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英雄序列

「――その呼び方」


カイルは木剣を握り直した。


「今は嫌いじゃない」


「だって――」


一歩。


踏み込む。


「無能でも、お前を殴れるって証明できるからな。」


「……ほう」


魔人の口元が歪んだ。


「いい目になった」


次の瞬間。


「――死ね」


魔人が消えた。


「っ!」


《危機察知》が反応する。


右。


カイルは身体を捻った。


――ドゴォン!!


拳が頬を掠め、背後の壁が砕け散る。


「速い……!」


「さっきまで避けるだけだった奴が、随分と生意気になったな」


「……!」


魔人が再び迫る。


「カイル!」


ソフィアの声。


「左!」


「分かってる!」


カイルは踏み込んだ。


《俊足》


一瞬で距離を詰める。


魔人が拳を振る。


「パリィ!」


ガンッ!!


拳の軌道を逸らす。


そのまま懐へ。


「――っ!」


木剣を振り抜く。


「遅い」


魔人が左手で受け止めた。


「……!」


「この程度か?」


木剣が握り潰される。


バキッ。


「――!」


カイルの顔から血の気が引いた。


「俺の腕を傷つけたのは偶然だったようだな」


魔人の拳が迫る。


カイルは咄嗟に腕を交差させた。


――ドンッ!!


「ぐあっ!」


吹き飛ぶ。


地面を何度も転がった。


「カイル!」


ソフィアが叫ぶ。


「来るな……!」


カイルは震える腕で身体を起こした。


「……俺がやる」


「無茶よ!」


「分かってる!」


カイルは自分の手を見る。


木剣は折れた。


武器がない。


魔人には傷一つまともにつけられない。


普通なら。


ここで終わりだ。


だが。


カイルの視界には、まだ文字が浮かんでいる。



《特殊条件達成》


《対象の防御能力を突破》


《対象スキル――《魔力喰らい》を解析》


《獲得条件を確認》



そして。


《スキル100%獲得》が輝いた。



《対象スキルの獲得条件》


《対象を討伐すること》



「……」


カイルは魔人を見た。


「そういうことか」


「何をぶつぶつ言っている?」


「いや」


カイルは立ち上がる。


「ちょっとだけ分かった」


「何がだ?」


「俺のスキルの使い方」


「……?」


カイルは拳を握った。


《怪力》


《俊足》


《体術》


《パリィ》


《危機察知》


これまで獲得してきたスキル。


一つずつなら、大したことはない。


でも。


「組み合わせればいい」


カイルが走る。


魔人が迎え撃つ。


「無駄だ!」


拳。


「パリィ!」


ガンッ!


逸らす。


同時に身体を回転。


《体術》


魔人の腕を掴む。


「なに――」


《怪力》


「おおおおおおおっ!!」


投げる。


――ズドォォン!!


魔人の巨体が地面へ叩きつけられた。


「ぐっ……!」


「まだ!」


カイルは跳ぶ。


《俊足》


空中で身体を捻る。


「これで――!」


拳を握る。


「終われぇぇぇぇ!!」


――ドゴォン!!


魔人の顔面に拳が突き刺さった。


「――ッ!」


魔人の身体が吹き飛ぶ。


壁を三枚突き破り。


奥の通路まで転がった。


「……」


静寂。


カイルは荒い呼吸を繰り返した。


「……倒した?」


ソフィアが呟く。


「……分かりません」


二人が魔人を見つめる。


瓦礫の中から。


ゆっくりと。


魔人が立ち上がった。


「……は」


笑っている。


「はは……」


口から血を吐く。


「はははははは!」


「……!」


「面白い!」


魔人の身体から魔力が噴き出した。


「その程度の力で!」


空気が震える。


「俺を倒したつもりか!」


「カイル!」


ソフィアが叫ぶ。


「伏せて!」


「――え?」


ソフィアが杖を振る。


「《氷壁》!」


巨大な氷の壁が二人の前に出現。


直後。


「――《魔力喰らい》」


魔人が右腕を掲げた。


黒い渦が発生する。


「な……!」


氷壁が。


魔力ごと吸い込まれていく。


「ソフィアさん!」


「分かってる!」


ソフィアが後退する。


「私の魔法は相性が悪すぎる!」


魔人が笑う。


「終わりだ」


黒い魔力が凝縮する。


「この一撃を受けて立っていられるか――」


「――待って」


カイルが呟いた。


「……?」


「今の」


カイルは魔人の右腕を見る。


《魔力喰らい》。


あのスキル。


魔力を吸収する。


なら。


「ソフィアさん」


「何?」


「一つだけお願いがあります」


「……嫌な予感しかしない」


「俺に魔法を撃ってください」


「は?」


「全力で」


「馬鹿なの!?」


「たぶん」


「たぶんじゃない!」


魔人が笑う。


「何を企んでいる!」


カイルは答えない。


ソフィアを見る。


「お願いします」


「……」


ソフィアは数秒黙った。


そして。


「本当に死んでも知らないから」


杖を構える。


「……はい」


「《氷華――》」


魔力が膨れ上がる。


「《グランド・ゼロ》!!」


――――――ッ!!


凄まじい冷気がダンジョンを覆った。


壁。


床。


天井。


全てが凍りつく。


「な――」


魔人が目を見開く。


「この魔力……!」


黒い右腕が魔力を吸収する。


「無駄だ!」


魔人が叫ぶ。


「俺の《魔力喰らい》は――」


その瞬間。


カイルが走った。


「今だ!」


「何!?」


カイルは魔人の右腕へ向かう。


《気配察知》


《危機察知》


魔人の動きを読む。


「右!」


避ける。


「左!」


避ける。


「上!」


しゃがむ。


そして。


「ここだ!」


カイルの拳が。


魔人の右腕に触れた。


《パリィ》


――ガンッ!!


吸収の流れが、一瞬だけ乱れた。


「な――」


カイルは笑った。


「やっぱり」


「何を――!」


「魔力を吸収するなら」


カイルの手が震える。


「吸収しきれない量を流し込めばいい。」


「――ッ!!」


ソフィアの魔法が。


魔人の腕へ殺到する。


「ぐおおおおおおおおおお!!」


魔人の右腕が膨れ上がる。


「やめろ!」


「まだ!」


「この……!」


「もっとだ!」


ソフィアが叫ぶ。


「カイル! あと何秒!?」


「分かりません!」


「なら――!」


ソフィアの魔力がさらに膨れ上がる。


「耐えなさい!!」


「うおおおおおお!!」


魔人の右腕に亀裂が走った。


「馬鹿な……!」


「壊れろぉぉぉぉ!!」


――――ドォォォォォン!!


爆発。


カイルもソフィアも吹き飛ばされた。


「――っ!」


「カイル!」


地面を転がる。


「……生きてる……?」


「私はね」


「俺も……」


二人が顔を上げる。


魔人は。


立っていた。


だが。


右腕は。


完全に破壊されていた。


「……」


魔人が自分の腕を見る。


「俺の……腕が……」


カイルは立ち上がった。


「今度こそ――」


「……」


「終わりだ」


魔人の表情が変わった。


怒りではない。


恐怖。


「……お前」


カイルを見る。


「本当に……何者だ?」


カイルは答えられなかった。


自分でも分からない。


「……俺は」


その瞬間。


魔人の身体から黒い魔力が噴き出した。


「――っ!」


「カイル!」


魔人の身体が崩れ始める。


「逃げる気!?」


「違う!」


カイルが叫ぶ。


「これ……!」


魔人の身体から。


何かが飛び出した。


黒い球体。


カイルの胸へ。


――吸い込まれる。


「……!」



《特殊スキルを検出》


《対象死亡を確認》


《獲得可能》


《《魔力喰らい》》


《獲得しますか?》



カイルの目が見開かれる。


「……!」


迷わない。


「はい」



《スキル獲得》


《魔力喰らい》


《スキルレベル――MAX》



「……」


カイルは自分の右手を見る。


何も変わっていない。


だが。


身体の奥に。


今まで感じたことのない力がある。


「……これが」


ソフィアが近づいてくる。


「何をしたの?」


「……スキルを」


「え?」


「魔人のスキルを手に入れました」


ソフィアが固まった。


「……何?」


「《魔力喰らい》っていうスキルです」


「……」


ソフィアの顔が引きつる。


「あなた」


「はい」


「今なんて言った?」


「だから――」


「魔人のスキルを手に入れたって言った?」


「……はい」


「……」


ソフィアは頭を抱えた。


「……頭が痛くなってきた」


「すみません」


「謝らないで」


「はい」


「だから――!」


その時だった。


遠くから。


複数の足音が響いた。


「……誰か来る」


ソフィアが杖を構える。


カイルも身構えた。


「敵……?」


「分からない」


足音が近づく。


そして。


ダンジョンの入口側から。


数人の男女が現れた。


先頭に立つのは。


赤い髪の男。


大剣を背負っている。


「ソフィア!」


「……ダレン」


「無事か!?」


男――ダレンが駆け寄ってくる。


だが。


その視線がカイルへ向いた瞬間。


「……誰だ?」


「カイル」


「カイル?」


ダレンが眉をひそめる。


「まさか……」


ソフィアが頷いた。


「彼が昨日話していた子」


「……スキル無しの?」


カイルの肩が僅かに揺れる。


「……はい」


「そうか」


ダレンはカイルを見る。


その視線には。


値踏みするような色があった。


「悪いが、少し確認させてもらう」


「え?」


ダレンが剣を抜いた。


「――俺と戦え」


「……は?」


「おい、ダレン」


ソフィアが止める。


「怪我人よ」


「分かってる」


ダレンは構える。


「だからこそだ」


「何が?」


「魔人の死体がある」


全員が振り返る。


そこには。


先ほどまで存在していた魔人の残骸。


ダレンが目を細める。


「この魔人を倒したのは誰だ?」


「私と――」


ソフィアが言いかける。


カイルが口を開いた。


「二人です」


「……」


ダレンがカイルを見る。


「そうか」


そして。


大剣を構えた。


「なら、確かめる」


「ちょっと待ってください!」


「怖いか?」


「怖いですよ!」


「はは」


ダレンが笑った。


「正直でいい」


そして。


一気に踏み込んだ。


「――っ!」


カイルは反応した。


《危機察知》


《俊足》


「パリィ!」


――ガンッ!!


大剣を弾く。


「……!」


ダレンの目が変わった。


「今のを受け流したか」


カイルは後退する。


(重い……!)


魔人とは違う。


だが。


明らかに強い。


「もう一度」


「え?」


ダレンが迫る。


「――ッ!」


大剣。


カイルは避ける。


「そこ!」


横薙ぎ。


「パリィ!」


――ガンッ!!


カイルの足が滑る。


「……くっ!」


ダレンが追撃。


カイルは身体を捻る。


「《体術》!」


大剣を掴む。


「なに――」


「おおおおおっ!」


投げようとする。


だが。


動かない。


「……!」


ダレンが笑った。


「悪くない」


逆にカイルの腕を掴む。


「だが――」


「――力が足りない」


――ドン!


カイルが地面に転がった。


「痛っ……!」


「ダレン!」


ソフィアが怒鳴る。


「もういい!」


「分かった」


ダレンが剣を収める。


カイルは起き上がった。


「……負けました」


「そうだな」


ダレンは頷いた。


「だが」


カイルを見る。


「お前は本当にスキル無しなのか?」


「……」


「動きがおかしい」


「……」


「そして」


ダレンの視線が魔人へ向く。


「魔人を倒した」


カイルは答えられない。


ダレンが腕を組む。


「俺は英雄序列――」


その瞬間。


ソフィアが口を挟んだ。


「言わなくていい」


「何でだ?」


「この子にはまだ早い」


「……」


ダレンは少し考えた。


そして。


「分かった」


カイルを見る。


「だが覚えておけ」


「はい?」


「この世界には――」


ダレンは大剣を背負い直す。


「お前が想像しているより遥かに強い奴がいる」


「……」


「英雄序列」


その言葉を聞いた瞬間。


カイルの目が僅かに動いた。


「俺たちは、ただ強いだけじゃない」


ダレンが言う。


「世界が認めた強者だ」


「……何位なんですか?」


カイルが聞いた。


ダレンは笑う。


「俺か?」


「はい」


「――序列42位。」


「……!」


ソフィアがため息をつく。


「だから言いたくなかったのに」


ダレンはカイルを見る。


「今のお前なら、頑張れば――」


少しだけ間を置いて。


「100位以内に入れる可能性はある。」


カイルの胸が高鳴った。


100位。


それでも。


今の自分からすれば。


途方もない場所だ。


「……俺が」


カイルは拳を握る。


「100位……」


その瞬間。


視界に。


また文字が浮かんだ。



《英雄序列――確認》


《現在の所有者の戦闘能力を推定》


《推定序列――》


《算出中……》



「……?」


カイルは目を細める。


数字が。


一度。


二度。


何度も書き換わる。



《算出不能》


《保有スキルの成長性が異常です》


《現在の能力値ではなく――》


《将来的な成長可能性を検出しています》



最後に。


一つだけ。


文字が浮かんだ。



《測定不能》



カイルは息を呑んだ。


「……何なんだよ」


誰にも聞こえない声。


その時。


遠く。


王都の遥か彼方。


誰も知らない場所で。


一人の男が目を開いた。


「……」


暗い部屋。


玉座に座る男。


その目の前に。


黒い水晶が浮かんでいる。


そこに映っていたのは――


カイル。


「……魔力喰らいを奪われたか」


男は静かに呟いた。


「なるほど」


そして。


口元だけで笑った。


「運命の蒐集者。」


「面白い」

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