044
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7月18日(日曜日)、17時25分
八尾姫神社、境内
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還津山は島の北側に位置する休止火山だ。
その中心は大昔の噴火でできたカルデラとかいう地形になっていて、湿地帯や小さな沼がいくつかある。かてて加えて山を覆う原生林が天然のダムとして機能しているらしく、帯渡島は昔から、伊豆諸島の中ではおとなりさんの御蔵島についで水資源が豊富だった。
今でも島中のあちこちから絶えず湧き水が出ているし、特に還津山の中腹からは、島を北から南に縦断し海まで続く八尾川が流れている。
八尾姫神社があるのは、その八尾川のほとりにして、還津山のふもと――厳密に言えば、そこから少し石段をのぼった先だった。
【俺】
「ぃよいっしょぉおーっ!」
「……こんなモンでどーっすかねー⁉」
【オトナたち】
「んー、もうちょい右、もうちょい右かなー?」
【俺】
「こーっすかー⁉」
【オトナたち】
「……うん、OK!」
「いやー、よく働いてくれたねー」
「あんがとさん」
「こっちはコレですんだから、ほれ、向こうでちょっと休んできな」
【俺】
「あ、いーですか?」
「はは、じゃあお言葉に甘えて……」
俺はいそいそと休憩所の方に向かった。
いやー、やっぱなれないことはつかれるわー。
雲一つない炎天下の中、昼過ぎから作業をはじめ、机と椅子の運搬や天幕の組み立てなどをしている内に、気づけばあっという間に日が暮れようとしていた。
【俺】
「お」
【ミコト】
「あ」
と、そこで。
ばったりと出くわす。
ミコト。手にはこーいう時につきものの、プラスチックのコップが二つ。
そう。
二つ、である。
【ミコト】
「お、おつかれ」
「コレ、飲むか?」
【俺】
「お、おう。ありがとな」
【ミコト】
「西日がキツイし……アッチ行って休まないか?」
「日陰だし」
【そうだな】
「そうだな」
……あー、もう!
どうして俺は! どうして俺は!
こんなにも! どーしようもないくらいにアレなんだぁーっ!!!
さっきから変にドギマギして、まともに返すこともできやしない!
たかだか飲みモン持ってきてくれたくらいで、なんでここまで取り乱してるんだよォーッ⁉
【俺(動揺)】
(い、いかん……!)
(よくわからんが、とにかくこのままだといかん……!)
「心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却……」
【ミコト】
「なにブツクサ言ってんだよ」
【俺】
「……いや、なんでもねー。気にしないでくれ」
【ミコト】
「?」
「まあ、いいけど……」
言ってミコトは拝殿の横、縁側のようなスペースに腰掛けた。
俺もその隣に少し距離を置いて座る。
【俺】
「おー、すずしいなぁ、ここ……」
【ミコト】
「だろ?」
「おまけにあんま人も来ないし……」
そんなことを言われるとますます妄想が爆発しそうになるがさすがに自重。
俺はグビッとミコトの持って来てくれた冷たいお茶をあおった。
このお茶もまた瑞古草を使ったモノである。
葉を陰干しし、軽く焙煎してから熱湯に数分くぐらせることで、なかなかにオツな味が出るのだ。
お茶にもうるさいカホ叔母さん曰く『ほうじ茶とどくだみ茶の中間みたいな味よね』とのことである。
【ミコト】
「ふー、おいし……」
よほど喉がかわいていたのだろう。ミコトもゴクゴクと景気よくいっていた。
ちなみに今日のコイツはデニムのハーフパンツに無地のTシャツ姿である。
そうしたカッコをしていると、俺の記憶のアルバムにいるミコト……ならぬマコトそのもので、思わず脳がバグりそうになるが、しかしながら、こんもりと盛り上がった胸とかをいざ目の当たりにしてしまうと、すぐさまソレも修正され――
【ミコト】
「 おい 」
と低い声。低ーい声である。
いつの間にかミコトさんがジットリと湿度の高い視線をコッチにぶつけられていた。
「あんまジロジロ見んなよな……」
【俺】
「な、ななな、なんのことだね⁉」
「お、おおお、俺はベツに何も見てなんか――」
【ミコト】
「……はぁ」
小さな溜息をつくミコト。
「言っとくけどな。そーいうの、すぐわかんだからな」
「今だけじゃない」
「体育とか………………水泳の時、だって」
【俺】
「うぐぅ⁉」
心当たりがありすぎる。
【ミコト】
「……バカ」
「ほんと、バカ」
【俺】
「ごめんなさい、見てました……」
そーまで言われてはどうしようもない。
「しかとこの目で、見届けておりました……」
白ハタあげての無条件降伏である。
【ミコト】
「……反省、してんだな?」
【俺】
「はい、それはもう」
「谷よりも深く、海よりも深く、でごぜーます……」
【ミコト】
「ふぅん……?」
何故だか試すような目のミコト。
「ならさ、こんくらい………………ガマンしろよな」
いきなり俺の腕やら肩やらをペタペタとさわりだす。
【俺】
「お、おいっ」
「なにしてんだお前――」
【ミコト】
「い、いいだろベツに!」
「オ、オマエだってさんざん人のこと見てたんだから!」
ソレとコレとはちがうのでは……?
てかコレはソレ以上なのでは……?
〝ウチはおさわり厳禁だよ!〟とかよく言うじゃん。
【ミコト】
「それに!」
「この間! オマエ!」
「ボクの胸をあんなにまさぐってきたじゃないか!」
「そ、そのお返しだよ!」
うぐ、ソレを言われると何も返せない……。
まあ、ヘンなとこをさわるワケでもなし。こんくらいならベツにいっか……。
【ミコト】
「……ふぅーん」
だんだん慣れてきたのか、ギュッギュッとマッサージのように俺の腕をもみしだくミコト。
「やっぱオマエ、かなり筋肉ついてんだな」
【俺】
「そうかぁ?」
「アツシに比べたらぜんぜんだろ」
アイツはホントすごい。
すごいとしか言いようがない。
腕なんて、ヘタしたら俺の倍近くあるんじゃないか?
聞けば漁船の上は激しく揺れるため、ただ立っているだけでも筋トレみたいな状態になるらしい。そこに加えて重い網を引きあげたりなんだりでさらに鍛えられ……正直、アイツのゴツイ背中は男の俺から見てもカッコイイ。
【ミコト】
「たしかにアツシはアツシですごいけど……」
「ナタローのは、なんていうかさ……引き締まってる」
「徹底的に脂肪がそぎ落とされてるって感じ」
「なのに、ガリじゃなくてちゃんと筋肉がついてて……」
ミコトがこっちへと視線を移した。
「オマエ、向こうでなんか部活でもやってたのか?」
【俺】
「いんや、まごうことなき帰宅部だぞ」
平日は家に帰ったら速攻ベビーシッターで、それ以外はゲームばかりやっていた。
ただし、
「……まあ、ちょっとな。となりに住んでたじーさんに、鍛えられたんだよ」
【ミコト】
「はぁ?」
「となり? じーさん?」
【俺】
「ウォルトっつー海兵隊あがりのモーレツなじーさんがいてさ――」
カストロはヘドが出るほど大っ嫌いだがキューバ産の葉巻は愛してる。
祖国に身も心も捧げているが空軍だけは目の敵にしている。
そんな矛盾に満ちあふれたじーさんだった。
多分、アイツくらいだろう。〝インデペンデンス・デイ〟を観て『空軍のフ●ッキン・プロパガンダ映画だ!』とブチキレるのは……(ちなみに〝トップガン〟はいいらしい。海軍だから)。
【俺】
「そのウォルトとさ、休みの日とかに色々やってたんだよ」
「なんか妙な火がついたみたいでさぁ、ほとんど新兵訓練みたいなノリだったぜ」
ちなみに俺がアッチで覚えたスラングの大半はあのじーさんが口にしたモノである。
【ミコト】
「ふぅん……そうだったんだ」
「まあ、たしかにすごいもんね」
「腹筋とかも、バキバキだったし」
【俺】
「……なんでんなこと知ってんだよ」
【ミコト】
「あ」
【俺】
「……さてはお前」
「見てたな?」
「じっくり見てたな? 水泳の時間に」
「やれ人のことどーこー言ってたくせに!」
【ミコト】
「ししし、仕方ないだろ!」
「目に入っちゃうんだから!」
「イヤでも目に入っちゃうんだから!」
【俺】
「ええい、だまれだまれぃ!」
「そんなら俺だってなぁ――」
【ミコト】
「え?」
【俺】
「あ」
……やばい。
やばい、やばい。
つい悪ノリしすぎた。
〝俺だって〟……なんだ? なんなんだ?
やり返すのか? さわり返すのか?
ミコトに。
今、この状況で?
………。
………。………………。
………。………………。………………………。
……いやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
ダメだろ。さすがにソレはダメだろ。アウトだろ。
コイツから俺にならともかく、俺からコイツにはダメだ。
絶対ダメだ。
そんなことしてしまったら……俺は爆発する。
間違いなく、爆発する。
お星さまになってしまう。
なんならいきおいあまって〝星の王子さま〟になってしまう。
大切なモノは目に見えないよ、うん。
【俺】
「いや、その……わりぃ、ミコト」
だから俺は、どうにか寸前でそう思いとどまったが、
しかしミコトは、
【ミコト】
「………。………………。………………………。」
なんだか熱がある目でこっちを見てくる。
しかも。
し、ししし、しかも!
「……なんだよ」
「なんにも、しないのかよ」
「………………いくじなし」
そそそ、そったらこといいだしやがったァ……!
フゥ~ッ!!!
【斉天†O★RA†大聖】
「か、かぁ~っ! ミ、ミコト! おめ!」
「おめ、なんちゅーことをォ――」
思俺はわずオラになりかけるが……しかし、
しかし、その時、
【???】
「 ユイィィィイイイィイイイ! 」
「 ユイはどこォォオオオオオ⁉ 」
「 どこにいるのォォオォォッ⁉ 」
「 ウヮァアアアァアアァアア! 」
突如として境内に響く悲痛な金切り声。
一瞬にして、斜陽に染まる八尾姫神社に冷たい何かが走った。
……なんだ。なにが起きたんだ?




