旅立ちの朝
王都アルディア。
十二魔人襲撃事件から一週間。
街には、少しずついつもの活気が戻り始めていた。
市場には笑い声が響き、子どもたちは広場を駆け回る。
まるで何事もなかったかのような日常。
しかし、その裏では王国中の空気が変わっていた。
「十二魔人が現れた。」
その事実だけで、人々は恐怖を覚えていた。
そして、その戦いで名もなき一人の青年が最後まで立ち向かったことは、まだごく一部の者しか知らない。
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早朝。
王都郊外の訓練場。
カイルはいつものように木剣を振っていた。
一回。
十回。
百回。
千回。
汗が地面へ落ちる。
腕は重い。
それでも止まらない。
「随分早起きだな。」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、ダレンが腕を組んで立っている。
折れていた腕も、治療のおかげでほぼ元通りになっていた。
「ダレンさん。」
「傷は?」
「もう大丈夫です。」
「そうか。」
ダレンは一本の剣を差し出した。
鞘に収まった、質素な鉄の剣。
「これ……。」
「木剣は卒業だ。」
「今日から相棒にしろ。」
カイルは目を丸くする。
「でも、高いんじゃ……。」
「気にするな。」
「俺のお下がりだ。」
そう言って笑うダレン。
カイルは両手で剣を受け取った。
ずっしりとした重みが伝わる。
「ありがとうございます。」
「礼を言うのはまだ早い。」
ダレンは真剣な表情になる。
「これから先、お前が進む道はもっと厳しい。」
「英雄。」
「魔人。」
「そして魔王。」
「強くなれ。」
「誰よりも。」
「……はい。」
その返事には、以前のような迷いはなかった。
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昼。
冒険者ギルド。
「カイル。」
ソフィアが小さく手を振る。
「これ。」
差し出されたのは、一冊の古びた本だった。
『古代魔導理論』
「私の研究書です。」
「えっ?」
「貸します。」
「魔法は使えなくても、知識は武器になります。」
カイルは本を受け取り、少し苦笑した。
「実は勉強、苦手なんです。」
「知ってます。」
「え?」
「顔に書いてあります。」
ソフィアは小さく笑う。
珍しく、少しだけいたずらっぽい笑顔だった。
「でも。」
「あなたなら読めます。」
「必ず。」
「……頑張ります。」
二人は顔を見合わせて笑った。
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夕方。
帰宅したカイルを待っていたのは、シチューの香りだった。
「おかえり!」
エプロン姿のマリスが笑顔で迎える。
「今日もシチュー?」
「今日は特製!」
「昨日も特製だったような……。」
「気のせい!」
二人は思わず笑った。
食卓を囲みながら、マリスが静かに尋ねる。
「ねぇ、カイル。」
「なに?」
「これからどうしたい?」
カイルは少しだけ考える。
そして、真っ直ぐ前を向いた。
「もっと強くなる。」
「誰にも負けないくらい。」
「姉さんを守れるくらい。」
マリスは少しだけ困ったように笑う。
「だから、お姉ちゃんは強いって。」
「それでも。」
「いつか絶対。」
その真剣な瞳を見て、マリスは優しく頭を撫でた。
「じゃあ約束。」
「約束?」
「もっともっと強くなって。」
「そして。」
「二人で平和な世界を見に行こう。」
「うん。」
「約束。」
二人は小さく笑い合った。
その約束が、五年後には果たされないことを、まだ誰も知らない。
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同じ頃。
魔族領。
巨大な神殿の最深部。
十二人の魔人が円卓を囲んでいた。
その最奥。
漆黒の玉座に、一人の男が座る。
ブラッド。
十二魔人最強。
彼は静かに立ち上がった。
「全員揃ったな。」
誰も口を開かない。
張り詰めた空気。
ブラッドはゆっくりと口を開いた。
「計画を変更する。」
「人類ではない。」
「狙うべきは、一人だけだ。」
赤い瞳が妖しく光る。
「カイル・ウォーカー。」
その名を聞いた瞬間。
十二人の魔人たちが静かに笑った。
「必ず連れてこい。」
「殺すな。」
「奴には、まだ役目がある。」
その言葉だけを残し、神殿は静寂に包まれた。
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翌朝。
王都アルディア。
朝日が昇る。
カイルはダレンから譲り受けた剣を腰に差し、王都の門の前に立っていた。
ソフィアが微笑む。
「準備は?」
「できました。」
ダレンが拳を突き出す。
「今日から本当の修行だ。」
マリスも笑顔で手を振る。
「いってらっしゃい。」
カイルは三人を見渡した。
守りたい人たち。
追いつきたい背中。
そして、いつか必ず越えたい壁。
静かに剣の柄へ手を添える。
(待ってろ。)
(英雄。)
(十二魔人。)
(四天王。)
(魔王。)
(俺は必ず――。)
(世界最強になる。)
朝日が青年の背中を照らす。
その一歩は小さい。
だが、その足跡は、やがて世界の運命を変える伝説の始まりだった。
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