008
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08時28分
帯渡島本道、潮見ヶ丘付近
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そこからはマコトあらためミコトに案内して貰い、島内を歩いていく。
帯渡島は他の伊豆諸島の例に漏れず火山島だ。最後の噴火は約三千年前で、正式には休止火山という分類らしい。
周囲のほとんどは切り立った崖に囲まれているが、唯一、島の西側には入り江があり、先ほどまでいた港はその一画に含まれる。
ダイレクトに海と接している関係上、当然、港は島の一番低い位置にあり、そこからどこへ行くにしても坂をのぼってくハメになる。
今いる潮見ヶ丘は港から出て左へ進み、ある程度坂をのぼったところにある。ここから先は村役場などがある中央地区へと続くので、ある意味では島の玄関のような場所だった。
【俺】
「もー無理。ちょっと休もうぜぇ……」
【ミコト】
「はぁ? オマエまさか、もうバテてんのか。ザコすぎでしょ」
【俺】
「うっせ。こちとら重い荷物ひきずってんだよ」
あらかじめ自分の荷物の大半は船便で送っていたが、それでもこっちに来る前に東京で手続きやら何やらで少し滞在する必要があったので、その際の荷物が枷となっている。
誰だよドリキャス本体とコントローラーなんて入れたの。
……俺です。ヒマさえあればホテルで〝ダイナマイト刑事2〟をやってました。
【ミコト】
「まあ、いいけどさ……ほら、じゃあそこ。座れば」
潮見ヶ丘に置かれている椅子を促すミコト。
【俺】
「よっこらしょっと」
【ミコト】
「じじくさ」
【俺】
「わるかったな、ジジイで。一四歳のガキンチョめ」
【ミコト】
「オ、オマエ……!」
ミコトの太眉がヒクヒクと動いた。
「この年になってまだ言うか、ソレ? ボクよりたかが四ヶ月早く生まれたってだけなのに……!」
【俺】
「たかが四ヶ月、されど四ヶ月だ」
【ミコト】
「どんな四ヶ月だ!」
なつかしいやり取りである。
コイツは一〇月生まれ、俺は六月生まれなので、この時期は年齢が一つ上になる。
昔はよくそれでからかったもんだ。
【ミコト】
「ほんと……くっだらな」
ミコトも似たようなことを思い起こしたのか、そっぽを向きつつ唇の端を上げている。
そういうのを見ると、
【俺】
(ああ、コイツはやっぱマコトなんだなぁ……)
(本当はマコトじゃなくってミコトだったけど、そんでもやっぱり、あのマコトなんだなぁ……)
しみじみ思う。
正直、ずっと男だと思っていたマコトが女だったなんて驚きだったが――いや、驚きなんてもんじゃなく、ずいぶんと取り乱してしまったが、今になってようやく〝また会えたんだ〟という実感がわいてくる。
ふつふつと、わいてくる。
俺はその懐かしくも暖かい何かに思わず顔をほころばせかけた――その時、
【俺】
「ん……?」
ふと、視線に気づいた。
それもただの視線ではない。
何らかの強い意志を感じさせる視線。
ミコト……ではない。ミコトはまだそっぽを向いたままだ。
そうではなく、この丘の、ちょうど反対側に置かれた椅子。
そこに一人の老人が腰掛けており、こちらへ妙に厳しい視線を投げかけていた。
【老人】
「………。………………。………………………。」
老人は俺と目があうと立ち上がり、潮見ヶ丘を出て坂を降りていく。
港の方にでも行くのだろうか……?
【俺】
「なあミコト」
【ミコト】
「なんだよ」
【俺】
「誰だ、あの人」
人口の少ない島である。島民どうしはほとんど顔見知りだ。
だが俺はあの老人をまったく知らなかった。見覚えすらなかった。
ということは、俺が島を出たこの七年の内に引っ越してきた人だろうか。
……こんなひなびた島に? あの年で?
【ミコト】
「あー、真賀土さんね」
【俺】
「真賀土さん?」
【ミコト】
「うん。知らないのもムリないよ。ナタローとちょうど入れ違いで引っ越してきたんだし」
【俺】
「てことは七年前か?」
【ミコト】
「そう」
【俺】
「へぇ……でも、ずいぶんと変わってるな。あの年になって、縁もゆかりもない土地に引っ越してくるなんて」
そう言うとミコトはバタバタとおおげさに手を振った。
【ミコト】
「ああ、ちがうちがう。ゴメン、ボクの言葉が悪かった。引っ越してきたんじゃあない。戻ってきたんだよ、この島に。オマエみたいにな」
【俺】
「へ? そーなの」
【ミコト】
「元々ね、この島の生まれの人なんだよ。ただ戦前から内地に行ってて、戦時中一度だけ戻ってきたみたいだけど……その後はまた島を出た。で、そこからの大活躍ってワケ」
【俺】
「は? 大活躍……?」
【ミコト】
「え、まさかオマエ知らないのか。そんなワケないよな。向こうでもマガツチ製品って多分あったろ」
【俺】
「マガツチって……まさか、あの〝マガツチ〟か⁉」
マガツチ。英語だとMAGATSUCHI表記だ。
電気・電子製品分野で有名で、最近では通信機器の開発にも力を入れているらしい。
つい先日買ったばかりの俺のケータイ、mova、F501iでも、兄弟機としてマガツチ製のM501iという機種が出ているくらいである。
【俺】
「じゃ、じゃあさっきの真賀土さんってのはもしかして――」
【ミコト】
「そうだよ。戦後、裸一貫でマガツチを立ち上げた創業者」
【俺】
「へぇ~!」
知らなかった。この島の出身者にそんな有名人がいたとは。
【ミコト】
「世間じゃバブル崩壊も乗り越えた名経営者って言われてるらしいよ」
【俺】
「すっげぇな……」
【ミコト】
「でも、噂じゃそこで燃え尽きちゃったらしくて、それで島に帰ってきたみたい」
【俺】
「噂? みたい?」
【ミコト】
「気難しい人なんだよ……人づきあいもあんまりしないし。だからみんな、くわしいことは知らない」
【俺】
「ふぅーん。なるほどねぇ……」
気難しい、か。もしかしたら〝一人で静かに〟というのが好きな人かもしれない。それなら都会の喧騒を離れ、島へと戻ったのも納得である。
だとすると、さっきのあの妙に強い視線は……単に俺が苛立たせてしまっただけだろうか。
そんなにうるさくしてたつもりはなかったんだけどなぁ……。
【ミコト】
「さ、そろそろ行くぞ。もう十分休んだろ」
不意に立ち上がり、意気揚々と歩き出すミコト。
【俺】
「あ、おいちょっと待てよ」
俺はあわてて後に続く。
やがて丘を出て、坂をのぼり、島の中央地区に足を踏み入れた途端、
【俺】
「だから待てって………………ん?」
前をゆくミコトが急に立ち止まり、こちらへと振り返った。
そして、言う。
【ミコト】
「おかえり、ナタロー」
【俺】
「……ああ、ただいま」




