生き延びた者たち
「ハァ……ハァ……」
カイルは膝をつく。
両腕は痺れ、木剣はひび割れていた。
《パリィ》を何度も発動した代償で、身体中が悲鳴を上げている。
それでも魔人は傷一つ負っていない――そう思われた。
ガルムは自分の左脇腹へ視線を落とす。
そこには一本の細い傷。
血が一筋だけ流れていた。
「……ほう。」
低く笑う。
「久しく忘れていた感覚だ。」
ソフィアもダレンも目を見開く。
「傷……?」
「入った……?」
十二魔人。
英雄ですら単独では勝てない存在。
その身体に、確かに傷が刻まれていた。
⸻
ガルムは静かにカイルを見る。
「貴様だな。」
「俺の魔力の流れを見抜いたのは。」
カイルは息を整えながら木剣を構える。
「……分からない。」
「でも。」
「そこを斬ればいいって思った。」
ガルムは小さく笑う。
「勘ではない。」
「才能でもない。」
「まさか……。」
その目が細くなる。
「ブラッド様の予想は当たりだったか。」
その言葉に、カイルは眉をひそめた。
「ブラッド……?」
ガルムは答えない。
代わりに一歩だけ前へ出る。
その瞬間。
ダレンがカイルの前へ立った。
「ここから先は通さねぇ。」
折れた腕を抱えながら、それでも拳を構える。
ソフィアも杖を握り直す。
魔力はほとんど残っていない。
それでも退かない。
「カイル。」
ダレンが小さく笑う。
「お前、生きて帰れ。」
「ダレンさん……。」
「若い奴が死ぬのは見たくねぇ。」
ソフィアも頷く。
「あなたには、まだ知るべきことがある。」
「だから。」
「絶対に死なないで。」
二人の背中が、大きく見えた。
(俺は……。)
(守られてばかりだ。)
その時だった。
視界に青白い文字が浮かぶ。
⸻
《経験値条件達成》
《ランダムスキル抽選開始》
⸻
(今……!?)
戦闘中。
初めて表示された。
ルーレットのように無数の文字が流れる。
《身体強化》
《魔力操作》
《瞬歩》
《斬撃強化》
《気配察知》
止まった。
⸻
《獲得》
ユニークスキル
《魔眼》Lv MAX
効果
* 魔力の流れを視認
* 弱点看破
* ステータスの一部解析
* 幻覚無効
⸻
(だから見えたのか……。)
ガルムの左脇腹。
魔力が僅かに乱れていた理由が理解できた。
ガルムも何かを察したように笑う。
「その短時間で、また力を得たか。」
「面白い。」
「実に面白い。」
ガルムは拳を下ろした。
「今日はここまでだ。」
ダレンが目を細める。
「逃げるのか?」
「違う。」
ガルムは首を横に振る。
「俺の目的は討伐ではない。」
「確認だ。」
「確認……?」
「カイル・ウォーカー。」
「貴様が本物かどうか。」
その言葉だけ残し、ガルムは黒い霧へ包まれていく。
「次に会う時は。」
赤い瞳がカイルを見据える。
「ブラッド様自らがお前を迎えに来る。」
「その日まで死ぬな。」
黒い霧が森を覆い、ガルムの姿は完全に消えた。
静寂。
風が吹く。
さっきまで森を満たしていた瘴気が嘘のように晴れていく。
⸻
「終わった……。」
ソフィアがその場に座り込む。
「助かった……。」
ダレンも大きく息を吐く。
「生きてるだけで十分だ。」
カイルは木剣を落とした。
全身から力が抜ける。
「俺たち……。」
「生き残った。」
その瞬間だった。
「カイル!!」
森の奥から聞き慣れた声が響く。
振り返ると、純白の鎧をまとったマリスが全速力で駆けてきた。
「姉さん……。」
マリスはカイルを見るなり抱きしめた。
「無事でよかった……!」
その声は震えていた。
「ごめんね。」
「もっと早く来られれば……。」
カイルは首を横に振る。
「俺、大丈夫。」
「本当に?」
「うん。」
「ダレンさんとソフィアさんが守ってくれた。」
マリスは二人へ深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「弟を守ってくれて。」
ダレンは苦笑する。
「礼ならカイルに言ってやってくれ。」
「俺たちは生き延びただけだ。」
ソフィアも静かに頷く。
「最後に魔人へ傷を付けたのは、この子です。」
マリスは驚いたようにカイルを見る。
「……え?」
カイルは照れくさそうに笑う。
「みんなのおかげだよ。」
マリスはその笑顔を見て、優しく頭を撫でた。
「強くなったね。」
その言葉に、カイルは少しだけ胸を張った。
だが誰も気付かなかった。
森のさらに奥。
一本の枯れ木の上で、一羽の黒いカラスが静かにこちらを見つめていた。
その赤い瞳は、まるで新たな獲物を見つけたように細められる。
「――面白い。」
誰にも聞こえない声が、風に溶けた。
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