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魔人の刺客

――ズン。


また地面が揺れた。


カイルは木剣を握り締める。


目の前にいる存在。


人間ではない。


三メートル近い巨体。


灰色の皮膚。


頭から伸びた二本の角。


そして――


右腕が異様に太い。


まるで巨大な鉄塊をそのまま腕にしたような姿だった。


「……魔人」


ソフィアが呟く。


「知ってるんですか?」


「魔族の中でも、人間の言葉を理解し、魔力を操る個体を私たちはそう呼んでる」


ソフィアは杖を構えた。


「でも、これはおかしい」


「何が?」


「このダンジョンに、魔人がいるはずがない」


魔人が笑った。


「正解だ」


「――っ!」


言葉を話した。


カイルの背筋に悪寒が走る。


「俺はこのダンジョンに住んでいるわけじゃない」


「なら……」


「入ってきたんだよ」


魔人は巨大な足を一歩踏み出す。


「お前たちを殺すためにな」


ソフィアがカイルの前に出た。


「目的は?」


「分かっているだろう?」


魔人の赤い瞳がカイルを見る。


「俺が用があるのは――そいつだ」


「俺?」


「カイル・ウォーカー」


名前まで知られている。


「なぜ俺を……?」


魔人は口元を吊り上げた。


「知らないのか?」


「自分が何者なのか」


「……」


「哀れな奴だ」


ソフィアの杖から冷気が噴き出した。


「カイルに触れさせない」


「ソフィアさん……」


「下がって」


「でも――」


「いいから!」


普段の穏やかな声ではなかった。


完全な戦闘態勢。


「序列67位――《氷華》ソフィア・ルーメル」


魔人が楽しそうに笑う。


「聞いたことがあるぞ」


「なら話は早い」


ソフィアが杖を向ける。


「ここで死んで」


――ドォン!!


爆発的な冷気。


床が一瞬で凍りつく。


「《アイス・ランス》!」


無数の氷槍が魔人へ殺到する。


「――ふん」


魔人が右腕を振った。


ドゴゴゴゴゴッ!!


氷槍が全て砕け散る。


「……!」


ソフィアの顔が険しくなる。


「魔力障壁……?」


「違う」


魔人が右腕を掲げる。


「俺の腕は――」


ドンッ!!


「喰う。」


氷が。


魔力そのものが。


右腕へ吸い込まれていく。


「な……」


ソフィアが後退する。


「魔法を吸収した?」


カイルは息を呑んだ。


「そんなスキル……」


その瞬間。


視界に文字が浮かんだ。



《対象のスキルを確認》


《解析不能》


《対象の保有スキル数:複数》


《警告》


《対象との戦闘を推奨しません》



「……」


カイルは目を疑った。


《運命の蒐集者》が。


初めて。


「戦うな」


と言っている。


「カイル!」


ソフィアの声。


「逃げる!」


「でも――」


「勝てない!」


その言葉と同時に。


魔人が消えた。


「――ッ!」


速い。


カイルには見えなかった。


次の瞬間。


ソフィアの身体が吹き飛んだ。


「ソフィアさん!!」


ドゴォォォン!!


壁に叩きつけられる。


「……かはっ!」


「ソフィア!」


カイルが駆け寄る。


「来ないで!」


ソフィアが叫ぶ。


「逃げて!」


「でも!」


「これは命令!」


「……!」


カイルの足が止まる。


ソフィアは立ち上がろうとする。


しかし。


足が震えている。


「……こんな……」


口元から血が流れる。


「速すぎる……」


魔人が歩いてくる。


「序列67位でもこの程度か」


「……っ」


ソフィアが杖を構える。


「舐めないで……!」


「やめろ!」


カイルが叫ぶ。


「あなたじゃ勝てない!」


ソフィアの目が見開かれた。


「……何?」


「さっき言ったじゃないですか!」


「俺たちじゃ勝てないって!」


カイルは魔人を見る。


怖い。


足が震えている。


逃げたい。


でも――


ソフィアは自分を逃がそうとしている。


昨日会ったばかりの人間なのに。


自分を守ろうとしている。


(……嫌だ。)


姉なら。


姉なら、絶対に自分を逃がす。


だからこそ。


(俺だって――。)


カイルは木剣を握った。


「ソフィアさん」


「……何?」


「逃げてください」


「あなた……」


「俺が時間を稼ぎます」


「馬鹿!」


ソフィアが怒鳴る。


「あなたが戦える相手じゃない!」


「分かってます」


「なら――!」


「でも」


カイルは魔人を睨んだ。


「俺が逃げたら、あなたが死ぬ」


「……!」


「それは嫌です」


魔人が笑った。


「面白い」


「無能の分際で」


カイルの目が細くなる。


「……無能」


何度も聞いた。


十八年間。


ずっと。


でも。


「そうですよ」


カイルは一歩前へ出た。


「俺は無能です」


「だから――」


木剣を構える。


「無能なりに、やれることをやります。」


「カイル!」


魔人が突っ込んできた。


――ズン!!


「ッ!」


拳。


カイルは横へ飛ぶ。


拳が地面を砕く。


(速い!)


《危機察知》が警告する。


右。


避ける。


左。


避ける。


上。


――来る。


「パリィ!」


ガンッ!!


魔人の拳を受け流す。


「……!」


今までとは違う。


腕が痺れる。


身体が吹き飛びそうになる。


「ぐっ……!」


それでも。


倒れない。


「ほう」


魔人が笑う。


「今のを受けたか」


「……!」


カイルは息を整える。


(無理だ。)


分かる。


力が違う。


速さが違う。


経験が違う。


それでも――


「だったら!」


カイルは走った。


《俊足》


《怪力》


《体術》


持っているスキルを全て使う。


一歩。


二歩。


三歩。


「遅い」


魔人が腕を振る。


「パリィ!」


ガンッ!!


弾く。


「まだ!」


木剣を振る。


魔人の胸へ。


――ドン!


当たった。


だが。


「……」


傷一つない。


「嘘だろ……」


魔人は笑った。


「そんな玩具で俺を傷つけるつもりか?」


「……くそ」


魔人の拳が迫る。


カイルは避ける。


だが。


「――ぐっ!」


腹に衝撃。


視界が反転した。


身体が宙を舞う。


「カイル!」


地面に叩きつけられる。


「がっ……!」


肺から空気が抜ける。


立てない。


身体が言うことを聞かない。


(……強すぎる。)


《警告》


《戦闘継続を推奨しません》


《生存確率――》


文字が途中で消えた。


「……は?」


カイルは目を疑う。


初めて。


《運命の蒐集者》が。


生存確率を表示できなかった。


「なんだよ……それ」


魔人が近づいてくる。


「終わりだ」


腕を振り上げる。


「カイル!!」


ソフィアが叫んだ。


その瞬間。


カイルの脳裏に――


姉の姿が浮かんだ。


――『カイル』


――『大丈夫』


――『お姉ちゃんが守るから』


「……」


カイルは歯を食いしばった。


「……姉さん」


身体を起こす。


「まだ……」


膝が震える。


「まだ終われない」


魔人の拳が落ちてくる。


「パリィ!!」


ガンッ!!


――ズドォォォン!!


カイルの身体が吹き飛ぶ。


「ぐあああああっ!!」


壁へ叩きつけられる。


「カイル!」


だが。


その瞬間。


魔人の顔が僅かに歪んだ。


「……?」


右腕。


拳を受け止めた場所。


そこに。


小さな傷があった。


「……何?」


魔人が自分の腕を見る。


カイルも見る。


「傷……?」


木剣。


ただの木剣。


なのに。


「どうして……」


魔人の表情から笑みが消えた。


「お前……」


赤い瞳が細くなる。


「まさか――」


カイルの視界に文字が浮かぶ。



《対象の防御能力を突破》


《戦闘経験値を獲得》


《特殊条件達成》


《スキル獲得候補を更新します》



「……!」


文字が次々と流れていく。



《対象スキル解析》


《対象:魔人》


《特殊スキルを検出》



カイルの呼吸が止まった。


その中に――


一つだけ。


異様な名前があった。



《魔力喰らい》



カイルは目を見開く。


(これ……)


《スキル100%獲得》が反応する。



《対象死亡時》


《対象スキルの獲得が可能です》



「……」


カイルは魔人を見る。


そして初めて。


自分から敵を倒したいと思った。


いや。


違う。


この魔人だけは、絶対に逃がしてはいけない。


そう思った。


「……ソフィアさん」


「何?」


「俺に一つだけ、手を貸してください」


「……何を?」


カイルは木剣を握り直す。


「あいつを倒します。」


「無理よ」


即答だった。


「分かってます」


「なら――」


「でも」


カイルは笑った。


初めて。


ほんの少しだけ。


「俺には、運があるんで」


「……は?」


魔人が再び構える。


「面白い」


「なら――」


「その運ごと、食い殺してやる」


その瞬間。


カイルの視界に――


見たことのない文字が浮かんだ。



《条件達成》


《極限状態》


《強者との戦闘》


《生存への強い執着》


《所有者の固有特性――【運】を確認》


《封印スキルの一部解除》



カイルの瞳が揺れる。



《EXTRA SKILL》


《運命の蒐集者》


《第一封印――解除準備》



「……第一封印?」


カイルが呟く。


だが。


その意味を理解する暇はなかった。


魔人が迫る。


ソフィアが杖を構える。


そして。


カイルは木剣を握る。


ここから先は――逃げない。


「来いよ」


魔人が笑う。


「無能」


カイルは睨み返した。


「――その呼び方」


「今は嫌いじゃない」


一歩。


踏み込む。


「だって――」


「無能でも、お前を殴れるって証明できるからな。」

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