身を苛み、弱らせ、いずれ人生を破滅させる」と幾度も諭してきた。しかしツヤにとって、そのどす黒い憎悪こそが、あの醜悪な連中と自分を明確に切り離すための、最も強固で絶対的な防壁だったのだ。
現実逃避のように眠りに落ちるたび、彼は決まってかつての学校生活や自分を苦しめた記憶の断片を夢に見た。それらのトラウマは、脳裏で毒々しいグラフィティ(落書き)のような歪んだ像となって鮮明に描き出される。それが何を意味しているのか、ツヤ自身も痛いほど理解していた。
そして今――この新たな異世界において、その悪夢はさらなる絶望へと昇華されるのか、あるいは救いとなるのか。
ハッと、ツヤは急速に目を開いた。
そこは、以前にも訪れたことのある、あの冷気漂うシャワーブースの中だった。凍えるような冷水が絶え間なく降り注ぎ、ツヤはその中央で丸まるように座り込んでいた。
濡れた髪を払い、ゆっくりと首を巡らせる。
ブースの隅――影が渦巻くその場所には、以前と全く変わらぬ姿でフィリップが腰掛けていた。
細められた不気味な瞳と、口元に刻まれた禍々しい歪んだ笑み。フィリップは漆黒の闇の中から、冷たくツヤを見つめ返していたのだった。
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