圧倒的な実力差
「魔人……!」
ソフィアの声が森に響く。
その一言だけで、空気が凍り付いた。
ダレンはゆっくりと前へ出る。
「カイル。」
「はい。」
「お前はソフィアと一緒に下がれ。」
「でも――」
「命令だ。」
その声には、普段の穏やかさはなかった。
英雄序列第八十三位――『烈拳』。
一人の英雄として戦場に立つ男の声だった。
「ソフィア。」
「分かってる。」
ソフィアは杖を構えたまま、カイルの腕を掴む。
「下がるよ。」
「……くっ。」
カイルは歯を食いしばる。
悔しい。
戦いたい。
だが、自分では足手まといになることも理解していた。
「それでいい。」
魔人は口元を歪める。
「弱者は後ろで震えていろ。」
その瞬間――
ドンッ!!
地面が砕けた。
「速い!」
ダレンが拳を振り抜く。
轟音とともに拳圧が魔人を襲う。
しかし。
「遅い。」
魔人は首を少し傾けただけだった。
拳は空を切る。
「なっ――」
次の瞬間。
ゴンッ!!
鈍い音が響く。
ダレンの腹部に、魔人の拳がめり込んでいた。
「ぐっ……!」
英雄が吹き飛ぶ。
何本もの木をへし折りながら転がっていく。
「ダレン!!」
ソフィアが叫ぶ。
だが魔人は追撃しない。
ただ笑っていた。
「英雄序列八十三位。」
「その程度か。」
⸻
ダレンは血を吐きながら立ち上がる。
(重い……。)
たった一撃。
それだけで肋骨が何本も折れた感覚だった。
(なんだこの化け物は……。)
目の前の男から感じる魔力。
レッドオーガなど比較にならない。
まるで別次元だった。
「まだ立つか。」
魔人は少しだけ感心したように笑う。
「褒めてやる。」
「……黙れ。」
ダレンは拳を握り直す。
(時間を稼げ。)
(カイルだけは逃がす。)
その想いだけで立ち続ける。
⸻
「ソフィア!」
ダレンが叫ぶ。
「カイルを連れて逃げろ!」
「でも!」
「早く行け!!」
ソフィアは唇を噛む。
「……行くよ。」
カイルの腕を引こうとした、その時だった。
「嫌です。」
「え?」
カイルは首を横に振る。
「置いて行けない。」
「何言ってるの!」
「ダレンさんが死ぬ!」
ソフィアの瞳が揺れる。
彼女も分かっていた。
このままでは勝てない。
だからこそ逃げるしかない。
だが。
「逃がすと思うか?」
魔人が指を鳴らす。
パチン――。
その瞬間。
森中の木々が黒い魔力に侵食される。
ゴゴゴゴゴ……
巨大な黒い壁が四方を塞いだ。
「結界……!」
ソフィアの顔から血の気が引く。
「しまった!」
魔人はゆっくり歩く。
「ここは狩場だ。」
「獲物が逃げられるわけがない。」
⸻
カイルは拳を握り締めた。
(どうする。)
(何か……。)
(何かないのか。)
その瞬間。
視界に文字が浮かぶ。
⸻
《気配察知》
発動。
対象解析開始。
⸻
(解析……?)
魔人を見る。
すると。
身体の至る所に赤い線が浮かび上がった。
首。
胸。
右肩。
そして――
左脇腹。
そこだけ。
黒い魔力が僅かに乱れている。
(弱点……?)
カイルは息を呑む。
⸻
一方。
ダレンは最後の力を振り絞っていた。
「烈拳奥義――」
全身の筋肉が膨れ上がる。
大気が震える。
「《崩山撃》!!」
渾身の一撃。
空気を裂きながら魔人へ突き刺さる。
ドォォォォォン!!
爆煙が森を包んだ。
「やった……!」
カイルが呟く。
しかし。
煙の中から声が響く。
「悪くない。」
魔人は無傷だった。
拳で受け止めていたのだ。
「だが。」
「弱い。」
バキッ!!
嫌な音が響く。
「ぐあぁぁぁっ!!」
ダレンの右腕が、肘から逆方向へ折れ曲がる。
「ダレン!!」
カイルが叫ぶ。
魔人は折れた腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。
ダレンの身体は大木へ激突し、動かなくなる。
「これで終わりか。」
魔人はゆっくりとカイルへ向き直った。
「さて。」
「本命だ。」
真紅の瞳がカイルを射抜く。
「お前を連れて帰る。」
その瞬間。
カイルの胸の奥で、何かが熱を帯びた。
怒りでも、恐怖でもない。
「絶対に守る」
その強い意志だけが、静かに燃え始めていた。
⸻




