032
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20時21分
斜崎家、リビング
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夕食後、部屋に戻って薬を飲んでから風呂に入り、そこからはリビングでテレビを見ていた。
ちなみに叔父さんと叔母さんは村会の〝急な呼び出し〟とやらで出ている。
【俺】
(休日に呼び出されるなんてことあるんだな……)
よくわからないがオトナはオトナで大変らしい。
俺はテレビのチャンネルをポチポチ変えながら他人事のようにそう思った。
【ハツホ】
「ふぁぁああああああ……よく寝た」
そこへハツホがやってくる。
パンツ一枚、タンクトップ一枚の軽装備だ。
コイツでなければ目のやりどころに困る姿だが、残念なことにコイツなので困りようがない。
【俺】
「今ごろ起きたのかよ……」
【ハツホ】
「……アレ? アツシは?」
「なんか声してた気ぃしたけど」
【俺】
「とっくに帰ったわ。いつの話してんだよ」
【ハツホ】
「そっか……」
ソファの横にドカッと座り込むハツホ。
その手には案の定、発泡酒とケータイである。
【俺】
「ちゃんとメシ食えよ……」
「カホ叔母さんがラップして冷蔵庫に入れててくれたぞ」
【ハツホ】
「んー、あとでなー……」
まだ寝ぼけてるのかどうにも反応がにぶい。
まるでゾンビのようだった。
プリン頭のアル中ゾンビ。
中々に新しい機軸である。
【ハツホ】
「……ヘンなこと考えてんだろ」
【俺】
「たいしたことじゃねーよ」
【ハツホ】
「おねーさまに言ってみろ」
【俺】
「おねーさまはゾンビみてーだなって思いました」
【ハツホ】
「ブチ殺すぞ」
ケータイをポチポチ打ちながら吐き捨てるハツホ。
どうやら〝センター問い合わせ〟の結果にイラだってるらしい。
多分、タックンからのメールがなかったのだろう。
【ハツホ】
「ああ、クソ」
いきおいのまま発泡酒をあおる。
「だいたいゾンビはてめーじゃねえか」
「なんだよそのパンダみてーなクマは。ああん?」
【俺】
「その言葉、そっくりそのままお返ししてやんよ……」
イヤなことに、俺とハツホはクマが濃いという特徴まで瓜二つだった。
俺はゲームで、ハツホはテレビとケータイで夜更かしばかりしてるせいである。
とはいえ俺は、さすがに休日の夜まで寝過ごすようなグータラではなかったが……。
【ハツホ】
「……あん?」
ふとハツホがテレビに視線を移す。
「チッ、この曲かよ」
俺が適当に選んだチャンネルだ。
昭和の名曲的なモノを当時の映像つきで流している。
今は……〝木綿のハンカチーフ〟とかいうヤツだった。
まったく知らない歌である。
【ハツホ】
「……おい、チャンネル変えろ」
【俺】
「は? なんでだよ」
【ハツホ】
「……なんでもだよ」
【俺】
「いや、せめて理由を説明しろよ」
【ハツホ】
「いいからっ」
何故だか眉間にシワを刻むハツホ。
俺は当初、その理由がまるでわからなかったが、曲が二番、三番と進むにつれ、少しずつ事情を理解する。
【俺】
「うわ、コレ……」
「すっげえな……」
さすがに〝昭和の名曲〟と銘打たれるだけあっていい曲だった。明るくも少し切ない感じのメロディと透明感のある歌声は不思議と耳に残る。
だがその分、歌詞のインパクトも絶大で、ちょっとこれまでに経験したことがないソレだった。
要はこういう歌である。
都会に行ってしまった男と、田舎で待つ恋人。
だが男は都会で次第に変わってしまい、女は最後のわがままとして別れの贈りもの=木綿のハンカチーフをねだる、といった内容だった。
………。
………。………………。
………。………………。………………………。
後半はともかくとして、前半はどこかの約一名と極めて酷似した状況である。
【俺】
「あ、あのー……ハツホさん?」
「ハツホおねーさまー?」
「おーい……」
【ハツホ】
「がるるるるるる……!」
すごい顔だった。
すごい顔。
今この瞬間だけは、俺とだって似ても似つかぬまったくの別人である。
一言でいえばハンニャだハンニャ。
目をカッと開いて血走らせ、剥きだしにした歯をキリキリと噛み締めてる。
角がはえてこないのが不思議なくらいだった。
【俺】
「もしかしてお前、あんまうまくいってねーのか? タックンと――」
【ハツホ】
「 ああん⁉ 」
「 てめー今、なんつった! 」
ひえっ。
キレた。どこかの約一名が、ブチキレた。
どうやら現在絶賛遠距離恋愛中の身としては、色々と思うところがある曲らしい。
【ハツホ】
「だいたいアタシはなぁ!」
「その歌みてーなイナカにしがみつくバカ女とはちがう!」
【俺】
「そ、そうだよな。ウンウン、そうそう」
あまりの圧にビビった俺はとりあえず肯定するマシーンと化す。
【ハツホ】
「こうやってちゃんと流行だって追っかけてんだ!」
言って自分のプリン頭を指さすハツホ。
そっか……。ソレ、そーいうの気にして染めてたんだな……。
言っちゃ悪いが、たかだか髪色ひとつでどーこーって方がよっぽどイナカくせーと思うぞ……。
【ハツホ】
「それに、だ!」
「なにせ今度の休みん時には、一週間泊りがけでアッチに行くんだかんな!」
【俺】
「へ? そーなの?」
初耳である。
「アッチって東京? タックンとこか」
【ハツホ】
「ったりめーよ」
【俺】
「へぇ……いつから行くんだ」
【ハツホ】
「八月からだ。そん頃にゃータックンも夏休みだかんな」
「んでもって……」
「むっふっふっふっふ……!」
言ってる内に妙な自信がわいてきたのか、ハツホはハンニャ顔から元に戻り、何やらニヤニヤと笑いだす。
その様子が気持ち悪かったので、俺はそろそろ退散しようと腰を浮かせたが、
【ハツホ】
「まあ、待て」
ガシッと腕を掴まれる。
「アタシの話を聞いてけコゾー」
「なーに、お前もいつかは通る道だ。きっと何かの参考になる」
【俺】
「いや、ベツにいーんだけど。そーいうの」
【ハツホ】
「ちょっと待ってろ」
言って自分の部屋へと引き返すハツホ。
俺はこの隙に逃げだそうかとも思ったが、残念なことにヤツはすぐに戻ってきた。
その手には。
何やら異様に薄くて小さい布っきれ。
【ハツホ】
「これがアタシの勝負パンツだ」
【俺】
「なに考えてんだよお前……頭わいてんのか」
【ハツホ】
「ふ、ドーテーのおこちゃまには刺激が強すぎたかな」
【俺】
「マイナス方向にな……」
従姉に勝負パンツを見せられる……。
もしかしたら、字だけを追うと結構エロいシチュエーションなのかもしれないが、俺の頭に浮かんでくるのは自分がソレをつけて「うっふ~ん」とかやってる絶望的に気持ち悪い映像ばかりだ。
正直、吐きそう……。
【ハツホ】
「おねーさまはこれで初勝負をキメてきます」
【俺】
「超どうでもいーよ……カンベンしてくれ……」
今や頭の中の映像は「や、やさしくしてねタックン……(俺)」に切り替わってる。
てゆーか、コイツが処女だとか脱処女するとかの話自体、これっぽっちだって聞きたくなかった……。
【ハツホ】
「信じられっか、たかだかコレ一枚でユキチさんが助走をつけてトんでくんだぞ?」
「アタシが普段はいてんのなんて、三枚でソーセキいくかいかねーかくらいなのに」
【俺】
「おい、見せんな。コッチに見せつけんなソレ」
【ハツホ】
「世のなか狂ってんよなー」
【俺】
「狂ってんのはお前だよ……」
俺がコイツを女として見てないように、コイツも俺を男としてまったく見てない。
だから純粋に異性としては無関心で、むしろ同性の友だち感覚でこーいう話を振ってくるのだろう。
巻き込まれる身としてはたまったモンじゃなかった……。
【ハツホ】
「……あれ? そーいやおかーさんたちは?」
「いねーの? どっか行ったんか」
【俺】
「ああ、なんか村会で呼び出しがあったらしい」
【ハツホ】
「………。………………。………………………。」
「……ふーん、呼び出しねぇ」
ハツホは繊細い声で続ける。
「……この時期に、か」
【俺】
「ん? なんか言ったか」
【ハツホ】
「うんにゃ、なんでもねー」
「んなことより、おねーさまのオトナ講座はこっから有料だ」
「続きを聞きたきゃ、アタシのメシをあっためて持ってこい」
【俺】
「よろこんで辞退させてもらうわ……」
俺はハツホをリビングに残し、自分の部屋へと引き返した。




