守るための一撃
「カイル、逃げろ……!」
倒れたダレンが血を吐きながら叫ぶ。
右腕は不自然な方向へ折れ曲がり、立ち上がることすら困難だった。
それでも英雄は、最後まで前を向いていた。
「俺は……まだ……」
「戦える……!」
魔人は鼻で笑う。
「その腕でか?」
「人間とは愚かな生き物だ。」
「守れもしないものを守ろうとする。」
その言葉を聞いた瞬間。
カイルの胸に怒りが込み上げた。
(姉さんも……。)
(きっと、こうやって誰かを守るために戦う。)
その背中を思い浮かべた瞬間、自然と足が前へ出ていた。
「カイル!」
ソフィアが叫ぶ。
「何してるの!」
「少しだけ……時間をください。」
「え?」
「一回だけでいい。」
「俺に攻撃させてください。」
ソフィアは驚いた。
「正気なの?」
「勝てないよ!」
「分かってます。」
カイルは静かに答えた。
「でも……」
「弱点があります。」
「……!」
ソフィアの瞳が大きく開く。
「どこ?」
「左脇腹。」
「そこだけ魔力が乱れてる。」
「……見えるの?」
「分かりません。」
「でも見えるんです。」
ソフィアは息を呑む。
魔導士として数多くの敵を見てきた。
だが、魔力の流れを肉眼で読むなど聞いたことがない。
(この子、本当に……。)
⸻
魔人は退屈そうに肩を鳴らす。
「作戦会議は終わったか?」
「なら終わらせよう。」
一歩踏み出す。
その瞬間、地面が砕けた。
「速い!」
ソフィアが叫ぶ。
しかし。
「ここだ!」
カイルの《気配察知》が反応する。
右。
左。
上。
高速で変化する魔人の動き。
普通なら見えない。
だが、今だけは違った。
「――パリィ!」
ギィィン!!
魔人の拳を紙一重で受け流す。
「ほう?」
魔人の眉がわずかに動く。
「面白い。」
「だが。」
回し蹴り。
ドゴォッ!!
「ぐっ!」
カイルの身体が吹き飛ぶ。
木へ叩きつけられ、肺から空気が一気に抜ける。
「カイル!」
ソフィアが駆け寄ろうとする。
「来ないでください!」
血を吐きながら叫ぶ。
「まだです……!」
震える足で立ち上がる。
身体中が悲鳴を上げていた。
(速い。)
(重い。)
(勝てない。)
それでも。
(まだ終われない。)
⸻
「ソフィアさん!」
「はい!」
「三秒ください!」
「三秒?」
「俺が止めます!」
「無茶だ!」
「お願いします!」
ソフィアは一瞬だけ迷った。
そして。
「信じる。」
杖を天へ掲げる。
「《氷結魔法・第五階位》」
周囲の魔力が一気に集まり始める。
巨大な魔法。
完成まで時間が必要だった。
魔人は笑う。
「その程度の時間稼ぎか。」
「くだらん。」
カイルは木剣を構えた。
「くだらなくても。」
「守れるなら、それでいい。」
「……。」
魔人は初めて表情を変えた。
「その目。」
「剣聖と同じだな。」
その言葉にカイルの心臓が跳ねる。
「姉さんを……知ってるのか?」
「当然だ。」
「十二魔人にとって、剣聖は最優先討伐対象だからな。」
怒りが込み上げる。
だが、今は戦いに集中する。
魔人が踏み込む。
(来る!)
一撃目。
「パリィ!」
二撃目。
「パリィ!」
三撃目。
「パリィ!」
腕が痺れる。
足が震える。
それでも受け流し続ける。
「しつこい。」
魔人が拳を振りかぶった。
「終わりだ。」
その瞬間。
「今です!!」
カイルが叫ぶ。
ソフィアの魔法が完成する。
「《氷結魔法・第六階位》――」
空気が凍りつく。
「絶対零華!!」
無数の氷華が森を覆い尽くした。
轟音。
白銀の嵐。
巨大な氷柱が魔人を飲み込む。
ドゴォォォォォン!!
森全体が揺れた。
静寂。
やがて氷の煙が晴れる。
「やった……?」
ソフィアが息を切らす。
しかし。
パキッ。
氷が割れる音。
「残念だ。」
魔人は氷を砕きながら現れた。
肩に小さな傷が一つ。
「ほんの少しだけ効いた。」
ソフィアの顔から血の気が引く。
第六階位魔法。
英雄序列六十七位の切り札。
それでも致命傷には程遠い。
「だが。」
魔人は傷口を見つめ、小さく笑った。
「久しぶりだ。」
「俺に傷を付けた人間は。」
その視線は、まっすぐカイルへ向けられていた。
「面白いぞ。」
「カイル・ウォーカー。」
「お前は殺すには惜しい。」
「必ず……ブラッド様の前へ連れて行く。」
その瞬間、魔人の魔力がさらに膨れ上がる。
森全体が悲鳴を上げるように揺れ始めた――。
⸻




