022
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10時52分
帯渡島小中学校、プール
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【俺】
(うぉおぉおおおおおおおおおおっ!)
(うぉおおおおぉおおおぉおおおおおおっ!)
俺は腹の底からの心の絶叫を押さえ込むのに必死だった。
〝腹の底からの心の絶叫〟ってなんだよ。俺の心は下腹部にあるのだろうか。なんともイヤな心である
だがそんな疑惑や追及もなんのその、俺はただひたすらに、カッチカチのポーカーフェイスを保ったまま、目の前の光景を脳裏に焼きつけていた。
プールである。
水泳の、授業である。
【俺】
(うぉおぉおおおおおおおおおおっ!)
(水着だぁぁぁぁああああああああっ!)
(スクール水着だぁぁぁあああああああああああっ!)
(サイッコォォオォオオオオォオ!)
(日本の義務教育、サイッコォォォォォォオォオオオオォオ!)
とりあえず言い訳からさせて欲しい。
なかったのである。向こうには、なかったのである。
水泳の授業も、そもそもプールすらも。
……いや厳密な話をすれば七年の内、一シーズンだけ授業はあった。ローズボウル・アクアティクス・センターのプールで、PUSD(パサデナ統一学区)の小学三年生全員を対象とした授業が。
ただその授業は水難安全を目的としたもので、座学とかからはじまるモノだったし、それに何より……小学三年生。小学三年生の時の話である。
今、目の前に広がるこのすンばらしい絶景の〝ぜ〟の字も理解できぬオコチャマ時代の話だ。
ノーカンもいいとこである。
【俺】
(うっう……ありがてぇ。文部省、ありがてぇ。文部大臣、ありがてぇ……)
そんなこんなで、そこから順調に年を重ね色気づいた俺にとって〝学校での水泳の授業〟というのは、もはやある種の憧憬……いやさ、信仰の対象ですらあった。
日本のゲームや映画で目にするたび「チクショウ、チクショウ……!」「戻りてーよ、日本に戻りてーよぅ……!」と血の涙を流さんばかりだったのである。
だがそんな夢にまで見た光景が――とうとう今、目の前に!
【シズク】
「……うわ。ナニこいつ……ヤバイ目してる……キモ」
と、そこへ。横から冷たい声を浴びせられた。
シズクである。同じ中学クラスの、シズク。
【俺】
「あん?」
【シズク】
「ちょっと、こっち見ないでよ。てかはなれて? ニンシンしちゃう」
……相変わらずクソ生意気なガキである。
俺は頬をヒクヒクさせながら言い返した。
【俺】
「……どーしてお前がこんなとこにいんだ? アッチだろ、お前のいる場所は。え?」
この授業は中学クラスと小学校高学年クラスとの合同である。
俺がアゴで示したのは、その小学生グループの方だった。
このイヤミはシズクのコンプレックスに真っ向からブチ刺さったらしく、シズクは薄い肩をプルプルと震わせて、
【シズク】
「あんたほんとムカツク……! そーいうとこ、ちっとも変わってないじゃん! 少しはオトナになんなよ!」
【俺】
「お前もな。牛乳飲め、牛乳。発育にいいらしいぞ」
【シズク】
「~~っ! ……レーコさぁ~ん!」
げ。やばい。おちょくり過ぎた。
コイツは腹を立てるとすぐにレイコに言いつけるのだ。
んで、ポケモンよろしく戦わせる。
これも昔からのお決まりパターンだった。
【レイコ】
「………………………。」
目だけで〝近寄るな俗物〟的な重圧をヒシヒシと放ってくるレイコ。
うわ、てかコイツ……めちゃくちゃスタイルいいな。
身長も女子にしては高めだし、シズクと並ぶと姉妹どころかヘタしたら親子である。
俺は思わずその均整の取れた肢体をじっくり見てしまいそうになるが、直前で「いやいやダメだろ。アツシのカノジョなんだから」と理性が働き、どうにか視線を持ち上げる。
しかし、レイコにはすべてお見通しだったらしく、
【レイコ】
「……アンタみたいのがいるから、水泳の授業キライになる子が出てくるのよ」
心底軽蔑された声でそう言われた。
……ぐうの音も出ない正論である。さすがに少し反省した。
【サヤカ先生】
「ちょっとアンタたち、聞いてんのー?」
と、サヤカ先生の注意。
【俺】
「すみませんでしたー! 気をつけまーす!」
【サヤカ先生】
「すなおでよろしい」
「んじゃ、まずは準備運動からねー。はーい、広がってー」
こうして俺にとって実に数年ぶりとなる水泳の授業がはじまった。




