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ブラッククリフ

ツヤは、彼女の人生を変えることになる出来事に遭遇する。

「……ったく、あのクソ野郎、本当に胸糞悪いぜ」

ツヤは忌々しげに床へ唾を吐き捨てるように毒づいた。


「ツヤ君! 言葉が汚すぎますよ!」

シンソが咎めるように甲高い声を上げる。


「シンソ君の言う通りです! 少しは言葉を慎んではいかがですか、ツヤ君!」

ナツキも柳眉をひそめ、毅然とした声で参戦した。

しかしツヤは二人の言葉を完全に無視して立ち上がり、洗面台の鏡に映る自身の髪に目を留めた。両サイドで不自然に結ばれたツインテール。


「おい、ふざけんなよ! これ、お前の仕業だな、シンソ!?」


「ボ、ボクのせいにしないでよぉ! ボクはただ寝てただけなのに!」


「じゃあ、お前は何のために学校に来てんだよ!」


「ひどいよぉ! ナツキちゃーん!……ツヤ君がいじめるんだぁ!」


ナツキは胸の前で腕を組み、呆れたように深いため息をついた。

「はぁ……あなたたち二人は、本当に手がかかりますね」


そんな騒ぎの中、キメントは自身の腕にしがみついているシンソの感触でようやく現実へと意識を引き戻されたのか、無表情のまま静かに立ち上がった。

ツヤは不機嫌そうに唸りながらツインテールを解き、慣れた手つきで一本のポニーテールへと結び直す。


まさに四人が教室を出ようとしたその時、エラ、キメケノ、そしてニッツェの三人が扉を開けて入ってきた。


エラは生命力に満ち溢れ、常にマイペースで、底知れない包容力を持つ少女だった。その容姿は際立って美しく、校内でもかなりの人気を誇っている。

一方、キメケノは『男気』という概念を少し拗らせた男だった。決して無礼というわけではないが、一度売られた喧嘩は絶対に買う。彼にとって、問題解決の第一手段は常に『拳』だった。幼馴染相手でもそれは変わらない――ただし、女子は例外だ。女の子には絶対に手を上げないという彼なりの誓いのようなものがあるらしく、どれだけ頭に血が上っても怒鳴り散らすのが限界だった。

そしてニッツェは、非常に感情豊かで、思慮深い少女。彼女とはどんな深い悩みでも共有できた。しかし、複雑な家庭環境を抱えており、時折、まるで二重人格かのように振る舞う危うさを秘めている。


ツヤの友人グループは、傍から見れば奇妙で、一癖も二癖もある連中ばかりだったが、ツヤはどんな時も彼らを庇い、その声に耳を傾けてきた。キメケノ、エラ、ニッツェ、シンソ、ナツキ、キメント、そして――ここにはいないウイタ。彼らこそが、ツヤにとって残酷な『現実の世界』から逃げ込める唯一の隠れ家だったのだ。


「ちょうど今、そっちに行こうとしてたところだ。……ところで、ウイタは?」

ツヤが尋ねると、エラが持ち前の柔らかい微笑みを浮かべて答えた。


「校門の前で待っているわよ。みんなを待っていたのだけれど、なかなか来ないからって、ふふっ」


するとシンソが、突然キメントの腕を固く掴んだまま大声を上げた。

「ぜーんぶツヤ君が悪いんだよ! ボクにすっごく意地悪したんだから!」


「お前は本当に泣き虫だな、シンソ」

ツヤが呆れたように言うと、シンソは嘘くさい「あぅぅ……」という声を漏らし、大げさに痛みを表現しながら、キメントの腕に顔を埋めた。


「泣いてねえのなんか丸わかりだろォが、このガキ!……少しは男らしくなりやがれ!」

キメケノが吠えるように怒鳴りつける。


「あははっ、この件に関してはノーコメントが一番賢明ねっ」

ニッツェがおどけた調子で、しかしどこか冷ややかに呟いた。


エラはパチンと手を叩き、全員の注目を集める。

「さあ、もう行きましょうか。学校はとっくに終わっているのに、いつまでこんな所にいるつもりかしら」


ツヤたちは黙って頷き、歩き出した。


「ちょっとぉ、真面目に鞄持ってきてるのってアタシだけなわけ?」

ニッツェの呆れた言葉に、キメケノが鼻で笑う。


「だから言っただろ、赤髪! そんなモン持ってくるだけ無駄だってなァ!」


その言葉には誰も返事をしなかった。


ようやく校舎を出た彼らは、中庭の石畳の通路を通り、校門へと向かった。

そこには、両手を後ろで組み、静かにたたずむウイタが待っていた。彼女はいつものように、細められた瞳の奥に理知的な光を宿し、静かに一同を観察している。


ツヤの目から見て、ウイタという少女は常に何かを企んでいるように思えた。どんな絶望的な状況においてもあらゆる可能性を想定し、裏の裏まで計算し尽くした計画を用意できるような、そんな底知れない知性を持っていた。


彼女の元に辿り着いた一同は、進むべき道を促そうとウイタを見たが、彼女の視線はすでに別の『何か』に釘付けになっていた。


ツヤは不審に思い、芝生の上の一点を指差した。

「……おい、あれは何だ?」


彼が指し示した場所には、ぽつんと置かれた漆黒のピラミッドがあった。奇妙なことに、それはガラスのような滑らかな質感を持ちながらも、周囲の光を一切反射していない。まるでそこだけ空間がバグを起こして切り取られたかのような異質さに、全員の視線が吸い寄せられる。


シンソはキメントの腕を掴む力を少し緩めた。

「あんなもの、一体誰が落としたんだろう?」


「あんな形のピラミッド、見たことないわねぇ」とニッツェが目を細めて観察する。「まるで彫刻みたいだけど、どこかグミみたいに柔らかそうにも見えるし……」


「ま、高いところから落ちたわけじゃなさそうだな。もしそうなら、確実に粉々になってるはずだ」

キメケノの能天気な推測に、ツヤは心底呆れたようにため息をついた。


「お前は黙ってた方がマシだな、この筋肉モグラ」


「あぁん?! 今なんつった、コラ!?」

キメケノが即座に牙を剥く。


「お願いだから喧嘩はやめてちょうだい。でも、確かにあれが何なのか、私も気になりますね」

エラが二人をなだめるように言った。


ツヤは不敵な笑みを浮かべ、恐れる様子もなくピラミッドへと歩みを進めた。

「よし、俺が見てきてやるよ!」


「ちょっと、お待ちになさい――!」

ナツキの制止の声が響くが、ツヤはそれを無視して地面のピラミッドへと手を伸ばした。

それを拾い上げ、目の高さに掲げて観察し始めた、その瞬間――異変が起きた。


ピラミッドの表面を覆っていたはずの『黒』が、まるで粘つく液体のように一瞬で流れ落ちたのだ。しかし地面には滴り落ちず、ただ虚無の中へと吸い込まれるように消えていった。


「……え?」


ツヤが呆然とした瞬間、彼の目の前に、巨大な『黒い影の輪郭』が突如として膨れ上がった。


その悍ましい顔の『表情』は、肉体そのものではなく、顔面のすぐ目の前の空間に奇妙に浮き上がって存在している。それは、彼が知る『グラアフェティ』ではなかった。不気味なほどに、動きが、ない。


圧倒的な恐怖に脳髄を殴りつけられ、ツヤは無様に地面へとひっくり返った。


「う、うわあぁぁっ! 来るな! 離れろ!!」


地面を掻き毟り、必死に距離を取ろうとする。しかし、周囲の様子が完全におかしかった。

木々を揺らす風の音も、近くの道路を走る車のエンジン音も、一切消え失せている。完全な無音。


肥大化した不気味な黒い影は、その分厚い体躯でツヤを見下ろし、じっとその瞳の奥を覗き込んでくる。

極限の恐怖に、ツヤの目からボロボロと涙が溢れ出した。


「頼む……頼むから、来るな……っ!!」


これは、彼が今まで遭遇したどんな存在とも一線を画していた。あの『グラアフェティ』よりも、遥かに劣悪で、純粋なおぞましさを放っている。


突如、世界そのものが『黒い落書き』のような悍ましい質感へと変貌していく。

背後から聞こえた不穏な衣服の擦れる音に、ツヤは恐る恐る振り返った。


そこには、血管の浮き出た両目を限界まで見開いた友人たちが、微動だにせず、ただじっとツヤを見つめていた。

ツヤの顎はガタガタと震え、心臓は肋骨を突き破らんばかりに狂った鼓動を刻む。


ナツキが、ゆっくりとツヤに向かって歩いてきた。そして彼のすぐ目の前で立ち止まる。

彼女は地面に落ちていた、今や中身の空っぽになったピラミッドを拾い上げると――それを、自らの眼球へと容赦なく突き刺した。


グチュリ、と肉が抉れる嫌な音が響く。彼女はそれを引き抜き、再び突き刺した。

何度も、何度も、何度も。彼女の眼球が完全に破裂し、中身がドロドロと流れ落ちるまで、その狂気の自傷行為は繰り返された。表情一つ変えずに。


「嫌だあぁぁぁぁっ!!」


ツヤは狂ったように絶叫しながら、膝行してその場から逃げ出した。

必死に立ち上がり、全身の力を振り絞って、恐怖のあまり猛スピードで走り出す。


しかし、角を曲がって辿り着いたはずの路地の先には、全く同じ光景が広がっていた。

そこには、血塗れになって地面に倒れているナツキの惨殺死体。

空間に張り付いたように這い回るあの黒い影の悍ましい『笑み』が、今もなおツヤをじっと見つめていた。


息を切らし、狂乱状態のツヤは必死に出口を探すが、どこを見渡しても逃げ道など存在しない。

彼は芝生の上に、がっくりと膝を突いた。


周囲では、今も友人たちが彼を見つめている。無表情で、何の反応も示さず……。


次の瞬間、キメントがすぐ隣にいたシンソの頭を両手で掴んだ。

そして、あまりにも無造作な、電光石火の動きでそれを真横へと捻り折った。


ベキバキッ! と、頸椎が肉を突き破って飛び出し、シンソの身体が糸の切れた操り人形のように地面へ崩れ落ちる。


「ああぁぁぁぁぁっ!!!」


ツヤは喉が千切れるほどの悲鳴を上げた。


いつの間にか、頭上の空は漆黒の闇に包まれている。ツヤは泣き叫びながら、その黒い影に向かって懇願した。


「ごめんなさい!……頼むから!……あのピラミッドを拾ったのは悪かった、俺が悪かったから!……お願いだ、この地獄を終わらせてくれ!!」


その悲痛な叫びを嘲笑うかのように、今度はキメケノが動き出した。

彼は近くの巨木に深く突き刺さっていた斧を力任せに引き抜くと、それをニッツェに向かって全力で投げつけた。


ドグシャァッ! という凄まじい音と共に、脳天を真っ二つに叩き割られたニッツェが、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちる。


「嫌だあああぁぁっ!!!……あぁぁっ! もうやめてくれ! 頼むからああぁぁっ!!」


キメケノは歩みを止めない。彼はニッツェの頭部から斧を引き抜くと、そこにいる全員を、一人ずつ、あまりにも無慈悲に、確実に惨殺していった。


ツヤは絶望の叫びを上げ、狂ったように泣きながら、その凄惨な光景を特等席で見せつけられていた。

恐怖のあまり、指一本身動きが取れない。彼は自分の顔を皮膚が裂けるほど強く掻き毟り、唇を血が滲むまで強く噛み締めた。嗚咽が止まらない。


黒い影が、ゆっくりと、絶望に震えるツヤへと近づいてくる。

説得の余地など一切残されていないその絶対的な存在は、脳内に直接、狂気の声を響かせた。


『お前は、俺のものだ……。俺のものだ……。俺の、ものだ……。』

第2話をお読みいただき、ありがとうございました!


日常の賑やかな雰囲気から一転、一気にとんでもない絶望へと突き落とされる展開となりましたが、いかがでしたでしょうか……?

あの黒い影の正体、そして突如として始まった惨劇の意味とは。ツヤはこの悪夢から無事に抜け出すことができるのか、ぜひ考察してみてください!


もし面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想(コメント)をいただけると執筆の大きな励みになります。


次回、第3話もどうぞお楽しみに!

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