雰囲気も良く、料理も美味しい
心地よい雰囲気とは、温かさと親しみやすさを意味する。
「そうなのよ! 捕れたてピチピチのを十匹も狩っちゃったんだから!」
サラマが胸を張って得意げに自慢する。
キクロは母親であるツクモの腕の中で、背中に縛り付けられた巨大な蜘蛛の死骸をじっと見つめながら、興味津々といった様子でチュパチュパとおしゃぶりを吸い続けた。ツクモは我が子を見つめながら、どこか感心したような優しい笑みを浮かべる。
「大したものね。さあ、中に入ってゆっくり休んでちょうだい。ご飯の支度は私とキリシマでやっておくから」
一行は促されるまま店内へと進んでいった。だが、今回の酒場に客の姿はない。彼らは以前から、この家族が酒場の厨房を自分たちの台所として日常的に使っていることを察していた。サラマは迷うことなく、一番奥の隅にある階段を上って二階へと向かう。一行も興味深そうな様子でその後を追い、ついに彼らの「本当の家」へと足を踏み入れた。
「へえ……居間は二階にあったんだな」
ニッツェが周囲を見回しながら呟く。
建物は古すぎることもなく、かといって新しすぎることもない。一階の酒場と変わらない、どこか温かみのある雰囲気を纏っていた。少し手狭ではあるが、生活動線が綿密に考えられた使い勝手のよさそうな造りだ。陽が落ちるにつれ、奥の居間にある暖炉の火がパチパチと音を立てて爆ぜ、室内を暖かく照らし出していく。
「すごく素敵なお家ですね」
ウイタが静かに言えば、
「僕もそう思うよ」
とシンソがそれに続き、
「ああ、同感だ」
ツヤも淡々と同意した。
彼らは興味深そうに部屋の中を見回し、壁に飾られた絨毯のタペストリーに視線を送りながら言葉を交わす。
「はいはい。それじゃ、私は服を着替えてくるわね。みんなは居間でくつろいでいてちょうだい」
一行が居間へと向かう中、サラマは階段の方を振り返って声を張り上げた。
「お母さん! 親父はどこにいるの!?」
ほどなくして、ツクモの優しくもよく通る声が返ってきた。
「ヒラマ叔父さんと一緒に屋上にいるわよ! 寒くなってきたから、中に入るように伝えてちょうだい!」
叔父が来ていると知ったサラマは、嬉しそうにパッと声を弾ませた。
「了解!」
サラマが自分の部屋へと向かう間、一行は居間のソファに腰を下ろし、静かにその時を待っていた。やがて、ウイタが沈黙を破って口を開く。
「……例のルーサーさんは、いつ戻ってくるのでしょうか。いつまでもここに居座るわけにはいきませんし、せめて何か仕事を見つけないと」
「ああ、いつまでも借りっぱなしというわけにはいかないからな。出会ったばかりの俺たちをこうして居候させてくれているんだ、全部タダで甘え切るわけにはいかない」
ツヤが深く頷く。
「うん……でも、僕たちに何ができるのかな? この世界のことは、まだ何も知らないのに」
シンソが不安そうに漏らすと、ニッツェも「まったくだ」とばかりに小さく頷いた。
その様子に、キメケノが鬱陶しそうに鼻を鳴らした。
「あー、くそっ! そんな陰気くさい会話を聞かせるんじゃねえよ! 俺たちはさっき大物を狩ってきたんだぞ、少しは自信を持てよな!? ウジウジと悩んでんじゃねえよ、ガキども。そうだろ、キメント?」
名を呼ばれたキメントはゆっくりと顔を上げ、じっと仲間たちを見回した。
「……ああ。自分たちにできることをやるだけだ」
「うわっ、お前の口からそんな長文を聞くの、初めてかもしれないぞ。しかも妙に前向きだし……珍しいな」
ニッツェが驚きのあまり目を丸くする。
キメントは細めた目をさらに細め、静かに言い放った。
「……必要な時しか喋らないだけだ」
ピリッとした緊張感の走る空気に、シンソは困ったような苦笑いを浮かべながら後頭部をかいた。
「夕食が終わったら、レツカさんに地図のことや、この世界について詳しく教えてもらえるよう頼んでみましょう」
ウイタが真剣な表情で提案する。
「ええ、それが賢明ですわね」
エラも穏やかに賛同した。
再び静けさが戻りかけたその時、着替えを終えたサラマが部屋へと戻ってきた。その背後には、キリシマと見知らぬ男、そしてレツカの姿があった。
「あら、こんなところで固まって丸くなっていたのね。ご飯の準備ができるまで、食堂で待っているといいわ」
キリシマの穏やかな声に促され、一行とレツカ家の面々は別の部屋へと移動した。そこにはもう一つの暖炉があり、中央には立派な木製の大きな食卓がドンと置かれていた。
「全員、適当な席に座れ」
レツカの言葉に従って全員が着席し、料理が運ばれてくるのを待つ。サラマは席から見知らぬ男を指差し、誇らしげに胸を張った。
「叔父さん! 見てよ、私の新しい仲間たち! 総勢八人の大パーティよ!」
「やあ、若い人たち。私はヒラマ。ここにいるレツカの兄だ。時々こうして顔を出していてね」
「お会いできて光栄です。私はウイタと申します。あちらの青い髪のがツヤで……」
ウイタが順を追って全員を丁寧に紹介していく。その最中、ツヤはヒラマの肩に刻まれた見慣れない奇妙な入れ墨に、冷ややかな視線を留めていた。
「みんなと知り合えて嬉しいよ。……ところで、差し支えなければ出身を聞いてもいいかな? どうもこの辺りの人間には見えないようだが」
すると、ニッツェが反射的に口を開いた。
「日本人です。俺たち、日本人なんです」
一瞬にして、その場の全員の視線がニッツェに集中した。
「ハ? ニホンジン……?」
サラマが小首を傾げる。
「冒険者を長くやっているが、初耳の民族だな。私の知らない遠方の民だろうか」
ヒラマが顎に手を当てて考え込む。
「いや、知らないのも無理はなくて、実は俺たち――」
言いかけたニッツェの弁慶の泣き所に、エラがテーブルの下から容赦ない蹴りを正確に叩き込んだ。
「グハッ……!?」
エラは悶絶するニッツェを強引に黙らせると、何事もなかったかのように完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ええ、ええ! きっとご存じないと思いますわ。……それより、冒険者をされているとおっしゃいましたね? レツカさんも昔は冒険者だったと伺いましたが」
エラは冷や汗をかきながら強引に話題を逸らし、表情を必死に繕った。
「ああ、そうさ。弟が結婚する前は、よく同じパーティで依頼をこなしたものだよ。だが、子供たちが生まれ始めてからはすっかり足を洗ってね」
「不躾な質問でしたら申し訳ありません……レツカさん、他のご子息方はどちらにいらっしゃるのですか?」
シンソがおそるおそる尋ねた。
キリシマが答える前に、サラマが勢いよく身を乗り出す。
「ああ! 腹違いや実の兄弟を含めて、一番下なのが私とキクロなの! 他の上の人たちは大半が冒険者をしているか、どこかで商売をやっているわ。でも、みんな定期的に家に顔を出すわよ」
「私もそれを言おうと思っていたところだ。レツカ、お前は子供たちを働かせすぎじゃないか?」
ヒラマが苦笑を浮かべる。
「俺のせいじゃない! あいつらが全員口を揃えて『働きたい』と言い出したんだ! 家の中でギャーギャー騒がれてたまるかよ。それに、完全に家を出たわけじゃない、稼いではこうして戻ってきているだろ」
「本当にそうなのかな~、愛するお父様? じゃあ、ハラシマは? ケツスケは? あの二人もカウントに入ってないんじゃないの?」
サラマは目を細め、父親であるレツカをからかうような意地悪な笑みを向けた。
「あ、あいつらは自分でなんとかできる奴らだ! それに、せいぜい一週間家を空けるくらいで、すぐに戻ってくるだろ!」
ニッツェは口元を手で覆い、ひそひそ話のフリをしながら、周囲全体に丸聞こえの音量で呟いた。
「へぇ~……なんだか、ダメな親の典型パターンだな……」
「おい! 聞こえてんだぞ、ガキ!!」
レツカが青筋を立てて怒鳴り散らした。




