039
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19時32分
帯渡島本道、南地区方面
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五淵雫が令子のネチネチとした愚痴から解放された頃には、陽はすっかりと地平線の彼方にまで沈み込んでいた。
街灯の少ないこの島では、夜はあっという間に広がっていく。
【雫】
(早く出ていきたいな、こんな島……)
この暗い景色を目にする度、雫はそう思わずにはいられなかった。
侘しい明かりに人の気配……。
たまに出向く内地とは何もかもが別世界である。
大袈裟でなく、雫にとってこの島は、まるで居心地の悪さと閉塞感で満ちた監獄のようだった。
ましてや――――――この一年に関しては。
【雫】
「痛っ⁉」
何かに蹴躓いて転んでしまった。
「もー、サイアク……!」
しかもその拍子に鞄から小物が外れ、コロコロと坂を下り、ガードレールをくぐって斜面の林へと落ちてしまう。
よりにもよって内地で買ったお気に入りのヤツだった。
こんな下らない理由で手放したくない。
【雫】
「ちょっとちょっと――!」
雫はあわてて後を追い、身体のあちこちに樹木や草葉の青臭い匂いを沁みつかせながら、どうにかモノを見つけて手中に収めた。
――カサ、
【雫】
「やだ、もぉ……!」
顔や手に泥がついている。
こんなところに一秒だって長居はしたくなかった。
早く上へと戻ろう。
雫は小さな歩幅で一歩ずつ斜面をのぼった。
――カサ、カサ
【雫】
「え?」
何か今……聞こえなかったか?
足音。
自分以外の。
【雫】
「………………。」
雫はピタリと足を止めた。
だが……無音。静寂。
波の音や虫の声こそ聞こえるものの、妖しい物音など何一つない。
後ろへ振り返ってみても、月明かりさえ遮られた暗い林が広がるのみだ。
【雫】
(気のせい……かな)
雫は再び前を見た。
――カサ、
【雫】
「~~⁉」
雫は無我夢中で斜面を駆け上がる。
もう間違いない。
何か――いや、誰かがいる。
こんな人気のない、夜の林に。
――カサ、
――カサ、カサ、
――ガサガサガサガサガサガサッ!!
自分を追い掛け回す、得体の知れない何者かが!
【雫】
「誰⁉」
「誰なの⁉」
斜面をのぼりきり、ガードレールを飛び越えた雫は、数少ない街灯を背にとうとう振り返った。
「隠れてないで出てきなよ、ほら!」
しかし反応はない。
足音は林の中でピタリと止まっていた。
まるで彼方と此方、闇と光、決して越えられぬ境界線がそこにはあるかのように。
【雫】
「いい加減にしてよね……!」
雫の中で恐怖と怒りがせめぎあっていた。
マーブル色になった感情は冷静さから程遠く、雫に必要以上の無理をさせる。
だからそれは――――――ある意味で、必然だった。
【雫】
「え……⁉」
暗闇に染まった林の中で、ぼうっと、幽鬼のように浮かび上がったその顔を目にしてしまうのは。
その顔。
長く伸びた黒髪で覆われているが――確かに見覚えがあるその顔。
【雫】
「そんな……」
「ウソ、でしょ……⁉」
いや。
聞いていた。
雫も、聞いていた。
最近になって――見たという話を。
そんな噂を。
聞いてしまっていた。
【雫】
「ユ、ユイ……!」
あっという間に怒りは萎み、代わりにはち切れんばかりの恐怖が膨張する。
「あ、あ、あ……、」
唇が震えた。冷や汗が首筋を伝った。身体中に怖気が走った。
「ウワァアアアァァァアアアアァァアアッ!!!」
雫は半狂乱になってその場から逃げだす。
一度たりとて、振り返ることもできぬまま――。




