無能と呼ばれた男
――五年前。
王都アルディアの朝は、いつも騒がしかった。
「おい見ろよ。」
「あいつだ。」
「スキル無し。」
「世界で唯一の無能。」
市場の人々が、一人の少年を見て笑う。
薪を抱え、黙々と歩く青年。
カイル・ウォーカー、十八歳。
この世界では、生まれた瞬間に誰もが一つ以上のスキルを授かる。
剣術。
魔法。
身体強化。
鍛冶。
料理。
どんな才能でも、一つは与えられる。
だが。
カイルだけは違った。
《所持スキル:なし》
その表示は十八年間、一度も変わることがなかった。
「おい、無能。」
一人の冒険者がカイルの肩をぶつける。
「今日は何だ? 薪割りか?」
仲間たちが笑う。
「剣も魔法も使えない奴が生きていける世界じゃねぇぞ。」
カイルは何も言い返さない。
ただ俯き、薪を拾い直す。
(……慣れてる。)
もう十八年。
笑われることも、見下されることも。
全部、慣れた。
それでも。
「カイル!」
その声だけは、いつだって彼の心を救ってくれた。
振り返ると、金色の髪を揺らしながらマリスが駆け寄ってくる。
「また無理して働いてたの?」
「姉さん……。」
「もう、お姉ちゃんがいるんだから、一人で抱え込まないの。」
そう言って笑うマリスに、市場の空気が少しだけ和らぐ。
誰もが知っている。
彼女は若くして剣聖の称号を授かり、人類最強候補とまで呼ばれる英雄だ。
それでも彼女は、英雄ではなく、一人の姉としてカイルに接していた。
「帰ろっか。」
マリスは自然にカイルの手を引く。
「今日はシチュー作るから。」
「……うん。」
その温もりを握り返しながら、カイルは小さく笑った。
この日常が、ずっと続くと信じていた。
だが、その運命は静かに動き始めていた。
王都のはるか北方。
黒い霧の中で、一人の魔人が目を開く。
「……見つけた。」
赤い瞳が、王都の方向を見据える。
「剣聖マリス・ウォーカー。」
「そして――スキルを持たぬ少年。」
不気味な笑みが闇に溶けた。
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