070
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8時28分
帯渡島本道、潮見ヶ丘付近
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【俺】
「もー無理。ちょっと休もうぜぇ……」
【ミコト】
「はぁ? オマエまさか、もうバテてんのか。ザコすぎでしょ」
【俺】
「うっせ。こちとら重い荷物ひきずってんだよ」
言いつつ、俺は頭の中でまったくベツのことを考えていた。
――俺は、未来を知っている。
――しかも、ソレを変えられれる。
船の中でこのことを確信した俺は、しかしながら同時にいくつかの問題点にも気づいていた。
【俺】
(どーなるかがわからねぇ……)
(未来を、変えたあとが……)
たとえばあのおじさん。
船で出会った、あの釣り人のおじさん。
前の世界では、接点はなかった。一切なかった。
だがこの世界では、俺が転倒を防いだのをきっかけに、少しの縁が生じている。
あの後、船を降りる準備をしている時に向こうから話しかけてきたのだ。それにより、俺はあのおじさんが八丈島へ釣りにきたことを知り、最後にはジュースとスナック菓子までおごってもらったのである。
これは前の世界ではありえなかった結末だし、この世界の俺にしてみても予想外の出来事だった。
このことから俺は、認識をこう改めねばならない。
俺は、未来を知っている。しかも、ソレを変えられれる。
ただし――変えたあとは、どうなるかわからない。
言うなればこの力は、諸刃の剣なのだ。
どれだけ俺が未来を正確に知っていようとも、そこから――前の世界から少しでも外れた行動を取った途端、その優位性は失われてしまう。
変えた未来はふたたび〝未定〟となるのだ。
【俺】
(問題はソレだけじゃねぇ……)
まだ試してないので予想にすぎないが……おそらく、なんでもは変えられない。
たびたび例に出して恐縮だが、先の釣り人のおじさん。
今回、俺が起こしたアクションにより、少しの縁が生じたあのおじさん。
たとえばもし、俺がこう持ち掛けていたら、どう反応しただろう?
【俺】
『そんなことよりどうです』
『これから一緒に帯渡島で降りませんか』
『釣りなんか行かずに』
まあ十中八九、頭のおかしいガキあつかいされオシマイだろう。
向こうだって、きっと貴重な休暇を使った上での趣味の時間のはずなのだ。
ソレをいきなり会ったばかりの子供に言われて「はい、そーですか」と曲げるはずがない。
言うなれば――意思の力だ。
人が強い意志をもって〝やろうとしていること〟は、そう簡単に変えられない。
どうしても変えたいのであれば、よほどの準備や対策が必要となるだろう。
言い換えれば〝より強い意志の力が求められる〟ということに他ならない。
【俺】
(だから……!)
(そのために、俺は……!)
――この力で何をしたいのか?
その質問に対する俺の答えは明確だった。
アイツらを助けたい。
前の世界、瑞古還シが終わってから次々に姿を消したシズク、レイコ、アツシ……そしてミコト。
この四人の連続失踪を防ぎたいのだ。
たとえ、どんな手段を使ってでも。
【俺】
(あの日だ……!)
(瑞古還シの、あの日……!)
間違いなく、アレがひとつの山場である。
追われてたのか――はたまた自分たちからそうしたのかはわからないが、とにかく結果的には還津山へと入ってしまったアツシたち三人。ソレを追いかけたミコト。
俺が不甲斐なく気絶していた間、そこで何かが起きたはずなのだ。
そのことがアイツらの失踪へとつながったにちがいない。
なので、これを防ぐもっとも単純な手立てとしては、
【俺】
(俺が見張るなりなんなりして、アイツらを山に入らせねーってぇのが一番だが……)
(でもソレは……ムリ、かもしんねーな……)
ここで先ほどの〝意志〟の話が絡んでくる。
アレが偶発的な出来事だったならまだ希望が持てる。
しかし、仮にそうでなかった場合、アイツら自身か、はたまた別の誰かの〝意志〟により、入山したことになる。
……コレは非常にきびしい。
俺がどれだけ努力しても止められない可能性がある。いやソレどころか、たとえ瑞古還シでは何も起こらずとも、その後日に事件がズレ込む、ということだってありうるのだ。そうなったら手も足も出せまい。
であれば、俺のすべきことは、
【俺】
(もし、どーしても止めらんねーなら……)
(俺も一緒に、いこう)
(ついていこう)
(でもって、つきとめよう)
(あの夜、あの場所で、何が起きたかを……)
(ソレが一番解決に近いはずだ……)
となる。
……正直に言えば、もっとも誠実にしてかつ楽なのは、アイツらに俺がループしてるとハッキリ告げ、未来を知っているとキッパリ告げ〝このままでは危ない〟というのを信じて貰うことだが……。
しかしソレは、まず無理だろう。
アイツらを説得できるだけの材料がない。
あまりにも、手札が貧弱なのだ。
これには、ここが小さな島というのも関係している。
……一応、現時点でもあるにはあるのだ。
本来なら――前の世界の俺では、まず知り得なかった情報が。
たとえば中学クラスの担任。
サヤカ先生。
あのヒトは俺がアメリカに行っている間に島に来た。
だからこの段階では、俺が知っているはずがないのである。
しかし、たとえば今ソレを、
【ミコト】
「オ、オマエ……!」
「この年になってまだ言うか、ソレ? ボクよりたかが四ヶ月早く生まれたってだけなのに……!」
こうして前の世界の会話をなぞるミコトに告げたところで――俺が未来を知っている証拠だと突きつけたところで、とうてい信じてはくれぬだろう。
少なくとも、俺がミコトならこう解釈するはずだ。
――ああ、きっとナタローは、船の中か、それとも自分を待っている間か。
その時にでも、誰かからサヤカ先生のことを聞いたんだろうな。
ソレで、自分をからかっているんだろうな。
と。
昔、父さんから聞いたことがある。
人間は、心のどこかでつねに〝普通〟を欲しているのだと。
強く、強く、欲しているのだと。
だからこそ、そこから外れるには並々ならぬ意志と努力が必要で、それらを呼び起こせない限り――〝普通〟は絶対に崩せない。
まさしく今、この状況がそうである。
前の世界で、俺が島に戻ってからすごした時間は一ヶ月にも満たない。
その間だけで手に入った情報では、ミコトの――いや、ミコトに限らず他の誰の〝普通〟も崩せやしないのだ。
せいぜい「カンがいいな」とか「ちょっと妙だな」と思われるかどうかで、大抵のヒトは「誰かに聞いたんだろう」「当てずっぽうで言ってんだろう」と聞き流すにちがいない。
もし前の世界で何か深刻な災害でも起こっていて、この世界で俺がそれを〝予言〟でもすれば、話は別だったかもしれないが……俺以外のすべての人にとって幸いなことに、そんな不幸は起こらなかった。よってこの案は使えない。
だから、俺は――
【俺】
(誰にも……誰にも、頼ることはできない……!)
(俺が、俺一人だけで、どーにかしなきゃならないんだ……!)
それ以外に結論を持てない。
そしてそのためには、己の持つ最大の武器を活かすべく、
【俺】
「じゃ、じゃあさっきの真賀土さんってのはもしかして――」
【ミコト】
「そうだよ。戦後、裸一貫でマガツチを立ち上げた創業者」
【俺】
「へぇ~!」
こうして、舞台女優だった母さんゆずりの演技力で、前の世界を再現しなければならない。
少しでもこの世界での〝ブレ〟を押さえるために。
その上で、肝心要の局面での〝変化〟を起こすために。
ソレこそが、アイツらを……そしてミコトを守るために必要なことだ。
そのためなら俺は――なんだって、やってやる。
【ミコト】
「さ、そろそろ行くぞ。もう十分休んだろ」
【俺】
「あ、おいちょっと待てよ」
たとえ、そう、
【ミコト】
「おかえり、ナタロー」
【俺】
「……ああ、ただいま」
嘘をついているような罪悪感に苛まれても、だ。




