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黒剣の男

――王都アルディア。


五年前。


この場所で、一人の剣聖が死んだ。


そして今。


同じ王都の夜道を、一人の男が歩いていた。


黒い外套。


腰には一本の黒い剣。


銀色の髪は、かつてより少し長い。


そして――


何より変わったのは、その瞳だった。


黒い。


何も映していないような、冷たい瞳。


「……。」


男――カイル・ウォーカーは、誰とも言葉を交わさず歩いていた。


年齢、二十三歳。


五年前。


姉、マリス・ウォーカーを失った男。


現在。


彼を知る者は、ほとんどいない。


いや。


正確には――


誰も、彼のことを知らない。


彼がどこに住んでいるのか。


どこで戦っているのか。


どれほど強いのか。


何を目的としているのか。


誰も知らない。


ただ一つだけ。


魔族側には、奇妙な噂が広がっていた。


――黒い剣を持つ男に遭遇したら、逃げろ。


それだけだった。



王都から少し離れた森。


そこには小さな村があった。


夜。


村人たちは家の中に閉じこもっている。


外から聞こえるのは――


「ギャアアアアッ!!」


魔物の咆哮。


「た、助けてくれ!!」


「魔人だ!!」


「誰か、英雄を呼べ!!」


村の中央。


数十体の魔物を従えた、一体の魔人が立っていた。


赤黒い肌。


二本の角。


巨大な斧。


魔王軍――魔人。


その強さは、一般の魔物とは比較にならない。


村を守っていた冒険者たちは、すでに地面に倒れていた。


「弱い。」


魔人が笑う。


「人間は本当に弱いな。」


その時。


遠くから複数の足音が聞こえた。


「いたぞ!」


「英雄序列の部隊だ!」


「助かった!」


村人たちから歓声が上がる。


数人の冒険者を率いて、一人の男が現れた。


胸元には銀色の英雄章。


英雄序列・第42位。


「全員、村人を守れ!」


「魔人は俺たちがやる!」


「了解!」


戦闘が始まった。


炎。


剣。


矢。


魔法。


一斉攻撃。


しかし――


「遅い。」


魔人が腕を振る。


ドゴォォォン!!


数人の英雄が吹き飛ばされた。


「ぐあっ!!」


「隊長!」


「まだだ!」


隊長が立ち上がる。


血を吐きながら剣を構える。


「こいつを村に入れるな!」


魔人が笑った。


「その程度で俺を止めるつもりか?」


巨大な斧が振り下ろされる。


「――ッ!!」


ガキィィィン!!


隊長の剣が砕けた。


「な……」


魔人の拳が迫る。


その瞬間。


――ザシュッ。


魔人の腕が落ちた。


「……え?」


隊長の目が見開かれる。


魔人も理解できていない。


何が起きた?


どこから攻撃された?


そして――


村の入口に、一人の男が立っていた。


黒い外套。


黒い剣。


銀色の髪。


「……誰だ?」


隊長が呟く。


男は答えない。


ただ魔人を見る。


魔人の顔から笑みが消えた。


「貴様……」


カイルはゆっくり歩く。


「ま、待て。」


初めて。


魔人が後退した。


「俺は魔王軍の魔人だぞ。」


「貴様が何者か知らんが――」


カイルは止まらない。


「俺を殺せば、魔王様がお前を――」


「興味ない。」


初めて声を出した。


低く。


冷たい。


感情のない声。


魔人が怒鳴る。


「ふざけるなァァァ!!」


残った腕で斧を振り上げる。


カイルは剣を抜いた。


――一閃。


音すら遅れて聞こえた。


魔人の身体が真っ二つに裂ける。


ドサッ。


静寂。


誰も動けなかった。


数秒前まで村を蹂躙していた魔人が。


たった一撃で。


死んだ。


カイルは血を振り払う。


そして――


魔人の死体へ手を伸ばした。


その瞬間。


カイルの視界にだけ、文字が浮かぶ。



《討伐を確認》


《対象:魔人》


《経験値を取得》


《スキル抽選を開始します》



カイルは画面を見る。


しかし。


何の感情もない。


「……。」


しばらくして。



《スキル獲得》


《魔力感知 Lv.MAX》



カイルは画面を閉じた。


「……。」


そのまま村の外へ歩き出す。


「ま、待ってくれ!」


隊長が叫んだ。


カイルは止まらない。


「あなたは……何者なんだ!?」


そこで初めて。


カイルが振り返った。


「……。」


隊長と目が合う。


その瞳を見た瞬間。


隊長は言葉を失った。


怖い。


強いからではない。


そこに――


生きることへの執着すら感じられなかった。


「名前だけでも!」


「……カイル。」


それだけ言って。


カイルは闇の中へ消えていった。



翌朝。


冒険者ギルド。


昨夜の事件は、すでに王都中へ広がっていた。


「魔人が一撃だって?」


「嘘だろ?」


「第42位の部隊が全滅寸前だったんだぞ?」


「誰が倒したんだ?」


ギルド職員が報告書を読む。


「……名前は、カイル。」


「カイル?」


「それだけ?」


「はい。」


「姓は?」


「……ウォーカー。」


その瞬間。


ギルド内の空気が止まった。


「……ウォーカー?」


「まさか。」


「剣聖と同じ……?」


誰かが小さく呟いた。


「マリス・ウォーカーの……弟?」



その噂は。


数時間もしないうちに王都中へ広がった。


そして――


一人の女性の耳にも届いた。


「……カイル?」


銀白色の髪。


青い瞳。


英雄序列――第67位。


ソフィア・ルーメル。


彼女は報告書を握り締める。


五年前。


彼女が最後に見たカイルは――


まだ十八歳だった。


優しく笑う少年。


マリスの隣で、少し恥ずかしそうにしていた青年。


「……まさか。」


ソフィアは首を横に振る。


「そんなはず……。」


だが。


報告書に書かれていた名前は間違いない。


カイル・ウォーカー。


ソフィアは椅子から立ち上がる。


「……会わないと。」



その頃。


王都の外。


森の中。


カイルは一人で歩いていた。


誰もいない。


誰にも話しかけられない。


それでも。


カイルは立ち止まる。


空を見上げる。


五年前。


姉が死んだ夜と同じような月だった。


「……姉さん。」


小さく呟く。


そして――


腰の黒剣を握る。


「あと少し。」


その言葉には。


初めて、ほんの僅かな感情が混じっていた。


憎しみ。


怒り。


そして――


決意。


「必ず殺す。」


魔王。


四天王。


十二魔人。


姉を奪った者たちを。


一人残らず。


だが。


その直後。


カイルの脳裏に、別の光景が浮かんだ。


――倒れている仲間。


――血に染まった手。


――自分の目の前で消えていく命。


カイルは目を閉じる。


「……もう、誰も。」


拳を握る。


「俺のせいで死なせない。」


だから。


一人でいい。


一人なら。


誰も失わない。


「俺一人で十分だ。」


カイルは再び歩き始めた。


その背中は。


五年前とは、あまりにも違っていた。



そして王都では。


まだ誰も知らない。


昨夜殺された魔人が――


十二魔人の一人ではなかったことを。


そして。


その死を知った魔族領では。


一体の魔人が、静かに目を開いていた。


「……カイル・ウォーカー。」


赤い瞳が細くなる。


「生きていたか。」


男は笑う。


「ならば……」


「次は、こちらから会いに行こう。」


――

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