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君に捧げる甦りの宝珠  作者: rーei
第4帖 京の嵐の乱 閑散後宮での罠 前編
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第9話

 日の高さをみたら、けっこう時間を消費していた。

 急いで、元の道を戻った。

 門をくぐったら、そこに涼影が待っていた。

「だ、旦那様、だんなさまあっあ、ああ、会いたか、い、あの、あの・・・」

 久しぶりに涼影を見た気がした。

 赤色に染まる夕日を受けて、若様は明るく輝く。大人しく地味だが、品があり、風格がある。優雅で、落ちついた雰囲気が漂う。いつもの若様だ。

「遅かったな。何かあったか?」


 竹兵衛みたいに喜びを全身で表したかったがやらない選択をした。下っ端下女が、高貴な貴人に抱き着いてはならない規律は厳しい。モフモフしたら、さぞ鬱憤が晴れるのに。

(でも)

「ん?」

 全てを見通している遠い鋭い目と、柔らかさをもつ涼影を見て、言うのも、久子は思いとどまった。

 阿修羅丸に会ったってことを言ったら、また涼影は気を荒立てるだろう。阿修羅丸のことで気を逆撫でするのは、この屋敷ではご法度だ。

 急ぎ買い出しが必要なほど、皿が割れるのも、たびたび涼影が暴れるからだ。この屋敷では怒らせることは、してはならない。暗黙の規則だ。

 そう気づいて、ご主人様を怒らせる要素は削除、と直観が告げた。

 鋭く光る目はこちらも壮絶だ。

 あちらは悪鬼。こちらは幽鬼・・か。

「い、いえ、何でもないです。あ、明日の昼餉はどうします、?と聞きたかったのです」

「明日の昼?まだ今日の夜もまだだが?久しぶりに会って、明日の昼餉?を聞きたかったのか?」

「あ、はい・・・えへへへ、旦那様、いつ帰って来てました?」

「ついさっきだ」

 最初見た時、呑気で地味で大人しい若様と思ったけれど、よく見たら、澄み渡った青空のような荘厳さと共に、泉の沸き上がる冷たさを秘めている。

 涼影の気を荒げる、阿修羅丸のことは、触れてはならない傷だ。

 阿修羅丸の名を聞いた時点で鬼と変わり、阿修羅丸に怒り、追いかけて行くだろう。そうなると、久子や爺やでは止められない。

(あ、阿修羅丸なんて、勝手に、出て行けばいいわ。ときどき遊びに来るだけだし、あんな奴、放っておくのよ。まだご回復してない若様が、鬼になって追いかけていって、具合を悪くさせたらそれこそ、ピンチよ。今は若様の回復が優先する、あんな奴、どうせまた出てくる。そっちは、晴明が監視してるでしょ)

 全てを見通すほどの涼影の落ち着いた目だ。久子は胸がどきりとした。けれど、若様は深淵な目で、微笑んだだけだった。

「だ、旦那さ、ま。あの、くれた屋敷、あれぜんぶ、旦那様の?」

「そう、あのあたり一帯を私が買い占めた。お前の主人は私。ずっとな」


 確かに久子の身分はまだ奴隷だ。奴隷なら証文を持ち出されたら売りに出されるが、土地つきの奴隷にしておけば、何かあった時に地主の問題にもなる。土地がある限り、久子は二度ともう、奴隷には売られないということだ。若様が土地を売らない限り、久子はどこにも売りに出される心配はなくなった。


 若様はすこし照れた様子で、腕組みして空を見上げながら言った。


「考えてもみろ、銭銭とばかり言うお前が、他人の家に乗り込んだら、生意気だとすぐ追い出される。仏頂面でぼーっとしていて、銭しか考えてないから、持ち主も困るぞ。油断すると、すぐ銭だの、売り買いだの、言い出す。だから、私がお前をしっかり見張ってないとな」


 久子は証文で口元を隠して笑った。若様の心遣いが嬉しかった。

(嬉しい。若様のご褒美。褒賞)


「代わりにと言っては何ですが、かかった費用とそれの倍、ご主人様を豊かにします」


 新たな目標を立てて、久子はそう言った。


 失った土地が帰って来た。

 久子は地券を抱き締めた。






 軟膏を手に入れた。何でも治る軟膏と言う。合子二つしか手に入らなかったが、人力で作っているので生産量はそれぐらいだと言う。色はうっすらと緑がかっている。

 

「わあ、綺麗な色の軟膏。これ、傷でも治るの?」


 薬草園の中で、薬草の手入れをして、竹兵衛と簀子縁で、敷物に広げた軟膏の蓋をのぞき見た。


「うん、何でも塗ったら効くらしい」


「へえ、すごいや。売るの?」


「そう。とても良い品だから、高値で売れると思う。蜜ろうと薬草の具合が絶妙。ほら、さらさらして、伸びがある。でも、腐らない。薬の成分も有効。とても手の込んだ製法で作っているからよ。これは逸品。でもわずかしかない。だから、売らないでおこうかと」


「ふーん?人間界のことは分からないや、姉貴の好きにして、俺は掃除や、見回り警護番で頑張るよ」


 そう言って、竹兵衛は鞠を追いかけて、走っていった。


(橘の花は今年、咲くかな?)


 果樹というのは、実るまで何年も成長することが必要だ。適正な生息条件がないと、さらに遅れるらしい。はやく成長するようにと、久子は橘や他の果樹の草木の手入れを続けた。


 橘の実は不老不死の霊薬と同じ。確か、昔の歴史書だったか。

 橘はまた邪気を払う。

 内裏の御所、帝のおられる紫宸殿にも、右近の橘が植えられている。


(この一度もついたことがない、珍しい木の実がついたら・・・・ご主人様の病気も治るかもしれない)


 

 久子は果樹の葉っぱを見て回った。成長具合は良い。他の果樹は花も咲いた。薬草園の草本類も、今が盛りの花を咲かせていて、とても綺麗だ。


(薬草にはまだいろいろな種類がある。ここにさまざまな、薬草もまた植えよう)


「花が綺麗だな」


 気づくと、背後に若様が来ていた。


「あれ、若様?どうして・・・」

「ちょっと、散歩して立ち寄ってみた」


 若様は庭木の花を触ってみたり、薬草をつまんでみたりし、興味深そうにしている。どうやら、散歩がてら、ここまで来たみたいだ。


 裏庭の倉庫類があるところで、むさくるしさばかりが目立つ場に、座る敷物も上等なものもなく、久子は申し訳なく思った。それでも、縁側にワラで編んだ敷物を出すと若様はよいしょと機嫌良く座った。


「あのー、大した飲み物もありませんが、薬草茶があります」

「いただこう」


 干したスギナを炒った茶を煮だしていたのがちょうどあったので、久子は入れて出した。若様はうまそうに飲む。


 竹兵衛は嬉しがって走って来て、若様の膝の上に乗って丸くなって寝る。そのまま遊び疲れて、寝てしまった。いつも昼寝の時間だ。


 久子は、そうだ、と軟膏を取り出した。

 

「この軟膏、若様の鬼に、塗ったら、治るのでは?」 


 若様は気軽に散歩しにでも来て、久子のやることを興味深く見ていたようだが、ふと、止まる。そして、真面目に答えてくれた。


「私の鬼は、治さない。帝のために」


 そうか、と久子も己を改めた。若様のためにはなるけど、帝のためにはならない。そう分かっていることを、若様がするわけがない。分かってはいた。


(確かに、若様が鬼を入れたのは、ご兄弟である帝のため)


 久子も爺やも、若様の体を直したいのに、根源の理由が解消されないことには難しい。もし、同意があるのなら、陰陽師の賀茂忠行殿らに頼めば、何か手だてはあるだろう。だが、涼明はそれも、一貫して取り合わなかった。


(ああ、ご主人様は帝第一。それは当然、そうか)


 ご主人の考えを深く読み取れてなかった久子は反省した。


「なんだ、お前、バケモノ軟膏を仕入れて来たのか。そんなものを涼明に塗って、治そうとする。そのはした根性が痛ましい」


「なっ・・・」


 怨霊だの鬼だのと思うと、晴明が出て来るが、この時も若様の背後から、なぜか晴明が出て来て、思いっきり嫌味混じりのことを言われた。


 晴明にもボロカスとは、軟膏は評判が悪いでないか。


「なんだ、お前、来てたのか?」


「見回りだ。宮は、俺のものでもある」


 ご主人様は衛府の職位についていて、一応、都の警護の要だ。晴明と共に、日ノ本も守っている。


 普段は出仕は控えている。それは体調のせいと、皇太后穏子のためだ。だが、本当は都へ出て、かなりいろいろ、動いている。そのため、若様の体調の悪化の波が激しい。


 若様の体調は一進一退だ。


 久子はよりいっそう、薬草園で、薬草の調合に研究を費やした。薬草の効能、薬草の製造法、調合の種類、効果をどう高めるか?など、いろいろ試した。土づくりまでこだわり、中の土の中まで手を入れた。


(何でも道理がある。道理があれば、筋道も立つもの。鬼が入ったのなら、鬼を押さえる道理も筋道もあるはず。いきなり、陰陽師の法は学べない。陰陽師はお札や式神、印を結んだりするけど、あれは霊力が元手で、いくら学者で研鑽を積んでも、陰陽師と同じことは出来ない。なら、薬は?体の安定なら、薬で筋道を立てられるものもある。人間だもの)


「若様、では、包帯を再度変えましょう」


 若様の傷に巻く包帯も、傷の悪化のために再々、変えねばならない。もう久子の介抱に慣れた若様も慣れた様子で、美味しそうに雑草茶を飲みながら、任せる。


「お前の塗り薬の鎮静薬もよく効く」


 久子の作った痛み止めだ。若様の傷の塗り薬に入れているが、若様はよく気に入っている。


「なら、若様、一度、お試しになってみては?あれも・・・」


 再度、何気なく言ってみた。具合が悪そうだし。


「私は今のままでいい。帝の御ため、鬼を身に秘めているのだ。鬼を外に放ったら、帝にまた取りつかないとも限らない。私は今のままでいい」


「だったら、鬼そのものを消す。鬼を無害化する。そのために、いろいろ薬や治療を試してみませんか。それならいいですか?」


「私はこのままで」


 若様は考えていたが、結局、そう言った。


 若様は傷も直さず、今のままでいい、と言う。


 帝の御ため、変わることは出来ないと言う。ならまた、若様の鬼が暴れる。今のままでは、同じことの繰り返しだ。


 同じご兄弟である帝の御ためであることだ。分からないわけではない。若様の性格を考えたら、仕方ないかもしれない。でも、そこまでして若様が耐えねばならないだろうか?久子は考える。もっと他に何か手だてがないだろうかと。


 若様がたった一人で背負わされているように思う。若様は何も言わないけれど、若様がそこまで思っている精神力だって限界に来ている。


 久子は若様にもとに戻って人間らしい幸せもしてもらいたい。




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