五年ぶりの再会
王都アルディア。
昼。
冒険者ギルドは、いつも以上に騒がしかった。
「聞いたか?」
「昨日の魔人の話だろ?」
「ああ。たった一人で倒したらしい。」
「しかも一撃だってよ。」
「英雄序列42位の部隊が苦戦してたんだろ?」
「それを一人で……?」
酒場の一角では、昨夜の事件について話す冒険者たちで溢れていた。
だが――
その話題の中心にいる本人は、そこにはいない。
カイル・ウォーカー。
彼は今、王都の北門を出ていた。
一人で。
黒い外套を羽織り、黒剣を腰に差している。
「……。」
歩く。
ただ、それだけ。
向かう先は決まっていた。
魔物が出現したという報告があった、北の森。
依頼を受けたわけではない。
報酬が欲しいわけでもない。
ただ――
魔人がいる可能性があるから。
それだけだった。
⸻
森の中。
カイルは足を止める。
「……三体。」
木々の向こう。
魔物の気配。
以前なら、気配を感じることすらできなかった。
今は違う。
五年間。
数え切れないほどの戦闘を繰り返してきた。
カイルの感覚は、もはや人間の領域を大きく超えていた。
「右に二。」
「……左に一。」
黒剣へ手を添える。
次の瞬間――
シュッ。
姿が消えた。
「ギャッ!」
一体。
「グルァッ!」
二体。
「――ッ!」
三体。
三度の斬撃。
それだけだった。
魔物たちは一歩も動くことなく倒れた。
カイルの視界に、文字が浮かぶ。
⸻
《討伐を確認》
《経験値を取得》
《スキル抽選を開始》
⸻
カイルは画面を見る。
「……。」
⸻
《獲得》
《身体強化 Lv.MAX》
⸻
「……もう持ってる。」
カイルは小さく呟いた。
すると画面が変わる。
⸻
《重複スキルを確認》
《既存スキルへ統合します》
《身体強化》
《効果上昇》
⸻
「……。」
カイルは興味なさそうに画面を閉じた。
昔なら。
一つスキルを手に入れるだけで、飛び上がるほど喜んだだろう。
だが。
今は違う。
五年間で手に入れたスキルは、すでに数え切れない。
それでも。
まだ足りない。
「……もっとだ。」
カイルは森の奥へ進んだ。
⸻
その頃。
王都アルディア。
冒険者ギルド。
「カイルが北の森に向かった?」
受付嬢が尋ねる。
「ああ。」
答えたのは、英雄序列第83位――
ダレン・クロウだった。
五年前と変わらない巨体。
ただし、その顔には以前より深い傷が増えている。
「目撃情報があった。」
「……そうですか。」
ダレンは窓の外を見る。
「五年か。」
小さく呟いた。
五年前。
十八歳だったカイル。
まだ何も知らず。
まだ何も持たず。
それでも必死に木剣を振っていた少年。
そして――
マリスが死んだ。
ダレンも知っている。
あの日。
王都に届いた報告。
剣聖マリス・ウォーカー――死亡。
魔王との戦闘により戦死。
その弟――
カイル・ウォーカー。
行方不明。
「……生きてたんだな。」
ダレンは拳を握る。
嬉しい。
本来なら、そう思うはずだった。
だが。
昨夜の報告を聞いてから。
胸の奥に、妙な不安がある。
「ダレン。」
背後から声がした。
振り返る。
「ソフィア。」
英雄序列第67位。
氷華――ソフィア・ルーメル。
彼女は一枚の資料を持っていた。
「北の森の魔物出現数。」
「……?」
「ここ三日で異常に増えてる。」
ダレンの表情が変わる。
「魔人か?」
「可能性が高い。」
「だったら俺が行く。」
「駄目。」
ソフィアが即答した。
「何でだ?」
「もう一人向かってる。」
「……カイルか。」
「そう。」
二人の間に沈黙が落ちる。
「俺も行く。」
「私も。」
「……。」
ダレンは苦笑した。
「五年前と変わらないな。」
「何が?」
「お前、昔からカイルを気にしてたろ。」
ソフィアは答えない。
ただ資料を握る手に力が入った。
「……確認したいだけ。」
「何を?」
「本当に、あのカイルなのか。」
⸻
北の森。
カイルは歩き続けていた。
森の奥へ。
さらに奥へ。
やがて――
空気が変わる。
「……。」
カイルが止まる。
濃い魔力。
普通の魔物ではない。
「魔人か。」
前方。
巨大な岩の上に、一体の魔人が座っていた。
黒い鎧。
二本の角。
巨大な槍。
「来たか。」
魔人が笑う。
「待っていたぞ。」
カイルは剣を抜く。
「……名前は?」
「俺か?」
魔人が立ち上がる。
「グラド。」
「魔王軍の魔人だ。」
「そう。」
カイルは構える。
グラドは笑う。
「随分と冷たいな。」
「もっと怯えろ。」
「お前の姉――」
その瞬間。
空気が変わった。
「……。」
カイルの瞳から感情が消える。
グラドはニヤリと笑った。
「やはり効いたか。」
「マリス・ウォーカー。」
「五年前、魔王様に殺された――」
「黙れ。」
低い声。
「姉の名を。」
一歩。
「お前が。」
さらに一歩。
「口にするな。」
グラドが槍を構える。
「怒ったか?」
「なら――」
「死ね!!」
巨大な槍が突き出される。
――ドンッ!!
木々が吹き飛ぶ。
しかし。
カイルはいない。
「な――」
背後。
「遅い。」
「――ッ!!」
ズバァッ!!
グラドの肩が斬り裂かれる。
「ぐおおおおお!!」
「何だ……今の……。」
グラドが振り返る。
カイルは剣を構えたまま立っている。
「五年前なら。」
カイルが呟く。
「お前の攻撃は避けられなかったかもしれない。」
「……?」
「でも。」
黒剣を握り直す。
「今は違う。」
グラドの顔が引きつる。
「ま、待て。」
「俺は十二魔人ではない。」
「お前が殺すほどの――」
「関係ない。」
一瞬。
カイルの姿が消えた。
次の瞬間。
グラドの身体に無数の斬撃が走る。
「――ッ!?」
そして最後。
カイルが目の前に現れる。
「終わりだ。」
一閃。
グラドの首が宙を舞った。
巨体が倒れる。
静寂。
カイルは剣を鞘へ戻した。
「……。」
その時。
背後から声が響いた。
「……カイル。」
カイルの足が止まる。
聞き覚えのある声。
五年前。
何度も聞いた。
そして。
最後に聞いたのは――
マリスが死ぬ少し前だった。
「……。」
振り返る。
そこに。
二人の人間が立っていた。
ダレン。
そして――
ソフィア。
「……。」
五年ぶり。
三人の視線が交差する。
ダレンは言葉を失っていた。
ソフィアも同じだった。
目の前にいる男は。
確かにカイルだった。
銀色の髪。
黒い瞳。
同じ顔。
だが。
まるで別人だった。
「……カイル。」
ダレンが一歩近づく。
「本当に……お前なのか?」
カイルは答えない。
「俺だ。」
ダレンが笑う。
「覚えてるか?」
「五年前。」
「一緒にダンジョンに行っただろ。」
カイルの瞳が僅かに揺れる。
「……覚えてる。」
「そうか……。」
ダレンの目に涙が浮かぶ。
「生きてたんだな。」
「……。」
カイルは視線を逸らす。
「どうして……。」
ソフィアが口を開く。
「どうして、何も言わなかったの?」
「……。」
「五年間。」
「どこにいたの?」
「何をしていたの?」
「どうして――」
「ソフィア。」
カイルが遮る。
「もういい。」
「……え?」
「昔の話をする気はない。」
ソフィアが黙る。
ダレンが一歩前へ出る。
「カイル。」
「……。」
「俺たちと一緒に来い。」
「嫌だ。」
即答だった。
「……。」
「もう誰とも組まない。」
ダレンの表情が曇る。
「なぜだ?」
カイルは答えない。
ただ。
倒れた魔人を見る。
「一人なら。」
静かに呟く。
「誰も死なない。」
ソフィアの胸が締め付けられる。
「……カイル。」
「俺のために誰かが死ぬのは、もう嫌なんだ。」
その言葉だけは。
昔のカイルと変わらなかった。
優しい。
だからこそ。
誰かを失うことを恐れている。
「だから。」
カイルは二人を見る。
「俺に近づかないでくれ。」
「……。」
「俺はもう――」
黒剣を握る。
「昔のお前たちが知ってるカイルじゃない。」
そう言って。
カイルは歩き出した。
「待って!」
ソフィアが叫ぶ。
だが。
カイルは振り返らない。
ダレンも追わなかった。
ただ。
その背中を見つめる。
「……あいつ。」
ダレンが呟く。
「一人で、何を背負ってやがるんだ。」
ソフィアは答えなかった。
ただ。
カイルが去っていった方向を見つめていた。
「……違う。」
「ん?」
「昔のカイルじゃないんじゃない。」
ソフィアが小さく呟く。
「昔のカイルを……。」
「自分で閉じ込めてる。」
⸻
森の中。
一人になったカイルは歩いていた。
そして。
誰にも聞こえない声で呟く。
「……ごめん。」
五年前。
姉の死。
そして。
その後に続いた五年間。
何度も仲間を失った。
何度も救えなかった。
何度も思った。
――自分がもっと強ければ。
だから。
もう決めた。
「俺は一人でいい。」
カイルは空を見上げる。
月明かりが黒剣を照らす。
その時。
視界に文字が浮かんだ。
⸻
《新たな討伐対象を確認》
《対象:十二魔人候補》
《推定危険度:SS》
⸻
カイルの瞳が僅かに細くなる。
「……十二魔人。」
初めて。
五年間追い続けてきた存在の一角が。
姿を現そうとしていた。
カイルは黒剣を抜く。
「……行くか。」
そして。
闇の中へ消えていった。




