038
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17時41分
帯渡島本道、帯渡島郵便局付近
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帰り道、その途中。
西の空から射し込む橙色の夕陽が、俺の影とミコトの影を、ひび割れたアスファルトの上に長く長く伸ばしていた。
ミコトは。
放課後、俺の姿がないことを不審に思い、学校中を探し回ってくれたらしい。
そして先のあの場面――レイコの凶器にして狂気が俺に迫っているのを目の当たりにしたのだとか。
【ミコト】
『ナタローにもそういうことするんなら、ボクももう黙っちゃいないからな』
……どういう意味かはわからない。
だが、決め手となったのはたしかにミコトのその一言である。
レイコもシズクも、ソレで頭が冷えたのか、何も言わず立ち去った。
……まあ、レイコに関しちゃ最後の最後まで人を刺し殺せそうな目力でこちらを睨めつけたままだったが。
【俺】
(目……)
(目、か……)
その点ではミコトも一歩も引かなかった。
あの目。
皿のように見開かれた――目。
終始その調子で、レイコたちを威圧し続けていた。
【俺】
(やっぱありゃあ……見間違い、じゃなかったんだな)
ちょうど一週間前。
俺は下駄箱で、ミコトに、あの目で見られていた。
【俺】
(興奮っつーか……感情が高ぶってる時に、あーなんのか?)
わからない。確信などまったくない。
だがそうだと仮定すると、ソレはソレでわからないことが出てくる。
【俺】
(今日の件は……まあ、わかる)
(ケンカみてーなモンだからな。そりゃ興奮もするだろーよ)
(けど……)
あの下駄箱での出来事はなんだったんだ?
下駄箱。
というより……あの、誰のだかわからない六つめの上履き。
アレがそんなにも、ミコトを強く刺激するモノなのだろうか……?
【俺】
(それだけじゃねぇ……)
わからないことは他にもある。
ミコトは今日、こう言っていた。
【ミコト】
『ナタローにもそういうことするんなら――』
〝にも〟
その言葉が引っ掛かる。
そう口にする以上は……レイコとシズク、アイツら他にも今日みたいなことやってたってことか?
だとしたら、誰に……?
もし原因まで同じとするなら、レイコの嫉妬が引き金のはずだ。
しかし、中学クラスには俺とアツシを除くと女子三人のみ。
その内の二人はレイコとシズクの張本人なんだから、残るは……ミコト。
ミコトだけだ。
……もしかして、ミコトも似たようなことをされてたのだろうか?
アイツらから。
【俺】
(……ありうる)
(なにせゲームのキャラクタや男の俺にまで嫉妬してくるヤツだからな)
そう考えると、俺の中でもう一つ、結びつけられるパルズのピースがあった。
【サヤカ先生】
『特に中学クラスはね……ホントに、明るくなった』
他でもない。
サヤカ先生のあの言葉だ。
アレはつまり〝いじめ〟があった、ということだろうか……?
レイコとシズクの、二人が。
ミコトをいじめていた……?
【俺】
(おいおいおいおいおいおい)
(アイツら、んなことしてたってのかよ……⁉)
(こんな小さな島で――)
もちろん、いじめなんて都会でもイナカでも常に最悪のモノであることに違いはないが、それでもここのような小さく閉じたコミュニティでは、なお一層事情が悪かった。
最悪の中の最悪である。
なにせ人の数が少ないのだ。
だからその分、一人の悪意が相対的に重くなる。
さらには逃げ場なんてどこにもない。
そんな酷い世界がいとも容易く形成されてしまうのだ。
【俺】
「………。………………。………………………。」
さすがにそんな状況は見過ごせない。
ましてやミコトが対象にされてるなら、なおさらだ。
【俺】
「なあミコト、もしかしてお前……」
俺は意を決し、事情を訊いてみることにした。
――んが。
【ミコト】
「は?」
「ボクがいじめられてる……?」
「レイコとシズクから……?」
「んなワケないじゃん」
あっさりと切り捨てられた。
【俺】
「ほ、本当か……?」
「言ったら俺も巻き込まれるとか、そーいうこと気にして言えないとかじゃないよな……?」
【ミコト】
「いや、だから。ちがうって」
「ボクはあの二人から何もされちゃいないよ」
【俺】
「ほんとに、ほんとか?」
【ミコト】
「ああ、もう。しつっこいなぁ……」
言いつつミコトは何故か口元を少し緩めた。
「ホントに、ホントに大丈夫だって。ボクは」
【俺】
「そっか。じゃあ俺の思い過ごしか」
「ならいいんだけどよ……」
だが次の瞬間、ミコトの顔が一転し浮かないモノとなる。
【ミコト】
「むしろ……ボクだったら、よかったんだけどな」
「アイツらのターゲットが」
【俺】
「え? どういう意味だよ」
【ミコト】
「……ゴメン。今の忘れて」
【俺】
「いや忘れてってお前なぁ――」
【ミコト】
「おねがい……おねがい、だから」
【俺】
「!」
ミコトは。
目にいっぱいの涙をためていた。
夕陽を受けキラキラと光るその目からは、今にも一滴、大粒の涙が小麦色の頬を伝って落ちてきそうで――。
【俺】
「……わるかった」
そんな顔をされてしまったら、取れる選択など一つしかない。
「ムリ言って、わるかった」
「忘れる。てか聞かなかったことにする。今のやり取り」
【ミコト】
「……うん、ゴメンな」
【俺】
「いや、だから」
「わるかったのは俺だって」
「ホント、ごめん」
【ミコト】
「……ハハ」
ミコトはそこでようやく少し笑ってくれた。
「やっぱりやさしいな、ナタローは」
【俺】
「……だろ?」
「バファリンの半分は俺でできてるようなモンだからな」
最近テレビで覚えた日本ジョークである。
【ミコト】
「そうやってすぐにテレ隠しするとこも昔と変わらない」
【俺】
「む」
【ミコト】
「ボクのことでもそうだ」
「オマエくらいだよ。女だって打ち明けても、すぐに受けいれてくれたのは」
「……他のヤツは今でも色々と言ってくるのにさ」
「なんで女なのに〝ボク〟なんだよ、とか」
「女のくせに男のマネするなよ、とか」
……ソレに関しちゃセンシティヴな話題だから俺も気をつかっていた。
というより、一度コイツの立場になって考えてみた。
もし七年前、俺がいきなり父さんと母さんから、
『いやあ、ナタロー。今までダマしててゴメンゴメン』
『実はお前は女の子だったんだよ』
なんて言われたら、自分がどう反応するか。
まあ、控えめに言ってパニックだろう。
今まで当たり前だと、疑いもしなかったことが、根底から揺るがされる。
というより、否定される。
……もしかしたら、よっぽど小さい頃、たとえば幼稚園に入る前とかだったら、まだどうにか受け入れられるかもしれないが(というより記憶の上書きか)、七年前――八歳との時となれば、そりゃもうムリだ。絶対に、ムリだ。
幼稚園を卒業して、小学校に入って。それまでの間、何度男女の区別がある? その度に何度〝自分は男だ〟という前提で行動する?
身も蓋もない話をすれば、唐突に〝今日から女子トイレを使え〟と言われたようなモノなのだ。
すぐに順応しろ、というのは土台ムリな話である。
そこから七年たってもなお、完全に受け入れるのは難しいかもしれない。
だから俺は、ミコトが自分から話さない限りは、その話題に触れるつもりは一切なかった。
……いや、正直に言えば「家のしきたりだかなんだか知らねーけど、子どもにんなことしていいのかよ?」とか「てかソレって虐待なんじゃねーの?」とか思うところは尽きないが、それらはすべて腹の内にしまっている。
重要なのは、ミコトが自分を〝女〟だと言うならそう扱うし、だからと言って世間一般の〝女〟をムリヤリに押しつけるのもよくない。
ただソレだけだった。
【ミコト】
「実はさ、今でも時々……わからなくなるんだよ」
「自分がなんなのか」
「レイコやシズクみたいに女子として当たり前のことをするのには未だに抵抗があるし……かといって、ボクの身体はもう明らかに男じゃなくなってる」
「だから……混乱しちゃうんだ」
【俺】
「……ムリもねーよ」
「俺だって同じ立場ならそう思うわ」
【ミコト】
「………。………………。………………………。」
「……でもさ、ソレでもな」
「七年前、いきなり女だって知らされて、その時に一つだけ……一つだけ、納得したことがあるんだ」
「なんだと思う」
【俺】
「え?」
「いや、んなこと言われてもなぁ……」
【ミコト】
「じゃあヒント」
「その納得はつい最近、確信へと変わりました」
【俺】
「……ますますわかんねーよ」
「なんなんだ?」
【ミコト】
「答え――」
夕陽の中、ミコトはまっすぐに俺を見詰めた。
「自分の気持ち」




