第6話
「久子ちゃん?私だよ、山川。ちょっと話があって来たんだ」
(あれ?山川のおじさん?)
屋敷に帰る途中で、知り合いがいたので立ち止まった。
父の友人の山川のおじさんだ。ちょうどいい。久子も聞きたいと思っていたところだ。
「そうか。ここにいるって噂で、聞いて、心配してたんだよ。こうなったって聞いたのは、最近で、だから見つかって良かった」
話を聞いたのは、あの義母親子からだろうか。何か良からぬ気配を感じる。
「お前の父からお前のことは頼まれていた。だから、私が引き取ろう」
「引き取ると言ったって・・・どうするのですか?」
山川のおじさんは父より上の中年の男だ。白髪交じりの髪で、中年太りし、父と同じく、万年下級官吏。農家もやっているだろう。他の商売も。わずかでも棒給が出る分、都では豊かな暮らしだ。
「久子ちゃん、私の嫁になれ。そうしたら、あとあと、楽な暮らしがある」
「え・・・?」
妾も何人囲っているか。義母親子みたいな女も数人いるかもしれない。
その山川が、久子の肩に手を置き、説き伏せだした。
今頃、助けに来たというのか?だが、今更、遅い。
今、久子は若様の屋敷に置いてもらえているし、山川の側室になろうと、若様の側室になろうと同じだ。
身分が解放されたとしても、裁判のやり直しをするのは、捜査解明や証拠が必要。身分の解放は事件解決にはならない。
「私、でも、私は源家の若様にお仕えして、恩義をお返しするまで辞めません」
「私のところに来い。そうすることがお前にとってもいいんだ。私のところへ来たら、後々、お前も楽になる」
そう言って、久子を羽交い絞めにする。着物に手を突っ込み、脱がしかかる。
「ちょっと、止めてください」
何度も抗ったが、中年男性ながら力が強い。誰も来ない場所で、押さえつけられると、身動きが出来なくなった。
(な・・・なぜ?)
体を奪ってしまえば、女は嫁ぐしかなくなる。無理やりにでも、久子を自分のものにしてしまおうという魂胆だ。だが、いきなり、友人のおじさんがこんなことをする意味が分からなかった。
ゴン。
そこへ、痛々しい鈍い音がしたと思ったら、男の背後に、竹兵衛がいた。岩石を持って、男の頭を殴った。男が死ななかったのが幸いだ。竹兵衛が子供ではなく、手加減しなかったら、男は死んでいただろう。
「なぜ、久子を襲った。さあ、言え、言わねば食っちまうぞ」
竹兵衛は見かけは子供だが、年は数百年の妖。
本性を現し、ぱっくりと開いた口で、尖った耳を持つ獣の姿は、魔性の姿だ。大きく真っ赤な口を開き、ぎざぎざに並んだ多数の歯、つり上がる目は、迫力と威力を増す。
「わああ、バケモノ。止めてくれ、食わないでくれ。これは、上の者に見張っているようにと言われて、やむなくやったことだ」
「上の者って、いったい誰?」
久子が言うと、山川はしぶしぶ話し出した。
「私も勤める役所の上から言われただけで、本当の主は分からぬ。部署の長からの命令でも、たいていその裏には上の省庁の役人がいるが、その名を下が知ることはない。ただ、私は言われていた。長谷川家の娘を見張るようにと」
「黙って従うってのは、久子を無理やり手ごめにしろとも言われたのかよ」
「お前のことを見張るのに、そっちのほうがしやすいと思ったからだ。妙な動きがあれば、口封じをするか、何とかしろと、だから・・・」
「なぜ、そこまでする必要がある?単なる下っ端役人の娘だ」
「わああ、く、食わないでくれ、話すから」
竹兵衛が長い舌でよだれを垂らして舐めようとすると、山川も怯え上がってしまった。がたがた震えて、観念して話し出した
「年貢からどこかへ流れていて、その数合わせにされた訴えた農家が殺された。若い娘がいて、父親ともども、一家まるごと、殺された。道で血まみれの娘に訴えられて、怒った長谷川は、不正を訴える解文を書いて出す、と言っていた。それがどこかから、バレたのか、だから、野盗が襲ってきて、皆、殺された。と私は思ってる。詳しいことは知らない。私も下っ端だ」
「お前が密告をしたのか?」
再び、竹兵衛が牙を剥き、爪も剥いて、肩を持ち揺さぶる。
「ち、違う。私も荷運びにいた。長谷川も農家の補償するよう、上の官吏と話し合いで揉めたから、そのあたりでバレたのかも。何にせよ、不正官吏はあちこちいる。仲間と思って話しちゃいけねえ。それで、不正まるごと、長谷川に罪がかかって、罰せられた。私が罪を逃れたのは、上の役人に袖の下を渡したからだ」
(だから、焼き殺されようとしたの?)
一気に証拠殲滅を図る。そのやり口にぞっとした。
「反対したお前の父が悪い。そもそも、朝廷は朝廷があるために、運営されている。金の融通など、どこでもやっている。波風立てず、私のように不正から逃れ、不正発覚にこそ手を尽くすべきだった。朝廷の資金に常に裏金はつきものだからだ。
それに逆らっては、消されるのは当然と言える。権力者は下の者など蟻ほどの情けもかけない朴念仁だ」
確かに、権力の壁は個人には強大だ。けれど、罪の在処は明らかだ。不正したほうを守るなど有り得ない。ただ、不正を正せるかは、先行き不透明だ。
「その上からの命令って、上って誰?」
「私も今は大学寮の事務を執るだけのしがない下級官吏。その上司から言われたところで、私も分からない。その上司も、その上から言われているだけだ。上の世界は雲の世界。上を辿ることも不可能。とても下々には手の届かない場だ」
「裏金は何に使われてたの?どこへ流れてたの?」
「分からない。どこの誰でも可能性はある。国を出る国司から、その無位無官の下人から、朝廷の頂まで、多くの役人のうち、裏金なら、誰でも使用道ぐらい持ってる。それに、役人以外もだ。たとえば、地方の豪族とか山賊だ。一つ言えるのは、それほど羽振りが良くなれば、上の者が目をつけることだ。だから、羽振りが良くても、良くなっても、誰も何も言われない者。農家がもし荷抜けして金持ちになってみろ。すぐに荘園主が身分不相応だと、奪いに行く。だから、上にも屈せずに済む者だ。そして、現に羽振りの良い者、だろう」
父の友人の下級官吏だけあって、考えを巡らせていたようだ。
確かにそうかもしれない。それほど裏金を取り立てていたら、羽振りは良くなる。上の官吏が黙って見ているわけがない。地方役人も多いとは言え、官吏の世界も狭い世界だ。だとしたら、かなり、上の大物が関わっているに違いないだろう。
「それじゃあ、何も分からないの?あなたも」
竹兵衛が爪を研ぎ、ふわふわの手で肩をぽんぽんする。犬にしたら可愛い可愛いと言われるので、可愛いつもりだろう。己の可愛さをときどき使う。飴とムチのつもりだ。だが、地獄の悪鬼の形相で、黒い爪が目の前にあって、逆に山川は悲鳴を上げた。
「役人勤めなど、いかに霞を食って生きているか、そういうものだ。だが」
山川は居直ったのか、ふてぶてしく笑った。
「あいつは、出発する前に、万一のことがあったらお前のことを頼むと、いつも挨拶代わりに頼みに来るのだが、その時、
関門を通過するときにトラブルになるかもしれないと言っていた。道々、山賊によく襲われるからだ。
だが、その背後には、官僚の横領があるかもしれないとも、ぼそっと漏らした。
そのため、危ないとも言っていた。やつも、気づいていたかもしれない」
久子を始末する命令も出ていたのに、嫁にしようと目論む。自分勝手な計画だ。本当か嘘か、今は判断できない。
だが、彼も父の友人として、後ろ暗い気持ちがあるのか。久子のために、知っていることを話てくれた。と思う。
「これで分かったな、税の荷というのは、役人が受け持っている。中には賄賂を受け取ったり、税から多額の報酬を受けたりしている者もいるだろう。朝廷への裏金にもなっていれば、ことは都のお役人らにも関わる。朝廷や大蔵省の役人と言えば、税の総本山。簡単な話じゃねえ」
「そうね、役人の裏金に関わったから、父は殺されたのだわ。でも、朝廷の役人、それも重鎮が関わるのなら、簡単なことでは裁定は覆らないわね・・・」
「大和の神の国のお偉方が、そんな脱税するなんて世も末。だが、昔から、朝廷の役人の裏金は後を絶たない。だが、これも久子姉貴の動揺の効果じゃねえか?ホコリ叩きをしたから、何か感づいた連中があいつを唆したのかもしれねえ」
「ホコリは叩かねば、動かない・・・よね」
藤原忠文を叩いたホコリ効果は多少あったのだろうか。何かが動いて来たかもしれない。
「そうね。何にしても、証拠よ、証拠。税の脱税に関して、はっきり分かる書類や、現物、帳簿の類、日記など、現ナマ証拠がいるわ。あいつを裁判所へ突き出したところで、トカゲのシッポ切りよ。上の者は知らぬ、存ぜぬで、逮捕に辿り着かないの」
若様の仕事を見て来て、久子もいろいろ知った。今山川を追い詰めたところで、上に逃げられるだけだろう。だから、ホコリを叩き続けねばならないのだ。最後のホコリに辿り着くまで。
「税は各地で農家や一般に作ったりして、大勢関わっている。だから、誰か、何か知っているはず。何か、確実な証拠の現ナマを掴むまで、進み続けるの。叩くことが必要なら、叩き続けるわ」
毎年、税の取り立てがある。裏金で生活しているのなら、一度や二度で終わる話でもない。実入り良く生活をし始めたら、極悪官吏というのは止められない。久子は確信があった。そう、毎年、尻根っこを掴む機会はある。
「どうする?追うか」
「そうね。追跡する。そうするしかないわ」
「だが、お前、ご主人様の家の奉公人だろう?この家から出ていくのか?」
いつかは出ていかねばならない。でも、久子には今、調査にかかれる資金がない。
資金が溜まるまでは、まだしばらくここにいて、置いてもらうしかない。




