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桜花さんの拳脚商売奮闘記  作者: 岸本ひろあき
天使の殺人鬼捕り物編
11/14

第三話

 



 クラブ・マイドレドは完全会員制で、紹介状がなければ一見さんはお断り、事件が起こる前までは連日、全席予約で埋まる人気店であった。


 だが現在は騒動の真っ最中である。キャストの予定が立てられる事前予約のみで営業していた……と言っても事前予約が三日に一組か二組程度と、このまま営業を続けても嵩むのは赤字ばかり、いっそ店を閉めた方が賢明という状態なのだが……それでも店を開いているのはアデリナの意地であった。


 店自慢の大型蓄音機から流れ出る音楽が店内を満たす中。


 今日は一週間に一度は定期的に訪れてくれる大切な常連が来店する日であった。


 古参組織ガルパニータ大幹部ラウド・ツァーニ(27)。

 ずば抜けた智謀を誇り、二十になる頃には大幹部まで成り上がった空恐ろしい才覚を持つ優男。それが訪れる客の素性であった。


 一人で来店したラウドを、アデリナは妖艶な笑みで出迎えた。


「いらっしゃいませラウド様」

「よぉアデリナ、今日も美しいな。息災か?」

「ご覧の通り元気にしておりますわ」

「そいつは良かった。あんたはオジキの一等お気に入りで俺にとっちゃあ憧れの人だ。心労で倒れたとあってはオジキも俺も大層悲しむ」

「ふふ、心遣い感謝致します」

「それと近頃は部下の一人も引き連れず来ちまってすまねぇな。俺もここに来るなら派手に金を落としたいがこんな状況だ」

「いえ、滅相も御座いません。お供がいらっしゃらなくてもラウド様が来て頂くだけで望外の喜びです」


 にこやかに会話をしながらボトルやつまみが置かれたボックス席に通すと、そこでラウドは片眉を器用に上げた。


「ほお? 新しい嬢か?」

「ええ、今日から働くことになった新人ですわ」


 そこには桜花が座っていた。

 桜花はすっと席を立ち、頭を垂れた。


「今日から働くことになりましたサクラと申します。どうぞよしなに」


 ラウドは桜花を舐るように観察した。


――ほう。これがあの・・……


 そう胸中で呟きなら、席にどかりと座る。

 右隣にアデリナ、左隣に桜花を侍らせる。

 そして注がれた水割りを一杯あおり、


「……なるほどな。これは別嬪だ。さすがクラブ・マイドレド、店が大赤字でも上玉の嬢を入れる余裕がある――」


 そこで一旦言葉を止めると、ラウドはアデリナをじろりと睨み、


「とでも、納得すると思ったか? 気に入らねえ。まったくもって気に入らねえな、アデリナよ」


 と剣呑な気配に変えた。


 アデリナは顔には出さないが、額にじっとりと汗をかくのを感じた。

 さて、智謀で知られるこの男がどこまで思惑を察しているのか――


「――怖いですよ、ラウド様。何かお気に召すことでも?」


 ラウドは「フン」と鼻で笑う。


「余所者が現場を荒らす、そいつはどの業界でもご法度だ。当たり前だよなぁ? ましてや裏でこそこそと暗躍するとなると質の悪ぃ話だぜ」


 その目は如実に語っていた。

『俺は全部知っているんだぞ』と。


 ある程度は警戒されると思っていたが、まさかここまで強い言葉で釘を刺されるとは予想していなかったアデリナは困り顔になりながら口を開く。


「そんな暗躍など……」


 ラウドはその言葉を遮る。


この女・・・後ろにいる金髪・・・・・・・も、大層な腕前だろうが。俺んとこの者はやられてねぇが、どこぞの組は手も足も出なかったうえに親まで出させてワビ入れさせたんだろう? そんな連中が俺の横と後ろにいる。こいつは笑えねえよなぁ?」

「…………」

「沈黙は承認と受け取るぜ?」


 アデリナは言い当てられたから沈黙した訳ではない。言いつくろう言葉が出ないほどにドン引きしていたのだ。


――え、この子たちやたらと強かったけど、組織を叩きのめせるくらいだったの……と。


 桜花は微塵も表情は変えなかったが、警戒心を一つ上げる。

 桜花もナッシュも武を振るうことは多々あるが、さすがに古参組織を相手取ったのは、今から五か月ほど前の、ナタリアが誘拐された時が初めてだ。


 これは自称などではなく他人から見たとしても、と断言できるのだが……桜花もナッシュも、同年代では抜きん出て強い。



 それがゆえに、いずれ自分たちの情報が悪党どもに出回るのは必然ではあるが……



 暴力をり所にする組織が暴力で完膚なきまで負けました、などあってはならない大失態である。そのような大恥を世間に、ましてや他組織に真っ先に知られるなど、決して許されない。

 なので当然、古参組織のメンツにかけて、ガラードは厳重なかん口令と情報規制を行った筈……なのだが。

 この隣にいる男は、僅か五か月程度という短い間に知り得たのだ。


 智謀をもって20代という若さで大幹部まで上り詰めた才覚に偽りない、ということか。


 この男がアニーに敵意を向けた時、非常に危険である。

 そんな男に警戒される――とても心中穏やかざる状況だ。


 なのだが。


 そうはいっても今の桜花に出来ることはない。

 自分の役割はアニーの護衛である。

 護衛は守備側なのだ。攻撃側の連中――組織か殺人鬼か、どちらかが何かしら動きを見せないと動きようもない。


 であるならば。

 今できることは、我らが雇い主にうまく立ち回ってもらう他なし、である。


 その桜花の無言の気配を受け取ったのか、アデリナは小さく頷いた。



 ラウドがここまで警戒するとは思いもよらなかったが。

 ならば下手な隠し事は悪手。

 こちらから賽を振る時であると腹をくくった。



「ふふ」

「……あ? 何が可笑しい――」


「さすがは神算鬼謀と名高いラウド様。色々とお見通しですね。ですが……その暗躍をせざるを得なくなった責任はどこにあるのでしょうか?」

「―――――」


 ぴきり、と空気が震えた。

 ラウドが要肝にて魔力錬磨をしたからだ。

 暴力組織でのし上がるには、頭が切れるだけでは片手落ち。魔法の腕前も当然求められる。


 大幹部たるラウドの魔法の実力は本物で――最高位魔術師であった。


 その彼が、半ば本気で魔力錬磨する。

 必然、空気が震え唯人なら卒倒するような雰囲気となる。


 ラウドは人が殺せそうな顔つきで口を開く。


「……俺らはクソの役にも立たねえ。そう言いたいのか?」


 アデリナは微笑みながら首を横に振る。


「いいえ。滅相もない。ラウド様も皆様も、メンツにかけて奔走しているのは承知していますとも」

「だったら口の利き方には気を付けろ。俺の気ぃ一つで、一等、面白くない状況になるのはそっちだ。それが分からねえアデリナじゃねえだろうが」

「そうですわね。この危うい状況。アニーの身の安全が保たれているのも、ラウド様とヴァニア大頭領のお慈悲なのは間違いないです」


「だったらいらんことを画策するんじゃねえ。さっきも言ったが、余所者に現場を荒らされるのが一等、質が悪ぃんだ。四つの組織が血眼になって動き回って見つからないような野郎だぞ。例え手練れだろうが二人増えたところで――」



「呪い」



「――……何だと?」


「今回の件、呪いだそうです。それも世のほとんどの魔法使いでは気付くことはないであろう、特殊で特別で物騒な、邪悪な術だそうで。ラウド様。これを見抜けた人はいらして?」



 ラウドは腹にためていた魔力を霧散させた。

 そして一つ、大きく息を吸い、吐き出し、天を仰いだ。




 ラウドは智謀でもって伸し上がってきた男だ。謀を成すとき何よりも重要なのが情報である。若くして大幹部まで上り詰めるだけの強力な情報力を持つラウドにはお見通しだった。


 アデリナの願いも、その片棒を担ぐ二人組の存在も。


 アデリナの願いは唯一つ。

 店で働く従業員――身内の生命と財産の保護だ。

 だからアニーの生命と財産を守るために強力な護衛を雇い入れた。



 ここまでならラウドも別段目くじらを立てるような話ではない。



 実に業腹だが、事の発端である殺人鬼の影すら未だ補足できていないのは事実で、ラウドが目を光らせていると言っても、いつ何時、痺れを切らした組織にアニーが攫われるか予断を許さない状況だった。当てにならない組織に見切りをつけ、強力な護衛を雇うのは、至極真っ当な判断と言えた。


 だがそれが大都市ガロナの四天王の関係者となれば話は変わる。



 殲滅の魔女マウラ。

 必滅の暗殺者ガーヴァン。

 始終の聖人ナルヴィア。

 逆鱗の凶撃ニッグ。



 すべての古参組織から畏怖される本物の強者。

 50年前に暗黒街すべてを相手取って暴れ回り、組織に鉄の掟を残す切っ掛けとなった化け物どもだ。


 魔女マウラは第一級危険人物、その身辺調査はバレない程度に随時行われている。

 その為、桜花のデタラメな強さも随分前からラウドは把握していた。


 その実力は、数か月前に掴んだガラードの傘下組織を壊滅させたことからも疑いようもないが、桜花はこれ以外にも、一端の探索者であっても二の足を踏む高位魔物の討伐や、高位魔術師の正面撃破などの実績もあった。


 そしてそれを共に成し遂げているのが、ナッシュという凄腕忍者を名乗る少年であることも掴んでいる。



 比翼連理。



 男女の仲ではないようだが、そう評するほど、二人は信頼し合い行動を共にしていた。

 ナッシュはちらりと見る限り、ツラのいい坊ちゃんしか見えなかったが、腕力一辺倒の桜花が十全に力を発揮できるのも、忍術なる異世界の魔法を使うこの少年の手腕による所が大きいと認識していた。この忍術を巧みに操り、探偵の真似事もしていると報告を受けている。


 大都市ガロナには四天王を除いてもデタラメな連中が数多くいるが、二人は近い将来それらを押し退けて街を代表する武闘派と認識されるだろう。


 暗黒街と大都市ガロナは商いを通じた関係以外は不可侵。


 神も憐れむバカ以外、ちょっとでも知恵が回る者なら心得ている暗黙の了解だ。

 飲食店という様々な人種が出入りする業種を営むアデリナだ。大都市ガロナと何かしら関係を持っていても不思議ではないが、それでもあの二人と知り合える伝手があったことに驚きを隠せない。


 どのように培った伝手かは謎だが、ともあれそんな二人が、アデリナに付いたのだ。

 これを知って何の警戒もしないのは救いようのない無能だ。

 ただでさえ状況は混沌としているのに、そこに劇薬である桜花とナッシュが加われば、どのような変化が生じるか想像もできない。護衛だけに止まればいいが、それで終わらない予感をひしひしと感じる。殺人鬼の排除に動くだろうことは想像に難くなく、まったくもって頭痛の種である。


 だからこそ、このクソ忙しい時期に無理をして暇を見つけ、これ以上面倒ごとを増やすな、と釘を刺そうと来店した訳だが……


 そこで出てきたのが『呪い』という言葉である。


 人を呪う邪悪な魔法――呪術は、その危険性がゆえに悉く禁呪に指定され、違法な魔法使いの巣窟である暗黒街であっても、早々にお目に掛ることはない。


 だが、魔法であればどのような系統の魔法であれ、最高位たる自分も含め、数多いる手練れの魔法使いたちがまったく気付かない道理はない。


 であればアデリナが言ったことはハッタリか……というのも一概に言い切れない。

 その理由は一つ。

 異世界の魔法使いである忍術使いのアッシュの存在である。


 天を仰いでいた顔を下げると、アデリナを見つめた。


「俺ら魔法使いでは気付けず、アデリナの雇った野郎は気付けた。つまりその呪いは異世界由来の魔法ということか」

「本当にラウド様の慧眼は末恐ろしい冴えでございますね……そうです。その呪いは異世界由来。そして現状、私の雇ったアッシュでしか解決の手段はございません」


 ラウドはもう一度、大きくため息をついた。

 そして注ぎなおされていたグラスを手に取り、一気にあおった。


「……好きにしろ――ただし、殺人鬼の生け捕りと引き渡しは絶対だ。むろんタダとは言わん。相応の報酬は払う。最悪、殺しても構わんが……だがその場合の報酬はなしだ」



 アデリナはにっこりと微笑み、成功を請け負った。


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