045
【???】
「 ユイィィィイイイィイイイ! 」
なんだあの人……?
どうしたんだ?
ここからじゃ離れていてよくわからない。
神社の入口――鳥居の方だ。
知らないおばさんが、悲痛な声で叫んでる。
ユイ……?
あの人の子どもだろうか。
【???】
「 どこにいるのォォオォォッ⁉ 」
探して、る……?
その〝ユイちゃん〟とやらが迷子にでもなったのか……?
いや、だがソレにしてはあの様子はただごとではない。
まさしく鬼気迫る剣幕だった。
正直、こわいくらいである。
【???】
「 帰って来てェェエエェェェ! 」
どうする……べきだろう?
もし本当に子どもがいないとかなら、俺も手伝った方がいいんじゃないか……?
同じ子どもの方が見つけやすい、ってこともあるだろうし。
………。………………。………………………。
……うん、そうだな。そうしよう。
俺は決断し、縁側から腰を上げた。
だがそこで、
【ミコト】
「……待って、ナタロー」
ふとミコトに腕を掴まれる。
「……大丈夫、だから」
【俺】
「いや、んなこと言ったってお前――」
とてもじゃないがそうは思えない状況である。
しかしミコトは、
【ミコト】
「……大丈夫、だから」
同じ言葉を繰り返す。
それも――座ったまま。
こちらに顔を背けたまま。
「……オトナのヒトたちが、行ってくれるよ」
【俺】
「はぁ?」
俺は視線を鳥居の方へと戻す。
……なるほど。
たしかにミコトの言う通りだった。
すでに何人かのオトナたちが動きだし、見知らぬおばさんに近づいている。
【俺】
(ん……?)
だがその光景は――どこか異様なモノだった。
【俺】
(なん……なんだ、あの人たち……?)
俺は昔、父さんからこう教わったことがある。
『人間には元来、他者の真の感情や思いを読み取る力が備わっている』と。
絵で言うならばタッチや色使い、音楽ならばアクセントや音色、映画なら演技やカメラワークだろうか。表向きの主題ではなく、その裏に潜む願いや情熱――言い換えれば心とか魂といったモノは、それら技術の向こう側から共鳴して伝わってくるのだ、と。
無論、その共鳴が生じるか否かは人次第だ。
だからこそ、人の好みは千差万別だし、どんな名作でも万人から同じ評価を得ることはない。
そういう話である。
【俺】
(なに……してんだ……?)
俺は今、父さんのその話を思い出していた。
目の前の光景。
表向きには、取り乱したおばさんをオトナたちが介抱しているに過ぎない。
だが、その裏では――何か、何かひどく冷たいモノを感じた。
マニュアル通りの接客、ぞんざいなお役所仕事、音声案内の空虚な響き……うまくは言えないが、そんな冷たさである。
まるでアリやハチといった、システマティックな生物のようだった。
〝個〟の意思などそこにはなく、〝全〟の命令だけに従っている――そんな冷たさが、たしかにそこにはあった。
俺にはまるで、あの人たちがおばさんを介抱しているのではなく、包囲しているようにしか見えなかった。
しかもそれだけでなく、何人かの別のオトナは、不意に周囲をキョロキョロと見回しはじめ、
そして――
【俺】
(は……?)
その視線が、俺のところで止まった。
ピタリと止まった。
偶然とは思えない。
それぞれ別の場所にいた数人が、一様に皆、俺の方へと目をやったのだから。
無表情で。
ガラスのような、無表情で。
その中には、ついさっきまで和気あいあいと話してくれてた人もいる。
【俺】
(な、なんだよ……?)
(なんでこっち、見てるんだよ……⁉)
(なんにもしちゃいねーぞ、俺は――)
【ミコト】
「……ナタロー、」
「こっち」
「こっち来て」
その時、ミコトが突如立ち上がり、俺の手を引いて歩き出した。
【俺】
「お、おい」
「どこいくんだよ……⁉」
【ミコト】
「………………………。」
ミコトは答えない。
黙って俺の手を引き、拝殿の横から奥の方へ――まるで俺を鳥居から遠ざけるようにして、奥へ奥へと進んでいった。
【俺】
「お、おい、ここって……!」
拝殿の裏、本殿である。
本殿。神社の中で最も神聖な建物であり、往々にしてご神体とかを納めているのだとか。
先ほどまでいた拝殿横よりもさらに人気がなく、今この場にいるのは俺とミコトだけだった。
屋根の少し下には八本の直線が重なった模様のようなモノが刻まれており、地平線へと傾く夕陽が、その陰影をさらに深めていた。
【ミコト】
「……ゴメン、」
「ゴメンな、ナタロー」
その本殿で、ミコトは唐突にあやまりだした。
「ホントに、ゴメン……」
時折り、声を詰まらせながら。
【俺】
「………。」
俺には。
正直、ミコトが何に対してあやまっているかさえわからない。
あのおばさんのことなのか。
ユイという子のことなのか。
オトナたちのことなのか。
あるいはまったく別のことなのか――。
ただそれでも、コイツが何かに悩んでいて、ソレを俺に打ち明けるのが難しいのだろう、くらいは理解できた。
【俺】
「………。………………。」
内容がわからぬ以上、俺にはミコトをはげますことも、ましてやなぐさめることもできやしない。
だが。
だがそれでも――元気づけること、くらいはできるのかもしれなかった。
【俺】
「………。………………。………………………。」
そのためには多少の計算が必要で、思い上がりみたいな自惚れだって求められ、何よりも勇気が不可欠だったが……それでも今、コイツが泣きべそかいてるのを黙って見てるくらいなら、当たって砕けて、星々の彼方まで飛び散った方が、幾千倍もマシというモノだった。
だから俺は、
【俺】
「なあ、ミコト――」
【ミコト】
「なに……?」
【俺】
「明日、さ」
「一緒に行かねーか」
「瑞古還シのお祭り」
【ミコト】
「え――」
【俺】
「ああ、もちろん、その……なんだ」
「………。………………。………………………。」
「…………二人で」
「二人で、行こう」
「一緒に」




