第11話
もう誰もいなくなった。少なくとも女連中は。
(誰もいない?となれば、こんな広い屋敷、無駄な空洞でしかないわ。ただでかいし、だだっ広いし、人もいない。たった少人数で、広大な屋敷を利用する。効率が悪い、しかないわ)
忙しくして頭は動かすけれど、同時に庭の天然石の腰掛けを拭く。
(誰もいない。つまり、私の好きに出来るわね)
久子は、資金集めをせねばならない。休んでいる余裕も時間もない。ただ考えることは、資金集めだ。
(いろいろあっちの側も来るし、服もいいけど、飲み物を出す?施薬院も満員で、薬屋も必要だろうし、ああ、いっそ、店も何でも屋にしようかしら?一応、農村の人らも来るし、都への通り道からも来るし、地方からあちこち来る。若様は都の政府に資金を用立てたり、朝廷の要人だし、政府のエライ人らも来る。店こそ、万能のほうがいい。ああ、こんな広い屋敷、考えたら、可能性の塊じゃない。無駄に放置したら、もったいない。そうよ、良いこと思い付いた。あらゆる方向で、万事稼ぐ体制にしておけばいいじゃない。若様のためにも、資金作りになる)
「ねえ、竹兵衛、若様の食うとか、乱心とかって、どの女でもするの?」
こっそり、横にいた竹兵衛に聞いた。
「女?いや、若様は今まで女に興味がなかった。女に見向きもしたことがない。戦いに明け暮れ、ずっと戦いだったな。若様の女ってどっかいるの?一般の人らが逃げ出すのは、夜の乱心っぷりに、本当に食われかけて逃げる。つまり、逃げるというより、避難する、というほうが合ってるかな。ここにいたい奴や居残りたい奴はいっぱいいるけれど、牙向けられて、噛まれて、食われたら、いたくてもいれないだろ。自然減だよ、自然減。退避するわけ。でも、人間は食わない。若様もそれは見境ある。久子姉貴も、食われかけた?でも、食われてないだろ?」
竹兵衛は子供だから、久子の疑問の意味を解さず、素朴な返答を返してくれた。
いたい・・・・いそがしい・・・いたい・・・・
「いらっしゃいませ」
ここにいたら、容赦なく人が来る。
今度はうらぶれた都落ちのご主人様だ。
「若様、お疲れでしょう。こちらへ」
長い髪を垂らしてぼさぼさ、着物は破れて、埃だらけ。おそらく外で戦って来たのだろう。
「温かい飲み物をどうぞ」
天然石の座席にどっかりと座ったぼろぼろの男を見て、久子は梅昆布茶を出した。
普段なら文句を言うだろうが、今は言う気力もない。
じゃり・・・と音がして、誰かが来た。見て見たら、横柄な目つきで人を見下している。阿修羅丸だ。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
またご主人様を殺しに来たのだろうか?それをさせぬためにも、久子は出迎えて、店のように通した。
「ふん・・・」
気に入らないが、阿修羅丸はとりあえず、争う気はないようだった。
(ここはよくは分からない人らが来るところだ)
意味はない。ただ、運命が交差する。封じられた方替えの地だから。
前に会った時は、次に会ったら殺すと言われていたが、戦場で、と言うことだった。だから、今日は構わない、ということだ。
「日本の沖で、怪物退治をして来たか。今回は俺の負けだな。だが、重傷を負ったお前。いい気味だ」
「お前、どうして・・・私と争うばかりする?」
「お前を苦しめるために存在しているからだ」
「争いを止めないのか?もう十分だ」
「十分かどうかは、お前が決めるのではない。俺が決めること」
「もう十分だ。昔のお前に戻ってくれ」
阿修羅丸は最初は怒っていたが、何か言いかけて、止めた。ため息をついた。そして振り向き、久子にちょいちょいと手で招く。
「囲碁を持って来てくれるか?」
久子は急いで持って来た。女衆がいないから、なかなか見つからなかった。置くと、二人は慣れた手つきで、碁石を置き出した。長い間してなかったことを、久しぶりに手探りで、二人とも思い出しながらしていた。
「久しぶりだな。こうして対面するのは」
「昔はよくやったなあ、仲安、もう、止めよう、戦い合うのは」
「俺は地獄の悪鬼となった。もう変れない」
「私は、お前に戻って来て欲しい」
「一度、死んだのだ。お前が殺した」
「誤解だ。計画などに賛同してない。私はいつだって、お前優先だった」
「お前は体制側の人間だ」
「戻って来い。仲安」
久子はお菓子ののった皿と、温かい飲み物を二人の机に出した。二人は何気なく菓子に手を伸ばし、飲み物を飲みながら、囲碁を続けた。
(ここで、こうして甘味処をやるのはいいわね)
二人のバケモノがくつろいで、何事かを語り合うことができる。バケモノ同士が涙でぶつかり合うこともできる。
いろいろ商売はあるけれど、ここでやるなら、大勢のバケモノが来てもいい。今後、そういうところにする。人と共に、利用しながら。それこそ、よろず、と久子は己で合点して、うなづいた。
(これだけ大きなお屋敷。利用活用度は高いわ)
「俺はもう地獄の鬼。仲間は鬼。こうして人間でいるフリするのも、ばかばかしい。お前がいくら優しくしても、俺は人間に戻る気はない。だから、もう、俺のことで悩むなよ?」
「私はお前に戻って来てほしい」
「バカだなあ。顔を見せたら悪かったなどと言われても、お前の良心が許さないだけだろ。俺のためではない。お前のためだ。お前の正義心のため。お前の心の傷など、一生つけておけ、せめて、それが俺のためになる」
「どうして、お前は私の言うことを聞かぬ。お前は変わらぬ。お前が戻って来るのなら、何でもする。藤原氏が反対しても、反対する奴らを抑え込む。実頼だって、排除する」
「忠平の後継者だぞ。次の長い政権を担う。たてついたら、お前も道真公のように貶められる」
「やってやる、全世界を敵に回しても」
(あーあ。なんだか・・・)
男女の痴話げんかみたい。
「ふうん、俺に何でもくれるってわけね。俺もそこまで大事にされているのじゃあ、せっかくだし、考えてみようかな。じゃあ、あの女の子、俺にくれる?若くてピチピチしていて、男の格好していて、お小姓みたい。でも、女の子らしさが残っていて、可愛い。純粋そうだし、血も新鮮そう。娘は良い頃合いにいただかないとなあ。地獄じゃ、死んだ婆さんとか恨みっぽい女子ばかりで、ピチピチしたのが懐かしくて。くれ。俺が美味しくいただく」
「あの子は私の家来だ。身寄りがなく、苦労している奴隷の子だぞ」
「だから、何だ?若い子と付き合いたいんだ。なんだ?何でもくれるって言っただろ」
「ならぬ。うちの者に手を出すな」
どっかん。と、その時、家が吹き飛んだ。怒った若様が暴れて、机を叩いたら、その勢いで、母屋まで吹き飛んだのだ。
「おお、こわ、なぜそこまで怒る?」
「若い女子を平然と手にかけるとは、この悪鬼め」
「俺に何でも差し出すのでなかったか?」
「痛い目を見せて、目を覚まさせてやる」
そこでまた、阿修羅丸と涼影の戦闘が勃発した。
(ええと・・・時間がかかりそうね。帳簿でもつけよう)
バケモノとバケモノの戦いなど、もう見慣れた久子だ。これは続くと踏んだ。
人がいなくなり、家令の爺やだけでは仕事が回らないのだ。そんなところに構っているわけにはいかない。
もう人も来る気配もない。こんなバケモノ屋敷だ。鬼も出るし、鬼の性的嫌がらせもある。若い女子は特に無理だろう。
(まあ、若様が男前であるから・・)
次など期待してはいけない。そんなことは久子は一切、思ってない。使用人がまさか夢を見てはいけない。
(あれは事故ということで)
「またあいつらか。離宮の中だし、ここのやり合いはいくらやっても、外に出ないしね、しーらね」
屋敷に入りかけて、遠くの空に浮かんでいる人を見た。晴明だ。けど、晴明も消えた。
おそらく晴明も、あの二人は勝手にやってろと放置したのだろう。
「お前、お小姓好きなのか?」
「わ、私はお小姓好きではない!」
改めて、若様はそばのお小姓ためには、家も壊す、という噂が立った。




