027
プール・ザ・デスマッチには最後の固有ルールが存在する。
状況の膠着を防ぐため、終盤、一対一の直接対決になった場合のみ、タッチルールを廃止するというモノだ。
この時だけは相手に触れることはおろか、進路妨害すら禁じられ、やれば即座に反則負けとなる。
なので、この最終局面だけは――泳力勝負。
純粋な、泳ぐ速さだけが勝利のカギとなるのだ。
であれば当然、
【俺】
(クソ……! やっぱコイツ、速えな……!)
ミコトに利がある。
【俺】
(ぜんぜん追いつけねぇ……!)
聞けばミコトは先月行われた水泳部(といっても部員は一人だけだったらしいが)の引退試合でも、かなりいい線いったらしい。もう少しで、本選に出場できそうなくらいだったとか。
【俺】
(やべえぞ、こりゃ……!)
実際、彼我の差は露骨に点数に現れていた。
レイコとシズクが脱落してから俺もさらに一点追加し、四点にまで伸ばしちゃいたが……ミコトはすでに八点。八点である。ダブルスコアの差をつけられていた。
【俺】
(……にしてもアイツ、)
俺はゴーグル越しにチラッとミコトの方を見やる。
(なんであんな……ブチキレてんだ?)
【ミコト】
「 ~~~っ! 」
ミコトはキャップとゴーグルをつけていてもなおハッキリわかるほど、憤怒の表情を浮かべていた。
そんな顔してすさまじい速さでクロールしてるので、ハタから見る分にはほとんど阿修羅状態である。
……もしかして。
もしかして、だが、
【小学生たち(おもに女子)】
「ジゴクに落ちろー! ロリコンヤロー!」
「くたばれー! ヘンタイー!」
「オンナの敵ー!」
さっきから延々と続く、この根も葉もないブーイングを真にうけているのだろうか……?
だとしたら先のシズク戦、俺は思ってた以上に深ーい業を背負ってしまったのかもしれない……。
【サヤカ先生】
「はーい、残り三〇秒ねー」
【俺】
(げぇ⁉ マジかよ!)
残り三〇秒。
やばい。実質これがラストチャンスである。
現在の俺たちの位置関係は、まるで二等辺三角形だ。
プールサイドの中央に立つサヤカ先生を頂点に、俺とミコトが、それぞれ異なるプールの端へと辿り着こうとしている。
ここからでは、ボールを拾って戻るだけでギリギリだ。
【ミコト】
「っ!」
やはりアイツもそう判断したらしい。ダメ押しとばかりにボールを一つだけ回収すると、速やかに先生の方へと泳いで戻る。
ミコトがアレを自分のカゴへと入れれば……計九点。
俺とは五点差となる。
つまり、この差をひっくり返すには最低でも六個のボールが必要ということだ。
幸いこの付近はカゴから離れているだけあって、未回収のボールがたくさん落ちている。なので入手自体は難しくない。
だが。
そこで再びこの勝負のゲーム性がキバを剥く。
【俺】
(六個も抱えて泳ぐ……⁉)
(んなことして間に合うはずがねーよ!)
両手がボールで塞がれたら、バタ足くらいしかしようがない。
そうなると残り三〇秒弱ではまず間に合わないし、そもそも途中でボールを落とす可能性すらあった。
あのミコトでさえ最後にボールを一つしか回収しなかった理由はソレに違いない。事実、今のミコトは片腕だけのクロール崩れで泳いでいた。
【俺】
(考えろ……!)
(考えるんだ、俺……!)
俺はボールを拾いつつ、頭を必死に働かせる。
【俺】
(この六個を持ってかなきゃ勝ちはねぇ……!)
(けど、この六個をまともに持ってっちゃ、やっぱりそれでも勝ちはねぇ……!)
となると求められるのは――まともじゃない思考。
常識にツバを吐いて蹴りを入れ、非常識と手を取りノリノリで踊りだすような――そんな発想。
【俺】
(ハッ⁉)
その時、俺は唐突に答えを見つけた。
【小学生たち】
「え……⁉ なんだアイツ、ナニしてんだ⁉」
全力のクロールで泳ぐ俺を見てどよめくギャラリー。
全力のクロール。
当然、そのためには水をかく二本の腕が不可欠である。
【小学生たち】
「ま、まさかアイツ――!」
事実、俺はそうしていた。
今、俺の手にボールは一つもない。
だが、それでも俺は、六個のボールをしかと有していた。
――水着の中にムリヤリねじこむことでっ!
【小学生たち(おもに女子)】
「ヤダァァアアアアア⁉」
「キッタナァァァアイ!」
「フケツゥゥゥウウウ!」
【小学生たち(おもに男子)】
「サイテーだ! アイツ、サイテーだ!」
「近年マレに見るクソヤローだ!」
「恥を知れ! 恥を!」
四方八方から巻き上がる非難轟々の嵐!
もちろんその中にはレイコとシズクは言うにおよばず、アツシすら含まれてるっ!
【俺】
(ヒュ~ッ! やっちったァアァアアアーッ!)
だが頭の中がドーパミンでドパドパの俺はそんな抗議もなんのその!
ボールでモコモコになった海パン姿で魚雷のように水中を泳ぎ続ける!
【俺】
(俺はなァ……!)
(ゲームの仕様と! 開発者の意図を完全に理解した上で!)
(その上で! その裏をかくのが大好きなんだよォォォォォーッ!)
実際、この作戦は効果テキメンだった。
なんの枷もなく突き進む俺の腕は、いつしかミコトに追いつき――いやそれどころか追い抜き、先にサヤカ先生の下へと辿り着く!
【俺】
「 ダァーッシャァアアアッ!! 」
勝利を確信した俺はプールの床を蹴り、いきおいよくプールサイドへと躍りでたッ!!!!
………。
………。………………。
………。………………。………………………。
突然だが、ここいらでちょっと流体力学にまつわる話をしたいと思う。
昔、父さんから聞いた話だ。父さんはハリウッドのB級映画スタジオを中心に脚本家として活動してたので、世界観づくりなどの関係上、その手の知識が豊富だった。
そもそも、である。
どうして水泳選手というのは、あんなに身体にピッタリな水着をつけてるのか?
その答えは単純。流体力学のせいである。
普段、俺たちが靴底で地面との摩擦を感じるように、水=流体と人体との間でも、泳いでる限りは常に抵抗が生じている。
この抵抗がそのまま減速となるので、水泳選手たちは少しでもそれを抑えるべく、ああしたピチピチの水着を使ってるのだ。
……ではここで問題。
前述の通り、俺の水着は六個のダイブボールをムリヤリにねじこんだので、モコモコだった。モッコモコの、ビッチビチだった。ハタから見る分には、カボチャパンツをマッシヴに進化させたようなフォルムである。
この形状。流体力学的な抵抗が大きいか否か?
言うまでもなくデカイ。クソデカイ。
まあコンマ一秒を争うワケではないので、泳ぐのにさほど支障はなかったが……それでもその抵抗は、確かにそこに存在していた。
では次の問題。
このクソデカ抵抗を前提とした上で、プールの床を蹴り、いきおいよくプールサイドへと躍りでたとしたら……その時、いったい何が起こり得るのか?
【ミコト】
「ウ、」
結論から言おう。
ズルリと脱げた。
それはもう、腰から足首の先まで、キレイにスッポリ脱げ落ちた。
まるで水と空気の界面に見えざる手でもあったんじゃないか、ってくらいにズル脱げだった。
【ミコト】
「ウ、ウ、」
となれば当然。
俺の小さなお友だちが、サンサンと降り注ぐ日の下で、なんの気がねもなしに "Hello, world!" してしまう。
それも。
よりにもよって、
【ミコト】
「 ウワァァァアアァッァァアアアッ⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉ 」
まさしく今、タッチの差でプールサイドへと辿り着いたコイツの目と鼻の先で、だ。
………。
………。………………。
………。………………。………………………。
俺は死んだ。
殺された。




