氷華と無能
翌朝。
カイルは王都東門の前に立っていた。
「……早いな」
まだ朝日が昇りきっていない。
冷たい風が頬を撫でる。
カイルは小さく息を吐き、手を擦った。
昨日のダンジョン探索で身体は疲れている。
それでも眠れなかった。
理由は一つ。
「……運命の蒐集者」
誰にも聞こえないように呟く。
昨日、初めて知った自分の力。
《パリィ》
《狩る者》
《怪力》
そして――
《スキル100%獲得》。
どれも異常なスキルだ。
だが、カイルには一つだけ気になることがあった。
「どうして俺なんだ……」
十八年間。
自分には何もなかった。
なのに突然、これほどの力が現れた。
しかも――
自分以外の誰にも見えない。
「おはよう」
「うわっ!」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、ソフィアが立っていた。
「……驚きすぎ」
「す、すみません」
「別にいいけど」
昨日と同じ白と青のローブ。
銀白色の髪が朝日に照らされている。
「時間通りね」
「ソフィアさんこそ」
「私は時間には厳しいの」
「そうですか」
「そう」
「……」
「……」
沈黙。
カイルは気まずそうに視線を逸らした。
ソフィアはそんなカイルを見て、少しだけ眉を寄せる。
「あなた」
「はい?」
「昨日から思ってたけど」
「何ですか?」
「人と話すの苦手?」
「……」
図星だった。
「まあ……」
「そう」
「……すみません」
「だから、なんで謝るの?」
ソフィアは小さくため息をついた。
「別に怒ってない」
「はい」
「それより行くわよ」
「はい!」
二人は歩き始めた。
⸻
今回向かうのは、王都から少し離れた場所にある中級ダンジョン。
《アクアリウム》。
水属性の魔物が多く出現するダンジョンで、推奨ランクはD。
カイルにとっては、昨日のグリーンケイブより一段階上の場所だ。
「本当に俺でいいんですか?」
「何度目?」
「いや……」
「昨日、レッドオーガの攻撃を避けたんでしょう?」
「でも、あれは……」
「たまたま?」
「……」
「便利な言葉ね」
ソフィアが呆れたように言う。
「じゃあ、今日はその『たまたま』を確認する」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「死なせるつもりはないから安心して」
「それ、安心できる言い方じゃないです」
「ふふ」
ソフィアが初めて笑った。
カイルは少し驚く。
「……笑うんですね」
「どういう意味?」
「いや……」
「失礼」
「すみません」
「だから謝らないで」
そんなやり取りをしながら。
二人はダンジョンへ入った。
⸻
内部は、青かった。
壁も床も薄い水に覆われている。
遠くから水の流れる音が聞こえる。
「足元に気を付けて」
ソフィアが杖を構える。
「ここは滑る」
「はい」
カイルは腰の木剣を抜いた。
昨日と同じ武器。
だが、昨日とは違う。
身体の中にある力を自覚している。
(……パリィ)
頭の中でスキル名を思い浮かべる。
その瞬間。
視界の端に小さな文字が浮かんだ。
《パリィ Lv.MAX》
(やっぱり見える。)
カイルは目を細めた。
これなら戦える。
「来る」
ソフィアが呟いた。
水面が揺れる。
「三体」
「……!」
青い狼のような魔物が三体。
《ウォーターハウンド》。
Dランク相当。
「私が一体」
「あなたが二体」
「え?」
「どうしたの?」
「二体も?」
「嫌なら私が全部倒すけど」
「やります!」
カイルは慌てて前に出た。
ウォーターハウンドが飛びかかる。
「――っ!」
速い。
だが。
昨日とは違う。
動きが見える。
一体目の爪。
右。
二体目。
左。
カイルは身体を捻った。
爪が服をかすめる。
(まだだ。)
一体目が再び飛び込んでくる。
今度は真正面。
「パリィ!」
カンッ!
爪が弾かれる。
ウォーターハウンドの身体が宙で傾いた。
「今!」
カイルは踏み込む。
木剣を横薙ぎ。
ドンッ!
魔物が吹き飛ぶ。
「一体!」
だが。
「グルァッ!」
もう一体が背後から襲い掛かる。
「カイル!」
ソフィアの声。
カイルは振り返らない。
(来る。)
攻撃の気配。
そして――
「パリィ!」
カンッ!
爪が弾かれる。
「……!」
ソフィアの目が見開かれた。
カイルはそのまま身体を回転させる。
遠心力を乗せた一撃。
「――っ!」
ドゴッ!
ウォーターハウンドが壁へ叩きつけられた。
動かない。
静寂。
「……」
カイルは木剣を下ろした。
「倒した……?」
「ええ」
ソフィアは答える。
「二体とも」
「……」
カイルは自分の手を見る。
昨日より明らかに身体が軽い。
そして。
二体の魔物から、淡い光が浮かび上がった。
ソフィアには見えていない。
光はカイルの胸へ吸い込まれていく。
《討伐確認》
《経験値を獲得》
《スキル抽選を開始します》
カイルの目が見開かれた。
(また……?)
文字が流れる。
⸻
《候補スキル》
《水耐性》
《水魔法》
《俊足》
《気配察知》
《爪術》
《呼吸強化》
⸻
《運命の蒐集者》が反応する。
そして――
《ランダム選出》
《獲得》
《気配察知 Lv.MAX》
⸻
「……気配察知」
「何?」
「い、いや!」
ソフィアが怪訝そうに見る。
「何でもありません」
「……?」
カイルは周囲を見る。
すると。
さっきまで何も感じなかった場所から――
微かな気配を感じた。
「……右」
「え?」
「右側に何かいます」
ソフィアが振り返る。
「何も――」
次の瞬間。
壁の中から巨大な魚のような魔物が飛び出した。
「っ!」
ソフィアが杖を振る。
「《アイス・ランス》!」
無数の氷槍が飛び出す。
魔物を壁へ縫い付ける。
「……正解」
ソフィアがカイルを見る。
「どうして分かったの?」
「……勘です」
「また?」
「……」
ソフィアはじっとカイルを見る。
「あなたの勘、便利ね」
「……はい」
「でも」
ソフィアは魔物を見る。
「今のは勘じゃない」
「……」
「気配を感じ取った」
「……!」
「そういう能力があるの?」
カイルは答えられなかった。
自分でも、ついさっき手に入れたばかりなのだから。
「……分かりません」
「そう」
ソフィアはそれ以上聞かなかった。
ただ。
カイルを見る目が、昨日より明らかに変わっていた。
⸻
さらに奥。
二人は何体もの魔物を倒した。
カイルは戦う。
戦うたびに強くなる。
そして。
スキルが増える。
《水耐性》
《俊足》
《体術》
《夜目》
《跳躍強化》
どれもLv.MAX。
カイル自身も驚いていた。
(……増えすぎだろ。)
たった数時間。
それだけで、自分の身体に新しい力がいくつも宿っていく。
普通なら一生かけても得られないようなスキル。
それを自分は――
(殺すだけで手に入れてる。)
その事実に、カイルは少し怖くなった。
「……カイル」
「はい?」
ソフィアが立ち止まっていた。
「どうしたんですか?」
「あなた」
「はい」
「さっきから、戦うたびに動きが変わってる」
「……」
「最初より速い」
「……」
「最初より強い」
ソフィアが一歩近づく。
「まるで、戦えば戦うほど成長しているみたい」
カイルは答えられなかった。
「……偶然です」
「そう」
ソフィアはそれ以上追及しなかった。
ただ。
「じゃあ、次は私と戦って」
「……え?」
カイルの顔が固まる。
「模擬戦」
「いやいやいや!」
「何?」
「英雄序列第六十七位ですよね!?」
「そうだけど」
「無理です!」
「どうして?」
「死にます!」
「殺さない」
「そういう問題じゃない!」
ソフィアは少しだけ笑った。
「安心して」
杖を構える。
「あなたの力を知りたいだけ」
カイルも木剣を構える。
「……本気じゃないですよね?」
「もちろん」
「どれくらい?」
「……」
ソフィアが少し考える。
「一割」
「一割!?」
「何?」
「それでも怖いです!」
「じゃあ五%」
「下がった!」
「三%」
「交渉みたいにしないでください!」
ソフィアが笑う。
「面白い人ね」
「俺は全然面白くないです……」
そして。
二人は向かい合った。
「始めるわよ」
「……はい!」
ソフィアが一歩踏み込む。
速い。
カイルの身体が反応する。
「パリィ!」
ガンッ!
氷の杖と木剣がぶつかる。
カイルの腕が痺れる。
(重い……!)
たった一撃。
それだけで分かった。
ソフィアはまだ本気じゃない。
なのに。
「……!」
カイルは踏み込む。
俊足。
体術。
怪力。
獲得したスキルが連鎖する。
「速い」
ソフィアが目を見開く。
カイルが木剣を振る。
ソフィアは身体を逸らして避ける。
「まだ!」
二撃。
三撃。
四撃。
カイルは攻撃を繋げていく。
だが。
「甘い」
ソフィアが杖を滑らせる。
カイルの足元が凍った。
「しまっ――」
「終わり」
冷たい杖の先端が、カイルの喉元に触れた。
「……」
完敗。
カイルはその場に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「悪くない」
「……負けました」
「ええ」
ソフィアは杖を下ろす。
「でも、私が思っていたよりずっと強い」
「本当ですか?」
「うん」
ソフィアはカイルを見下ろす。
「少なくとも、昨日までのあなたなら今の私には一撃も届かなかった」
「……」
「でも今は」
一拍。
「三回、私に攻撃を当てられる可能性があった」
カイルは目を丸くする。
「それって……」
「普通じゃない」
ソフィアが言った。
「スキル無しの人間が、一日でここまで変わるなんて」
その言葉に。
カイルは黙り込んだ。
やっぱり。
何かがおかしい。
自分自身でも分かる。
「ソフィアさん」
「何?」
「俺って……」
言葉が止まる。
「本当に無能なんですかね」
ソフィアは答えなかった。
ただ。
しばらくカイルを見つめて――
「……少なくとも」
静かに言った。
「私が知っている『無能』とは違う」
その瞬間。
カイルの視界に文字が浮かんだ。
⸻
《条件達成》
《英雄級戦闘能力者との戦闘を経験》
《経験値を獲得》
《スキル抽選を開始します》
⸻
「……また?」
ソフィアが首を傾げる。
「何か言った?」
「いえ……」
文字が流れる。
⸻
《候補》
《魔力感知》
《魔法耐性》
《剣術》
《危機察知》
《精神耐性》
⸻
そして。
《ランダム選出》
《獲得》
《危機察知 Lv.MAX》
⸻
カイルの目が細くなる。
その瞬間。
背筋に――
ぞくり。
悪寒が走った。
「……?」
ソフィアも気づく。
「どうしたの?」
カイルはゆっくりと振り返った。
何もない。
水の流れる音だけ。
だが。
《気配察知》が。
《危機察知》が。
同時に反応している。
「……ソフィアさん」
「何?」
「何かいます」
「どこ?」
「分からない」
カイルは木剣を握り締めた。
「でも――」
冷たい汗が背中を伝う。
「俺たちを見てます。」
ソフィアの表情から笑みが消えた。
「……カイル」
「はい」
「そこから動かないで」
ソフィアが杖を構える。
「今度は私が戦う」
その瞬間。
ダンジョンの奥から。
低い声が響いた。
「――見つけた」
カイルの心臓が跳ねる。
ソフィアの目が鋭くなる。
「誰?」
返事はない。
代わりに。
遠くの闇の中で――
二つの赤い瞳が開いた。
「……人間の英雄」
「そして――」
赤い瞳がカイルを捉える。
「運命の蒐集者。」
カイルは息を呑んだ。
「……なんで」
自分しか知らないはずの言葉。
どうして。
こいつが知っている?
そして闇の奥から。
巨大な魔力が膨れ上がった。
ソフィアが杖を握り締める。
「カイル」
「はい」
「逃げるわよ」
「……え?」
「今の私たちじゃ、勝てない」
「……!」
英雄序列第67位。
そのソフィアが。
初めて。
「勝てない」
と言った。
闇の中から。
何かが、一歩。
こちらへ歩いてくる。
――ズン。
地面が揺れた。
そして。
その姿が、ゆっくりと明らかになっていく。
⸻




