071
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9時17分
斜崎家、那太郎の部屋
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契二おじさんたちへのあいさつを済ませた俺は、自分の部屋へと入った。
中にはところ狭しと段ボール箱が置かれている。
すべて向こうからあらかじめ船便で送っていた私物だ。
我ながらうんざりする量で、前の世界では部屋づくりに相当な時間を要した記憶がある。
それをふまえれば、すぐにでも荷物を展開し作業に取りかかるべきだろう。
だが今は――より優先すべきことがある。
【俺】
(……あった! この箱だ!)
俺はあらかじめ目星をつけていた段ボール箱を開き、中から手帳とペンを取り出す。
そしてすぐさま、別の段ボール箱を机がわりに猛烈な勢いで書き込んでいった。
――何を?
まずは覚えている限りでの前の世界の出来事である。
アツシたちの失踪は言うに及ばず、それ以外にも、いつ、どこで、誰と会ったか、何をしたか、話したかなどを、細かい内容も含めすべて書き記した。
ちなみに項目名は〈n=0で起こったこと〉である。このn=0とは俺がつけた前の世界に対する名称で、同じルールに従うなら今の世界はn=1となる。
最初にコレから手をつけたのには二つの目的があった。
第一はシンプルに記憶の整理である。
こうして紙に書くことで、前の世界で何が起きたかを客観的に眺めることができた。また、このタイミングで一度まとめておけば、それ以上ムリに覚えておく必要もなくなるし、困った時は読み返せばいい。そのための処置である。
……本当は船の中で目覚めた際、すぐにでもコレをやろうとしたのだが、生憎と手元にまともな筆記用具がなく「ならばせめて……」とmovaを取り出したものの、メールの保存件数は三〇まで、しかも一通あたり二五〇文字しか打てないF501iの貧弱なメモリでは、焼け石に水でしかなかった。
多分、あと何年かすればケータイをノート代わりに使える時代も来るのだろうが……残念ながら、今この時間軸ではコレが限界である。
しばらくして、
【俺】
(よし……こんなとこか)
手帳に前の世界のことを書き終えた俺は、次のページを開き、新たな項目〈わからないこと〉を追加した。
〈n=0で起こったこと〉を作った第二の目的はコレである。俺はすぐさまページをさかのぼり、ひとつひとつ内容をチェックしては〈わからないこと〉を更新した。
【俺】
(父さんも……よく言ってたな)
わからないことを頭の中で放置しておくのは危険だと。
そういったモノは自分の外に出して観察するべきなのだと。
【俺】
(わからないこと、か……)
今回の場合、ただ〝わからない〟だけではリストに入れてない。
俺にとって最大の目的である〝アツシたちの連続失踪を防ぐ〟に関連したことのみを抜粋している。
その観点でいけば、実はけっこう書くべき内容は少ない。
一通り〈n=0で起こったこと〉を読み直した俺は、あらためて〈わからないこと〉に最初から目を通した。
【俺】
(まずは第一に、)
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〈わからないこと〉
①瑞古還シの日に何が起きたのか?
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コレは、ほぼほぼイコールで〝アツシたちは何故失踪したか?〟にもつながっている。
この点を明らかにしない限り、俺に失踪を止める手立てはないはずだ。
【俺】
(次に、)
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〈わからないこと〉
②人魚とは?
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ここには二つの意味が含まれる。
第一は、n=0でアツシが失踪直前に口にした〝人魚〟という言葉。
これに関してはミコトも同様に、
『アイツらは……人魚を殺してしまったんだ』
『これはその……罰なんだよ』
との発言を残している。
つまり、アイツら二人が言う〝人魚〟だ。
一方でもう一つの意味は、
【俺】
(俺が出会った……あの人魚)
(アレはいったい……なんだったんだ?)
今でもハッキリと思い出せる。
前の世界で、七月の終わりに八尾姫神社の本殿で出会った、あの人魚……。
【俺】
(尾が八つの……八尾の人魚)
まさしく瑞古還シの奉納舞で観た、あの八尾姫伝説のような人魚。
もしかしてアレは……ヤオ本人だった、とでもいうのだろうか?
いや、だがソレにしては、
【俺】
(……幼かった、よな)
その点が疑問に残る。
俺が会ったあの人魚は、どう見ても一〇歳かそこら。
シズクとタメを張るような幼さだったのである。
かたや八尾姫伝説に出てくるヤオはヨビトの妻にして八児の母。
両者がイコールでつながるとは考えづらい。
奇妙なズレが生じてしまうのだ。
【俺】
(とはいえ伝説がホントかどうかなんてたしかめようがねーからな……)
(だから、コレに関しちゃそこまで優先度は高くねーんだ)
(それよりも――)
重要なのは次の点だった。
アツシたちの言う人魚と、俺の会ったあの人魚。
これらは同じ存在なのだろうか?
【俺】
(……わからねー)
(まさに〝わからないこと〟だな……)
なにせ情報が少ない。故に現時点で結論を出すのは勇み足で、ヘタをすれば〝結〟の代わりに〝暴〟がつくのがオチだろう。
【俺】
(ただ、それでも……)
個人的な――ほとんど感傷的な直感としては「ちがうのでは?」と思っている。
【俺】
(だって俺の会ったあの人魚は……アイツは、)
――おねがい、たすけて……。
とめて、あのひとを……。
そう言っていた。
ボロボロと、真珠のような大粒の涙を流し、そう言っていた。
【俺】
(んなこと言ってくるヤツがどーこーってのは……考えづれーよな、やっぱ)
(それに――)
俺にこの力を授けたのは、間違いなくあの人魚のはずである。
そうとしか思えない。
【俺】
(俺は……ループした)
(七月を、やりなおしたんだ……)
(言い換えんなら、)
新たな命を授かった、ということである。
不思議なことに、この点でも俺の身に起きたことは八尾姫伝説といくらか重なっていた。
あの話では、ヤオは八つの尾それぞれに命を持っていて、その力で夫と娘たちを助けている。
【俺】
(この力はあの人魚がくれた……)
(だからこそ、俺の胸には……コレが刻まれた)
(そーいうことなんじゃねーか?)
俺は船のデッキでしたように、今一度シャツをつまんでから胸の辺りを覗き見た。
そこには――刻印のように刻まれた紋様。
【俺】
(やっぱどー見ても……似てるよな、コレ)
(神社の社紋と……)
ただし、あくまで〝似てる〟止まりだ。
八尾姫神社のソレが八本の直線からなっていたのに対し、俺のは六本。ちょうど、アスタリスクを二つ重ねてズラしたような感じになっている。
この違いが何を意味するかはわからない。
【俺】
(そもそも人魚は俺に……何をさせたいんだよ?)
この力で。ループしたことで未来を知った俺に。
いったい何を……?
唯一の手掛かりは人魚の残したあの言葉、
――おねがい、たすけて……。
とめて、あのひとを……。
だが、俺には〝あのひと〟というのが誰を指しているのかわからない。
おそらくは、そのために力をくれたのだと思うのだが……。
【俺】
(だからやっぱこれも……わからねーんだよな……)
俺は〈わからないこと〉の最後の項目へと目を移した。
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〈わからないこと〉
③ループの力の詳細
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ここではさらに小項目に分岐して先ほどの〝胸の紋様〟や〝人魚が俺に何をさせたいのか?〟もリストアップしている。
かてて加えて、
【俺】
(俺は……あと何回やりなおせるんだ?)
といった内容が細々と書かれている。
この点は深刻な問題だった。
要するに、ゲームで言うなら残機数。ソレがわからないのである。
もしかしたらこのn=1が俺にとって最後の世界なのかもしれないし、あるいはその逆に2、3と続いていく可能性もあるのだ。
【俺】
(ていうか、そもそもループの条件がなんなんだよ)
(七月三一日になったら自動的に、か? それともあの人魚と会ったら?)
(………。)
(………。………………。)
(………。………………。………………………。)
(いや、もしコレがゲームなら――)
もっともスタンダードな答えがある。
俺が死んだ時、だ。
いわゆる〝死に戻り〟というヤツである。
【俺】
(……けどよ)
(ソレならソレで……またわからねーことが出てくる)
(あの日、俺は人魚に会って、そんで――)
死んだ、ということか?
……わからない。まったく覚えていない。
記憶に残っているのは、目のくらむような白い閃光だけである。次の瞬間には時をさかのぼり、船の中にいたのだ。
あの白い光は……いったい、なんだったんだろう?
【俺】
(これも書き足しとくか……〈わからないこと〉に)
俺は手帳にペンを走らせた。
最終的に、現時点での〈わからないこと〉は次のようになる。
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〈わからないこと〉
①瑞古還シの日に何が起きたのか?
②人魚とは?
アツシたちの言う人魚と、俺の出会った人魚、
これらは同じ存在か?
八尾姫伝説の人魚=ヤオとの関連は?
③ループの力の詳細
a.胸の紋様。八尾姫神社の社紋に似ている
だが線の数が違う(六本と八本)
この違いは何を意味する?
b.人魚はこの力で俺になにをさせたいのか?
〝あのひと〟とは?
c.あと何回やりなおせる?
ループの条件は?
死に戻り? だとしたらあの〝白い光〟は?
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【俺】
「……ふぅ~!」
そこでひとつ、伸びをする。
先ほどから息つくヒマもなくガリガリと書き続けていたので、いい加減つかれた。
手帳はまだ完成でなく、次は〈気になること〉という項目を作る予定だったが、ここらで一旦休憩としよう。
……とは言っても、荷物を開け、部屋を整えながらのダマシダマシの休憩だが。
【俺】
(まー、今日はもうこれ以上何もねーからな……)
n=0ではそうだった。
ミコトの案内で斜崎家に着いた俺は、その後一日家にいたのである。
なので今日に限ってはここから先、世界の再現を気にする必要もほとんどなく、せいぜいメシの時間で叔父さんたちの会話に少し気をつける程度だ――
【俺】
(ん?)
と、その時。
俺はふと〝何か〟にひっかかった。
【俺】
(あれ……なんだっけ)
(なんかひとつ、忘れてるような……)
賭けてもいいが、絶対にたいしたことではない。
たいしたことではないのだが……ソレだけに、思い出せない。
はて、なんだったろうか。
俺が止まりかかったシャックリのような気持ち悪さを覚えていた――その時、
【ハツホ】
「 よォー、コゾー! 」
「 帰ってきたんか! 」
いきなりドアを〝ばーん!〟と開けて、礼儀も遠慮のカケラもなくズケズケとブシツケに入ってくる輩。
【ハツホ】
「二年ぶりくらいじゃねーか、ええ⁉」
「ひっさしぶりだなー、おい!」
【俺】
「………。」
【ハツホ】
「ハハ、背もそれなりに伸びたみてーだな!」
「ちっとは男前になったじゃねーか!」
【俺】
「………。………………。」
【ハツホ】
「ま、とはいえタックンには十歩も百歩もおよばねーようなオコチャマぶりだがな!」
「アハハハハハハ!」
「あ、タックンっていうのはアタシが今つきあってる彼氏でぇ~」
「もぉ~、ラブラブ、ラブラブ、ラブラブラブ、みたいな?」
【俺】
「………。………………。………………………。」
【ハツホ】
「あーあー! 見んな見んな!」
「そんな飢えたケモノの目ぇしておねーさまを見てくれるな!」
「アタシはホラ、もーヒトヅマ? ってヤツだからさ!」
「タックンっていうダンナがいるんだからさぁ!」
「ナ~~~ハッハッハッハ!」
……俺は。
生まれてこのかた。
こんなあわれな生き物を、見たことがなかった。




