情報と楽しい会話
他者を助けることで、楽しいひとときを過ごしたり、誠実さが育まれたりすることもある。
シンソは楽しそうにクスクスと笑い、ツヤも面白がるような視線を向けた。
ツクモもまた、愉快そうに夫を見つめている。
「言っとくがな、俺の妻は俺を愛してるんだよ! 余計なお世話だ、クソガキ」
レツカが吐き捨てるように言うと、ツクモは穏やかに微笑んだ。
「私は厨房におりますね」
「待て待て待て! 一言くらい肯定していけ! 俺をこんな視線に晒したまま行くんじゃねえ!」
レツカの焦りようを余所に、ツクモは温かい笑みを浮かべたまま厨房へと向きを変え、静かに去っていった。
サラマが父親の慌てる様子にクスクス笑う中、レツカはブツブツと文句を言いながら、忌々しげに再び一行へと視線を戻した。
「あの……貴重な情報を教えていただき、本当にありがとうございます。お話を続けてもよろしいでしょうか?」
ウイタが丁寧な口調で切り出すと、レツカは面倒くさそうに首を振った。
「ああ、はいはい……どこまで話したっけか?」
「『黒の物質』について聞いていたところだ」
ツヤが短く促す。
「ああ、そうだったな。まあ、俺が知ってるのはその程度だ。イタニリアには封印された真髄も、それを扱う適合者も山ほどいるからな」
「あの、ごめんなさい……少し気になったんですけど、『始祖』とは一体何なんですか?」
シンソが、特有の柔らかく中性的な響きを持つ声で疑問を口にした。
レツカは空になったグラスに恨めしそうな視線を送ると、背後に積まれた樽や瓶の中から、紙に包まれたボトルを一本無造作に掴み取った。コルクをポンと抜きながら、再び一行へと向き直る。
「『主系』の始祖ってのは、元となるオリジナルの真髄のことだ。『支系』ってのは、そこから派生した種みたいなもんだな。いわば、一段低い劣化コピーと考えていい」
ウイタがすぐさま喰いついた。
「では……『黒の物質』はどちらの始祖なのですか?」
「主系のはずだ。ああ、間違いない。……ところで、お前らなんでそんなに『黒の物質』のことに執着してんだ? もう一世紀は姿を現してねえ真髄だぞ。そんなもん、他にいくらでもあるだろうに」
その問いに、一行は一斉に沈黙した。
キメケノは椅子に深く寄りかかり、天井を見上げながら心の中で「男らしい」台詞でも探しているようだった。キメントはシンソの隣で一切の感情を見せずに無表情を貫き、シンソは何かを期待するようにウイタを見つめている。ツヤは卓上をじっと睨みつけ、それが自分にとって何を意味するのかを暗い瞳で熟考していた。ウイタは顔の向きを変えずに、視線だけを左右に巡らせる。
厨房からは、淹れたての茶の香ばしい匂いがふわりと漂ってきていた。
重い沈黙を破ったのはツヤだった。
「……その『真髄』というのは、なんと言ったらいいのか……言葉を話すのか? 自我や意識のようなものは存在するのか?」
「オウ、それがあるんだよ。俺の知る限りじゃ、何の真髄かによって性格も思考もガラリと変わるらしい……つまり、選ばれる側もそいつに似た質の人間ってことになる。手に入れるのは至難の業だ。精神を同調させ、なおかつその怪物を受け入れられるだけの強さが必要なんだからな……実に興味深い話だろ?」
ニッツェは両手を首の後ろで組み、肘を大きく広げて背もたれに体を預けた。エラとウイタはしばらくの間、静かに顔を見合わせる。
レツカは酒を一口大きく煽り、ドンと音を立ててグラスを置いた。
「――で、お前ら一体どこの馬の骨だ? 正直に吐け。イタニリアの国民で、こんな基本中の基本を知らん奴がいるはずねえんだからな」
「子供たちには優しく接してあげてね、あなた」
突如として耳元で響いた女の声に、レツカをはじめとする全員の身体がびくりと硬直した。
気配すら微塵も感じさせず、あろうことか夫の耳元に囁きかけられる距離まで、キリシマが完全に接近していたのだ。
「うわっ……マジかよ……」
キメケノが呆然と呟く。
「へっ……クソくらえだね」
ニッツェが皮肉げに毒づくと、すかさず二人の声が飛んだ。
「「ニッツェ、言葉が汚いよ!/言葉が汚いです!」」
シンソとナツキの息の合ったツッコミに、ツヤは思わず張り詰めた空気を緩めてクスクスと喉を鳴らした。
「俺も『ルーサーがなんでこんなに早く腕を上げたのか』ずっと不思議に思ってたんだが……そういうことかよ」
レツカが額に汗を滲ませながら苦笑する。
「見事な気配遮断ですね、奥様。どうやったらそれほど静かに忍び込めるのですか?」
ウイタが心底感心したように尋ねると、キリシマはフッと色っぽく目を細めた。
「あら……一応、昔は暗殺者をやっておりましたから」
その言葉を聞くや否や、ニッツェが再び面白そうに口を開いた。
「おいおい……人生の罰ゲームとしてこのオッサンを与えられて、あえなく落第したってワケ? 同情するよ、奥さん」
「おいこらガキ!! 勘違いするな、この人が暗殺者をやってたのは俺と出会う前の話だ!! それに裏でコソコソ俺をディスるんじゃねえ!」
「客でもないのに一番酒を飲んでる店主なんて、惨めとしか言いようがないでしょ」
「誰かこのクソガキの口を塞げ!!」
「お願いですからやめてください、ニッツェ……」
ナツキが頭を抱えて悲痛に懇願する。
ツヤはふと振り返り、騒がしい話題を変えるように切り出した。
「ところで……先ほどの食事の話だが」
「あ! それなら、私と穴グモ(ピット・スパイダー)を狩るのを手伝ってよ! あの肉、すごく美味しいんだから!」
サラマの無邪気な提案を聞いた瞬間、シンソ、ナツキ、ツヤの顔から一斉にサーッと血の気が引いた。ニッツェだけが不吉な好奇心に目を輝かせ、キメケノは絶望的な表情を浮かべ、キメントは相変わらず無表情だった。エラとウイタは並んで重いため息をつく。
「はあ……分かったわ。キメント、今回は後ろで見てるだけなんて許さないからね。あなたもちゃんと手伝いなさい」
エラがまるでお母さんのような口調で呆れたように言い放ち、新たな火種への幕が上がった。
こんにちは!作者です。今回の新章はいつもより早くアップロードしました。読んでくださってありがとうございます!今後もできる限り、この時間帯、もしくはそれよりも早く新章を公開していきます。また近いうちにお会いしましょう!




