侵食されたダンジョン
翌朝。
王都アルディアの空は雲一つない快晴だった。
だが、カイルの胸の中だけは妙に落ち着かなかった。
(昨日から嫌な予感がする……。)
何度も窓の外を見る。
理由は分からない。
それでも、胸の奥がざわついていた。
「カイルー!」
一階からマリスの声が響く。
「朝ご飯できたよ!」
「今行く!」
階段を降りると、焼きたてのパンと目玉焼き、スープが並んでいた。
「今日はいっぱい食べなさい。」
「また?」
「ダンジョンに行くんでしょ?」
「うん。」
マリスは優しく笑う。
「無理だけはしないこと。」
「危ないと思ったら逃げること。」
「ちゃんとソフィアちゃんの言うことを聞くこと。」
「……子供じゃないよ。」
「お姉ちゃんから見たら子供です。」
「十八歳だけど。」
「子供です。」
カイルは苦笑しながらパンを口へ運んだ。
こんな何気ない朝が、たまらなく好きだった。
⸻
一時間後。
冒険者ギルド前。
「遅い。」
腕を組んだソフィアが立っていた。
「ご、ごめん。」
「一分三十七秒遅刻。」
「そんな細かく数えてたの?」
「当然。」
淡々と答えるソフィア。
その横ではダレンが笑っていた。
「相変わらず真面目だな。」
「時間は命です。」
「はいはい。」
ソフィアはカイルへ杖を向ける。
「今日は昨日とは違うダンジョンへ行く。」
「昨日より危険?」
「少しだけ。」
「場所は?」
「王都西部。」
「第二ダンジョン《ブルーフォレスト》。」
⸻
ブルーフォレスト。
森林型ダンジョン。
危険度★★。
推奨ランクD〜C。
初心者卒業者向け。
入口には巨大な樹木が絡みつき、不気味な空気を漂わせていた。
「昨日より空気が重い……。」
カイルが呟く。
ソフィアも同じように辺りを見回す。
「……変。」
「何が?」
「魔力が濃すぎる。」
ダレンの表情も真剣になる。
「確かに。」
「こんな場所じゃなかった。」
三人は慎重に歩き始めた。
⸻
森の中。
最初に現れたのはウルフだった。
通常なら群れで襲う魔物。
しかし。
「グルルル……。」
「一匹だけ?」
ダレンが首を傾げる。
その瞬間だった。
ドンッ!!
ウルフの身体が突然膨れ上がる。
赤黒い魔力。
目が真っ赤に染まる。
「なっ……!」
「暴走個体!」
ソフィアが叫ぶ。
「普通のウルフじゃない!」
ウルフは一瞬でカイルとの距離を詰めた。
速い。
昨日より明らかに速い。
「カイル!」
ソフィアが氷槍を放つ。
しかし。
暴走ウルフは空中で軌道を変えた。
「避けた!?」
「魔法を読んだ……?」
その瞬間。
カイルの身体が動く。
(右から来る。)
爪が迫る。
「――パリィ!」
キィン!!
鋭い音が響く。
ウルフの爪が逸れ、大きく体勢を崩した。
「今!」
ソフィアが杖を突き出す。
「《アイスランス》!」
無数の氷槍が暴走ウルフを貫く。
ドガガガガッ!!
悲鳴を上げながら魔物は崩れ落ちた。
静寂。
その瞬間。
カイルだけに文字が現れる。
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《討伐補助を確認》
《スキル抽選開始》
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黄金色の光が身体へ流れ込む。
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《獲得》
《気配察知》Lv.MAX
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効果
・敵意を感知する。
・殺気への反応速度上昇。
・隠密状態の敵を一定確率で看破。
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(また増えた……。)
カイルは誰にも気付かれないように拳を握る。
(これで五つ目。)
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その時だった。
「……静かに。」
ソフィアが急に立ち止まる。
青い瞳が森の奥を見つめていた。
「何かいる。」
ダレンも拳を構える。
「数は?」
「一つ。」
「魔物か?」
「違う。」
ソフィアはゆっくり首を振った。
「……人型。」
カイルの胸がざわつく。
昨日感じた嫌な予感。
それが一気に膨れ上がる。
森の奥から、ゆっくりと足音が響いた。
コツ……
コツ……
コツ……
やがて、一人の男が姿を現す。
黒いローブ。
灰色の髪。
そして、人間離れした真紅の瞳。
男は三人を見るなり、小さく笑った。
「ようやく見つけた。」
その視線は、真っ直ぐカイルへ向けられている。
「スキルを持たぬ少年。」
「……カイル・ウォーカー。」
ダレンが一歩前へ出る。
「誰だ、お前。」
男は答えない。
代わりに、不気味な笑みを浮かべた。
「ブラッド様の命令だ。」
「生きたまま連れて来い、と。」
その瞬間。
男の身体から噴き出した魔力が、森全体を揺るがした。
ソフィアの顔色が変わる。
「嘘……。」
「魔人……!」
カイルは思わず息を呑む。
(これが……魔人。)
だが、その男は笑っていた。
まるで、目の前の三人など敵ではないと言わんばかりに――。
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