他国の衛星は目障り
新世界暦2年2月24日 アメリカ合衆国 コロラド州コロラドスプリングス 北アメリカ航空宇宙防衛司令部
世界地図が表示され、各種情報が重ねられているディスプレイに、新たな脅威を示す赤い光点が表示され、警報が鳴り響く。
「警報!早期警戒衛星が情報のない弾道弾、もしくはロケットの発射を探知」
一気に室内が慌ただしくなる。
「発射地点、神聖ゲルマニア連合共和国を名乗る国の南部。現在、飛翔体は高度を上げながら加速中」
「ミサイル防衛警報!待機中の全ユニットを緊急起動!」
室内に緊迫した空気が流れる。
「着弾予想地点の絞り込みを急げ!交戦中の中国か?」
「違います!中国に撃ち込むならこれほどの加速は必要ありません!」
「ではどこだ!?」
ゲルマニアがロシアと組んでいるらしいのは外交や諜報で得られた情報から判明している。
そして、中国と交戦中はおろか、一度は上海に橋頭保を築いたこともわかっている。
普通に考えれば目標は中国以外にない。
「・・・これは!?違います、弾道ミサイルではありません!飛翔体は第一宇宙速度を突破!衛星と思われます!」
「・・・異世界の人工衛星か・・・」
さらなる混沌の予感にNORADはざわつくのだった。
新世界暦2年2月24日 神聖ゲルマニア連合共和国 ゲルマニア統合宇宙基地
「リングジャイロ、回転安定」
「慣性航法装置の表示、異常なし」
「発射前チェックリスト、全体の80%を終了」
「外部電源、電圧正常」
「発射台の注水開始」
各種観測機材が詰め込まれた管制室で、次々と読み上げが続く。
「チェックリスト完了。離床準備良し」
「エンジン点火まであと30秒」
「気象条件全て許容範囲内。最終中止決断時刻を経過。内部電源に切り替え。カウント読み上げ開始」
「15、14、13、12、11、10、9、8、7」
チェックリストの読み上げが終わり、静寂に包まれる管制室にカウントダウンの声だけが響く。
「5、4、3、2、1」
「第一段点火!」
「点火確認!燃焼正常、離床!」
大量の煙を残して空に昇っていくロケット。
その光景は地球のそれと同じである。
「第一段、正常に燃焼中」
「慣性航法装置、レーダー観測との誤差許容範囲内」
「第一段、燃焼終了まであと30」
地球と同じ、由緒正しい三段式の使い捨てロケット。
冷戦中の米ソのようなバカげた打ち上げ能力はなくとも、地球国家以外で初めての人工衛星打ち上げは、地球国家に与えた衝撃は大きなものがあった。
新世界暦2年2月25日 アメリカ合衆国バージニア州 国防総省 宇宙軍司令部
大きなディスプレイに表示されているのはこの世界の地図であり、その上に無数の線が描かれている。
宇宙軍が特に注意して監視している衛星の軌道である。
これまでは基本的に中国やロシアの衛星が「最も関心の高い追跡目標」であることが多かったが、今その地位を占めているのは、昨日ゲルマニアの打ち上げた人工衛星である。
「で、連中の打ち上げた衛星は2基とも今も周回軌道を?」
「異なる軌道で回り続けています」
「単独のロケットで2つの異なる軌道の大型衛星か・・・」
昨日打ち上げられたロケットの三段目は、1つめの衛星を放出した後、再点火して軌道変更を行い、もう一つの衛星を放出。
本体はその後減速して大気圏突入で燃え尽きたのである。
デブリのままほったらかすどこかの地球国家よりも遥かにマナーがいいじゃないかと話題になったのは秘密である。
「2つはおそらく偵察衛星と思われますが、データの回収方法が今のところ不明です。デジタルデータを伝送する、というのは彼らの世界の技術水準を考えると難しそうですが」
「地球基準の技術水準をぶっちぎってる連中だからな、できないこともなさそうだが」
古い偵察衛星だと、撮影したフィルムをカプセルで大気圏突入させて、それを回収する、なんていう方式もあったくらいなので、当然、フィルムがなくなれば衛星はただのゴミである。
撮影したデータを伝送できるようなってようやく偵察衛星の寿命が、軌道変更や姿勢制御用の推進剤の残量とイコールになったのである。
「しかし単一のロケットで2つの異なる軌道に衛星を投入するとは、かなりの技術力だ。侮れんぞ」
「複雑な軌道計算と推力管理が出来るということですからね。大陸間弾道ミサイルも実用レベルにあると考えるべきでしょう」
「また面倒事が増えたな。ミサイル防衛局も頭が痛いだろう」
ただでさえブーストグライド兵器に対応するための広域防衛ミサイルに頭を悩ませているところである。
そのうえ新たに地球の条約等の縛りが一切ない国の出現である。
「やれやれ、いつになったらゆっくり休めるのやら」
それは中米・北米戦役が終わっても休む暇のない宇宙軍全体の溜息であった。
新世界暦2年2月25日 ロシア連邦 ロシア航空宇宙軍 宇宙部隊司令部
「ゲルマニアが衛星を打ち上げたか」
「外交ルートで事前通告はありましたが、それ以外に接触はありませんので、完全に自力での打ち上げになります」
「それでいきなり2基同時か・・・」
とりあえず味方のはずなのだが、いつ敵になるかわからない、と考えると非常に面倒な相手。ということになる。
「中国との戦線の収拾が見えない以上、味方が頼もしいことに感謝しておくしかあるまい」
「とはいえ、ウクライナ・欧州方面も不穏と聞きます。正直、我が軍の現有戦力で二正面は・・・」
「それ以上はやめておけ。ないものはないのだ。あるもので戦うのが我々の仕事だ」
あるもので勝てるようにするのは政治の仕事だがな、という言葉を飲み込んで、ゲルマニアが打ち上げた衛星の軌道を目で追うのだった。
新世界暦2年2月25日 中華人民共和国 北京市 人民解放軍ロケット軍本部
「で、例の作戦案はどうなった?」
「それが・・・政治指導部によって作戦そのものが破棄されました」
「なんだと!?」
苛立ったように政治委員の上将が声を荒げる。
「指導部は何を考えている!?ゲルマニアに対する報復の絶好の機会ではないか!」
「政治指導部はそれによって発生するスペースデブリと、それによる各国の批難、特にアメリカ以下APTO加盟国の非難を避ける思惑が強いようです」
アメリカとロシアはゲルマニアの打上を見ているだけだったが、絶賛交戦中の中国はもっと過激な反応をとろうとしたのである。
衛星攻撃兵器によるゲルマニア衛星の破壊である。
しかし、衛星攻撃兵器による人工衛星の破壊は大量のスペースデブリを発生させることが確実であり、せっかく綺麗になった宇宙にいきなり大量のスペースデブリをばら撒いたとなれば、従来よりも強い非難を浴びることは確実である。
三方を敵に囲まれて交戦中に、他の地域の国の心象まで悪くすることは避けたい、というのが政治指導部の本音だし、当たり前の思考だった。
「クソッ!」
「しかし、これで敵が戦略弾道ミサイルを保有していることは確実になりました。各部隊の対応レベルを引き上げるべきでは?それくらい指導部も了承するでしょう」
「そうだな。ローテーションで即時発射態勢を取らせろ」
冷戦時には米軍は核兵器搭載の爆撃機ですら24時間空中待機させていたりしたのだが、さすがにそこまでイカレタことはしない。
とはいえ、弾道ミサイルが発射態勢で待機しているのは衛星から見えるわけで、アメリカが警戒を強くすることには変わりないのだが。
次も2週間以内目途で




