修正が必要な誤りや発見
理解できなかったことや間違いを犯したことを理由に、誰かを責めたり、失礼な態度をとったりする必要はありません。優しさはどんな氷も溶かします。
キメントは隣に立つシンソに横目を向け、冷ややかに応じた。
「以前にも経験したことがあるような口ぶりだな」
そう言い捨てると、キメントはシンソと共に真っ先に歩き出した。
「へえ……自分から進んで動くなんて、珍しいこともあるものね」
ニッツェがどこか皮肉っぽく呟く。
他の面々も出口に向かって足を進め始めた。サラマは厨房へ向かうと、腕いっぱいに九本もの短剣を抱えて戻ってきた。見るからに重そうで、いまにも取り落としそうな危うい手つきだ。途中で気づいたツクモが幾つかを奪い取り、門のところまで娘に付き添っていく。一行はこれから出会うであろう獲物の姿を、それぞれに思い浮かべていた。
「賭けてもいいけれど、毛深い奴よ」
ナツキが言った。
「毛深いだけならまだしも、鋭い牙を生やした危険なタイプに決まってるだろ」
キメケノがそれに応じる。
「こちらに危害を加えてこない限り、どんな姿だろうと知ったことじゃない」
ツヤが冷たく言い放つと、キメントはシンソへと視線を向けた。
「お前はどう思う?」
シンソはしばらく考え込んだ。周囲の安全を実感するにつれ、彼本来の明るい人柄が戻ってきたようだ。
「たくさん肉が手に入って、みんなで美味しく食べられるといいな!」
そこへニッツェが割り込んできた。その顔には、すべてを見通しているかのような嘲笑が浮かんでいる。
「くすくす……魔物に噛み殺されたくないなら、そんな能天気な夢は捨てておきなさいよ」
「根拠のないくだらない予想は、自分の中だけに留めておきなさい」
エラが冷ややかに一蹴した。
ウイタは、サラマとツクモが近づいてくるのを見つめた。二人の手にある短剣が、差し込む光を受けてギラリと鈍い輝きを放っている。
「それは……狩り用の武器ですか?」
サラマは母親から短剣を受け取ると、一行に向かって両腕を広げた。
「ええ。早く一人一本ずつ取ってちょうだい。結構重いんだから……」
「よっしゃ、きたぜ!」
キメケノが威勢よく声を上げる。
全員が一本ずつ短剣を手にした。ツヤは受け取った刃をじっくりと観察する。刀身の根元には、装飾された『レ』の文字が刻み込まれていた。
「この刻印は何だ?」
「ああ、一種の家紋みたいなものよ。『レ』はレツカの頭文字」
「……親父さんの名前もレツカだったわよね?」
ニッツェが不審そうに眉をひそめる。
「ええと……正式な名前はレツカ・レツカっていうの……」
「どういうことだ?」
ツヤが尋ねると、サラマは困ったように微笑んだ。
「おじいちゃんがすごく家族愛の強い人でね。父親の持つあらゆるものに家名を背負わせたかったらしいの」
「へえ……」
「すごいな!」
シンソが感嘆の声を漏らす。
「まあいいわ、行きましょう。日が暮れてしまうわ」
「そうですね。それで、どの方向へ向かうのですか?」
ウイタが尋ねると、サラマは服の懐から使い古された一枚の地図を取り出した。ツヤとウイタが観察するように身を乗り出す。
「イタニリアの『魔物・怪物分布図』か?」
「ええ。穴グモ(ピット・スパイダー)は魔物分類だから、虫系の色に着目すると……十四時の方向へ進むべきね。市境から二里(約二キロ)ほど先よ」
「……この街では、金を払って食べ物を買う文化はないのか?」
ウイタがふと疑問を口にすると、サラマは静かに首を振った。
「買えることは買えるわ。でも、私達のような郊外に住む地元民は、ある程度育った子供を狩りに向かわせるのが普通なの」
「でも、それは危険すぎるんじゃないか? 万が一のことがあったら……」
シンソが心配そうに尋ねる。
「ええ……イタニリアでの幼少期の死亡率は非常に高いわ。地元民は食べ物や金を得るために、一番手軽な手段を選ぶの。だから違法行為も横行しているけれど……」
「人口密度に関係しているのか?」
ツヤが問うと、サラマは顎に手を当てて深く考え込んだ。
「お父さんはそれが理由だと言っているけれど、私は過去から続く悪習がそのまま定着してしまったのだと思うわ」
「くだらない伝統なんざ知るか! 行くぞ!」
ニッツェの言葉を信号に、一行は歩みを進めた。サラマは街の中を案内しながら、周囲の解説を始める。
「街の周囲は外壁で囲まれているの。かつてイタニリアとプルスタンの間で戦争が起きた際、帝国はここへ救援を送ることができなかった。奇襲から身を守るため、地元民が自力で築いたのがこの城壁よ。かれこれ六十年近く前のものね」
ウイタとエラは興味深そうに耳を傾け、ツヤは片目で周囲を警戒しつつ話を聞いていた。
「どうして援軍が来なかったんだ?」
「……政治的な問題ね。昔の苦しみを知る旧世代は『この街が見捨てられた』と言うけれど、若い世代は『帝国の膨大な人口と領地の広さゆえに、本気で財政難だった』と言っているわ」
「だが、見たところ大きな変化はないようだが」
ツヤが鋭く指摘する。
「ここは郊外だからよ。市の中央部はかなり発展しているわ。私も一度しか見たことがないけれど、本当に美しい場所だった」
「なるほどな」
「まあ、街並みを見る限り昔ながらの建物ばかりみたいだがな」
キメケノが吐き捨てるように呟くと、ニッツェもそれに同調した。
「そこまで語るだけのことはあって、中心部は本当に発展してるのかもね」
キメントが無言で深く頷く。
「……そろそろ市境に近づいてきたようです」
「ええ、ここは『オユコ地区』よ。主に郊外の荒涼とした風土で知られているわ。生活水準や資源については、さっき話した通りね」
ニッツェとツヤが頷いた。
進むにつれ、巨大な二本の柱で構成された、鋼鉄製でありながら木目調の威容を誇る大門が見えてきた。門のこちら側には固定された大砲が整然と並び、城壁のあちこちでは兵士たちが身動きもせず見張りを立てている。その手前では、五人の兵士が地面に座り込み、酒を煽っていた。
「こんにちは、ユツカおじさん」
サラマが声をかけたのは、中央に座り、他の兵士とは異なり肩に布製の紋章を付けた男だった。
「おお……おええ、サラマじゃないか。可愛い娘っ子の調子はどうだ?」
「元気だよ、おじさん!」
「ほう……新しいお連れさんかい?」
男は、冷淡な二人を除いて笑みを浮かべる一行を見渡した。
「女が六人に、男が二人か……大所帯だな」
サラマは引きつった笑いを浮かべ、一行を振り返った。シンソはすぐには意味を理解できず、ツヤは不快そうに目を細めた。キメケノとニッツェは必死に笑いを堪えている。
「あの……実は、僕とシンソは男なのですが……」
「何だって、お嬢ちゃん?……最近どうも耳が遠くてね」
ツヤは耐えかねて苛立ちを爆発させ、怒鳴り散らした。
「僕とシンソは男だと言ったんだ! なぜこの街の人間はどいつもこいつもこうなんだ!」
ユツカは一瞬ギクリと表情を強張らせたが、すぐに咳払いをして誤魔化そうとした。
「ああ……そうか、すまんすまん。……だが、それならもっと好都合じゃないか?」
ツヤは身を硬くし、じりじりと後ずさりした。ユツカはゆっくりと立ち上がると、左腰の鞘から容赦なく刃を引き抜いた。
「――こんなナヨナヨした男がいてたまるかよ」
ツヤは地面を転がり、恐怖に満ちた目で男を見上げた。
「ごめんなさい……頼む、許して……!」
男は容赦なく間合いを詰めてくる。なぜか他の仲間たちは、誰一人としてこの異常事態に気を留めていない。男は這い進んで逃げようとするツヤを力ずくで押し留めると、背中に冷たい刃を突き立て、その首を力任せにへし折った。
――ゴリッ、と骨の破片が首の内側の肉を削り取る壮絶な感触とともに、ツヤの意識は暗転した。
◇
ツヤは弾かれたように目を開けた。
再び、あの冷気漂う湯浴み場の中にいた。濡れた髪は胸元に張り付き、頭上から降り注ぐ冷たい水滴が全身を伝って床へと落ちていく。
ツヤは床を見つめたまま、荒い息を吐き出した。
「ハッ……ハッ……いまの、は……」
ブツブツと狂ったように呟くツヤの傍らで、フィリップは部屋の隅に腰掛け、頬杖をついていた。
「……言ったろ、俺のせいじゃねえってな」
「な……に?」
「『予知』の力について話さなかったか、ガキ? 良いか、この力はお前と俺だけの秘密だ。もし誰かに喋ろうとしてみろ、死ぬより惨めな目に遭わせてやるからな」
フィリップのカッと見開かれた眼光が、冷酷にツヤを射抜く。
「死ぬたびに俺のせいにするんじゃねえよ、クソガキが。この力はな、お前がふたつの選択肢に挟まれた時か……あるいは、お前の『ヘドが出るほど汚く醜い感情』を突きつけるために発動するんだよ。さっきの親父はただ少し見間違えただけだ。なのに、お前は逆上して叫んだだろ? その醜い感情が『最悪の可能性』を具現化したんだよ。人間を見下してるようだがな、一番見下されるべき下劣な存在はお前自身なんだよ。分かったか?」
ツヤは息を呑み、ボロボロと涙を溢れさせながらその言葉を聞いていた。
意味が分からなかった。この力が単なる「可能性」を示すものだとしても、体験している最中はすべてがあまりにもリアルで、現実と予知の区別などつきようがないのだ。
「……使い方はお前次第だ。その力を磨いて仲間を守るために使うか、あるいはその腐った性格と感情を改めず、永遠に無様に死に続けるか。選べよ」
世界がぐにゃりと歪み、視界が再び光に包まれた。
――ハッと意識が引き戻されると、周囲には再び仲間たちと、あの兵士の姿があった。
「元気だよ、おじさん!」
「ほう……新しいお連れさんかい?」
ツヤはその言葉を、すでに知っていた。今度は……絶対に感情を殺し、穏やかに返さなければならない。
「女が六人に、男が二人か……大所帯だな」
サラマが再び引きつった笑いを浮かべて一行を見る。シンソはピンときておらず、キメケノとニッツェは爆笑を堪えていた。
ツヤは極力声のトーンを落とし、努めて丁寧な口調で言った。
「あの……実は、僕とシンソ『も』男なのですが……」
「おお……これは失礼した! 最近どうも目が悪くてね。じゃあ、男が四人で女が四人ってわけだな?」
シンソが心からの安心した笑みを浮かべた。
「その通りです!」




