最初のサイクル
私にこんなことをした奴らは必ず報いを受ける。私はもっと強くなって、私を大切に思ってくれる人たちを守る。役立たずどもは……必ず殺してやる。
再び目を開けた。
大きく息を吸い込み、喉を鳴らして飲み込む。脳裏に焼きついた先ほどの激痛――首を撥ね飛ばされた断末魔の記憶がフラッシュバックし、ツヤは顔をひどく歪ませた。感覚がないまま死を迎えたはずなのに、首元には未だ生々しい熱と、刃が肉を断つおぞましい感触がこびりついている。
「くそっ……はぁっ……はぁっ……」
本来、この世界にやって来る前にも、ツヤはこれと似たような経験をしたことがあった。だが、それはあくまで彼が「他者に対して行う側」でのことだ。夢の中で見下すあらゆる人間を思い浮かべ、彼らに繰り返し酷い目を味わわせる――しかし、当時のあれはただの明晰夢だと自覚していたし、夢だからこそ自分自身に痛みなど一切跳ね返ってこなかったのだ。
だが、現在の状況はあまりにも違っていた。
死を繰り返す中でこの世界の新たな事実を知っていくものの、ツヤはこの不条理な死の螺旋に完全に閉じ込められてしまっている。どうすれば抜け出せるのか見当もつかない。この世界の住人たちの理不尽な存在が彼の憎悪を煽るだけでなく、幾度となく繰り返される惨劇が、その殺意を彼の魂の真髄にまで深く、黒く刻み込んでいく。
思いつく限りの解決策は試した。しかし、これ以上無駄に自身の命をすり減らしたくはなかった。それに、次の展開がこれまでの確率や予測通りに進む保証すらどこにもないのだ。
これからどうすればいいというのか?
昔なら、こんな狂気じみた憎悪に呑まれそうになった時、シンソやナツキが優しく寄り添い、暗い感情を紛らわせてくれた。しかし今や、彼らでさえこのループの牢獄からツヤを救い出すことはできない。
過去の嫌な記憶が頭を過る。
自分の容姿を嘲笑ってきた、あの愚かな群れ。気持ち悪い態度で言い寄ってきた変質者たち。陰でこそこそと悪口を叩く女たち。
そうだ、間違いない。奴らはみんなそうだった。反吐が出る。そして、この異世界も……あの腐りきった現実の人間社会と何一つ変わらないのだ。
「ツヤ、少し待ってくれないか?」
四度目となる、その死神の宣告。
ツヤは不機嫌そうに首を向けた。その時、ふと脳裏に一つの閃きが走る。必死に荒れ狂う呼吸を整え、努めて冷静な少年の顔を装いながら答えた。
「実は……そのお話、明日にしていただいてもよろしいでしょうか? 今日はちょっと、すごく眠くて……」
「すまないが、非常に重要な件なんだ。それほど時間は取らせない」
ツヤは、レツカがそう言って食い下がってくることなど最初から折り込み済みだった。怯えを隠せない重い足取りで歩み寄り、レツカとヒラマの直前で立ち止まる。再び背後から襲いかかるであろう奇襲に身を構えたが、今のところ何も起こる気配はない。
「その……失礼だが。お前のその年齢と状態でありながら、どうやってあの『強化状態』を発動させているんだ? 純粋な疑問なんだが」
ツヤはぎくりと体を跳ねさせた。
蜘蛛を討伐していた際、無意識のうちに解放してしまったのがあの力だったのだと気づく。時間が経てば自然と収まるだろうと高を括っていたが、どうやらその黒きオーラは、未だに彼の身体から微かに漏れ出していたらしい。
「それは……その、えっと……」
咄嗟のことに、まともな弁明の言葉すら浮かばない。レツカが険しい眼差しで告げる。
「知っているか? 一般的に、赤毛以外の異様な髪色を持つ者は――少なくともこの土地においては存在しない。商売柄様々な者を見てきたが、それは大抵、悪魔の印とされているのだ」
ツヤはゴクリと唾を飲み込んだ。
「悪魔……ですか?」
「すぐに断定するつもりはない。だがな、お前からは忌々しい黒き力の残り香が漂っている。まるで恐ろしい呪いでもかけられているかのようにだ。ここに来た当初から違和感は覚えていたが、流言飛語で済ませるには無視できないレベルになってきた。頼むから本当のことを話してくれ。一体何を隠している?」
目の前にいる男は、過去のループにおいて自分を容赦なく殺害したか、あるいは死への引き金となった張本人だ。彼らに秘密を明かすなど論外だったが、もし彼らの言う症状が事実であるなら、何か解決の糸口を知っているかもしれないという淡い期待が、ツヤの胸を掠めた。
「俺は……俺の体の中には『暗黒物質』が存在するんです。名前は、フィリップ……」
その名を聞いた瞬間、レツカとヒラマの目が驚愕に見開かれた。二人は即座に後方へ跳び退き、腰の剣の柄に手をかけたまま慎重に間合いを詰めてくる。
「待て……正気か? 本気で言っているのか!?」
「はい……何度も、何度も、俺が始まりの場所に戻されるたびに――」
そこまで口にした瞬間だった。
ツヤの言葉がぴたりと途切れた。肺の中の酸素が一気に外へと吐き出され、脳裏へと激しい血流が逆流し始める。ツヤは言葉にならない呻き声を上げながらその場に崩れ落ち、激しくのたうち回り始めた。即座に命を奪うには至らないものの、内臓を握り潰されるような激痛に耐えかねて、口から白い泡がボタボタと垂れ落ちる。
次の瞬間、ツヤの背中から肩にかけて、黒く蠢くおぞましいグラフィティのような影が立体的に伸び上がり、白く光る眼光を宿した『フィリップ』が実体化して姿を現した。フィリップは苦悶するツヤの左目をじっと冷酷に見下ろす。
『おいガキ……俺が言ったことをもう忘れたのか……?』
ツヤは血走った瞳で、恨めしそうにフィリップを見上げた。
『シィーッ……絶対に口外するなと言ったはずだろ、あぁ!? こんな簡単な約束すら守れねぇのか、このポンコツが!!』
「何が起きている!? おい、しっかりしろツヤ! 攻撃する意思はない!」
レツカの叫びに対し、フィリップはゆっくりと首を巡らせて二人をねめつけると、再びツヤの腰のあたりへと滑り込むように消えていった。だが次の瞬間、ツヤの全身がおぞましい漆黒のエネルギーによってすっぽりと包み込まれる。そしてツヤの顔面の真至近距離に、フィリップの凶悪な幻影が浮かび上がった。
『ちっ……今のところは、これが限界か……』
レツカとヒラマは、目の前で繰り広げられる常軌を逸した異常事態に戦慄し、完全に固まっていた。
『あーあ! 頭痛のことすら忘れてたってのに、この貧弱な肉体はもうバテ始めてやがる!』
フィリップが鬱陶しそうに右手を高く掲げ、力任せに拳を握りしめた。直後、彼があらかじめ印をつけていた空間から無数の黒い触手が突如として湧き出し、床を突き破ってレツカとヒラマの身体を無慈悲に串刺しにした。
「クソが……チッ、まだこんな低級な力しか引き出せねぇとはな……」
「なになの、この騒ぎは――」
異変を察知して二階から駆けつけたルーサーは、血の海の中に横たわる父と叔父の姿を目にし、その瞳を限界まで見開いた。
「父さん!? 嘘でしょ、嫌ぁぁぁっ!!」
フィリップは背後を振り返ると、うんざりした表情で吐き捨てるように怒鳴った。
『うるせぇんだよ、キャンキャン騒ぐなガキが!』
「この悪魔! 絶対に許さないわ!!」
ルーサーは鞘から剣を抜くやいなや、狂乱の様相で飛びかかってきた。一撃一撃が空気を鋭く引き裂く凄まじい猛攻だったが、フィリップは欠伸でも噛み殺しそうな余裕の態度で、その全てを指先一つで易々と受け流していく。
『そうだ……そのまま精々あがいてみな』
「貴様が私の父親を殺したのよ!! お父さんを……死ねぇぇぇッ!!」
『知ったことかよ、鬱陶しいな』
怒りで視界を染め上げたルーサーが大振りの一撃を繰り出した瞬間、フィリップはその致命的な隙を見逃さなかった。長い腕を伸ばして彼女の首元を鷲掴みにすると、容赦なく背後の壁へと叩きつける。
『ふん、案外良い器量をしてるじゃねぇか。俺が人間だったら、少しは可愛がってやったものをな』
「この下衆な怪物……絶対に殺してやる……絶対にだ!」
『あぁそうかい、今まさに殺されそうな奴がよく言うぜ。おめでたい頭だな』
フィリップは冷酷に嗤うと、ルーサーの額へ無慈悲に掌を押し当てた。その手のひらから鋭利な漆黒の刃が突き出し、彼女の命をあっけなく刈り取る。
『ちっ、炎の呪文すら使えねぇとは退屈極まりないな。だが……お前のタフさには少し感心したぜガキ。順応だけは無駄に早いらしい』
フィリップは背を向け、その場を去ろうと足を踏み出した。しかし、玄関の扉をくぐり抜けた瞬間――暗闇から突如として飛び出してきた母親のツクモが、床に落ちていた剣を拾い上げ、フィリップの背中へと深々と突き立てた。
『ガハッ……アアアアッ!?』
凄まじい悲鳴とともに、フィリップを形作っていた漆黒のエネルギーが潮が引くように消散し、彼は強制的にツヤの体内へと引き戻されていく……。
「俺は……ナツキ……」
最期の力を振り絞って、愛しい幼馴染みの名を呟いた直後、ツヤは大量の血を吐き出して絶命した。
◇
――ハッと息を呑み、ツヤは再び目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、またしても見慣れてしまったあの酒場の光景だった。彼は狂ったように地面を凝視した。発狂しそうなほどの深い絶望。これまで耐え抜いてきた過酷な激痛の記憶が脳を焼き切る。荒い息を吐きながらその場にへたり込み、頭を抱えて必死に思考を巡らせようとした――しかしその時、過去のループには一度も存在しなかった「異常」が起きた。
「ツヤ……行かないの?」
ツヤは勢いよく顔を上げ、茫然とした目でシンソを見つめた。
過去の凄惨な死のループにおいて、誰一人として彼に手を差し伸べてくれる者はいなかった。ルーサーと共に二階へ去った男たちも、物音を聞いていたのかすら分からない部屋の少女たちも、誰も彼を救いに現れることはなかったのだ。しかし、今は違う。
シンソは、今にも泣き崩れそうなツヤの表情を見て、不安そうに可憐な眉をひそめた。
「大丈夫? 一体どうしたの……?」
ツヤは弾かれたように立ち上がった。溢れ出そうになる涙を腕で強引に拭うと、迷わずシンソの華奢な身体を強く抱きしめ、その首元に顔を埋めた。
「シンソ……」
「えっ、なに……?」
「今なら、君にキスしてもいいくらいだ」
「なっ……!? え、ええええっ!?」
シンソの顔が一瞬にして真っ赤に染まり、パニックを起こしたような変な声を上げた。その愛くるしく純粋な反応に、ツヤは思わずクスッと小さく微笑んだ。ゆっくりと顔を離し、シンソの揺れる瞳をまっすぐに見つめる。
「本当にありがとう……ただ、君に感謝したかったんだ」
「な、何に対してのお礼なのか全然分からないけど……うん、まあいいや! ほら、寒くなる前に中に入ろう?」
「うん……」
部屋に入るまでの間、ツヤはトラウマとなっていたレツカからのあの「恐怖の呼び止め」を聴くことはなかった。
無事にシンソと共に室内へと足を踏み入れる。自分用に用意された布団へ潜り込みながら、すぐ隣で横になるシンソの美しい横顔をじっと見つめた。
シンソが可笑しそうに声を殺して笑う。
「キメケノはもう寝ちゃってるよ……ふふっ」
「キメントは吸血鬼みたいに寝るんだな。なんとなく予想はしてたけど」
「あはは、確かに!」
二人の楽しげな会話が静かに響く中、ルーサーは去り際に一度だけ彼らに視線を向け、静かに男子部屋の扉を閉めた。
そして彼女は、暗い廊下の先で待つ父親と叔父の元へ向かって、ゆっくりと歩み寄っていくのだった。
こんにちは!作者です。皆さんがお元気でいらっしゃることを願っています。私の作品を読み続けてくださっている方、そして読み始めてくださった方、本当にありがとうございます!この章を楽しんでいただけたら嬉しいです!またね!




