第5話
「はあ、今日の梅昆布茶は、良いだしが出ていること」
いったん家に帰り、庭掃除、家事、掃き掃除と一巡して、一息つきながら、店も用意する。
ここは使用仕事だけで、勤めておればいいところではない。久子いろいろせねばならない。本当に大物が来る時まである。
森の中に鬼が出てくるだの、妖魔大戦があって怪物が出てくるだのまでは想定外だったが、世の中いろいろあるものである。万屋のくせに、看板倒れだ。あれが出来ないだの、これは駄目だのとは言えない。中途半端ではなく、若様のために、全て受け入れて進むのだ。
「怨霊・・・・?」
ざわっと風が吹いて、久子は身構える。
前回、突然出て来たことを思い出した。
若様の屋敷で見て、若様の戦いで見て、下男から当たり前の出来事に言われて、久子ももう、疑わない。怖いことはないとは言えない。仕事で事件解決せねばならないところでは、怖いなどと立ちすくむこともしていられない。実際、立ちすくんで倒れることのほうが、怖いのだ。
「おぬしも怨霊を退治するのか?」
「わっ」
いつの間にか、背後に晴明が来ていた。今はまだ無位無官の陰陽師だが、名は轟いており、都でも知らない者はいない。
(怨霊退治している人に、怨霊退治するのかと聞かれた)
貴族は綺麗な服装をしているが、晴明はいつもふわっとした衣で、よく運動しているのか、くたびれた服を着ている。髪は少々乱れ、鋭い目つきに妖艶さを漂わせている。すでに戦って来たか、着物はあちこち汚れがあった。壮絶な疲れが全身から感じられ、目も赤く、疲れているようだ。
「お、怨霊って言ったら、来たのですか?」
「うん?まあ、いろいろな。怨霊怨霊と、日頃うんざりするほど退治して来た俺に、怨霊とは、聞こえが悪い」
「都で疫病騒ぎで、ご主人様に、私、薬の仕入れを任されたの。それで、病気の原因も探っていて、邪宗怨霊集団は退散させたけど、病気の原因や発生源はまだ、あなた、何か知ってる?」
「俺は怨霊騒ぎぐらいしか知らねえぞ」
晴明は扇で口元を隠しながら、久子に近づいて来た。
「ちまたでは、純友、将門の乱の後、怨霊騒ぎになった。大災厄の年だ。異国の妖魔もわんさと来た。
そもそも、30年前、あの方の怨霊騒ぎになって、あの頃から、異国の地が妖魔の動きと思われる行為であちこち滅んだ。災厄はずっと続いていて、今上帝、すなわち今の朱雀天皇が、若様に恨みを移し、若様がああなった。お前も知ることだな。
怨霊騒ぎに荒れる日ノ本で、加茂忠行、保憲親子らは戦っている。
小野古好らのおかげで、純友は打たれ、藤原郷衡らに将門が討たれ、乱は収まったが、さまざまな怪奇現象や怨霊、悪霊の類が終わらないまま。病の元なども分からないままだ。
都や朝廷、内裏でも奇怪な事件が、怨霊の事件が続く。
だから、また怨霊は生きているのでないか?と言われている
つまり、また生き返って来たか、それとも新たに来たのか」
「京にも?」
「ああ、そのため、我らも都を巡回している」
我ら?と思ったら、晴明の足元に可愛い子犬がいた。子犬はヒロと呼ばれ、久子と目が合うと、しっぽをふりふりと降る。竹兵衛の兄弟かと思ったら、本物の犬のようだ。
「この宮は、あなたが作って、動いているの?」
「城南宮?いや、都の建設時からある。だが、ここを利用して、封鎖地帯を作ったのは本当。方替えの地で、ちょうど無の空間になっている。怨霊、妖魔、幽鬼の類を捕まえて、捕獲しておくのに、いや、いたん成仏させるのに時間がかかる。だから、放り込むんだ。俺が。移すほうが簡単だしな。お前の若様は、その城南宮の番人。鬼として封印され、鬼たちの番人でもあるってことは、もう知ってるよな?」
「若様だけど、何とかあなたの力で、直せないの?若様から番人の役を解放出来ないの?」
「そりゃ、出来ないことは無いが・・・・本人が拒むんだ。確かに、鬼を解放したら、帝にもまた障りがあるかもしれない。涼影も死なれたら元の木阿弥だしな、俺もそれは考えているのだが、賀茂親子、つまり、陰陽寮の計画でもあるし、俺もどうしたものか、まだ答えは出てない」
親子も晴明も考えてくれているのなら、安堵した。晴明もあながち、無責任な人間でもなさそうだ。
「あなた、大丈夫だったの?ぶっ飛ばされてたけど」
「あんなの大した事はないさ」
気絶して気づいた時はもう、若様は殺されて復活して、阿修羅丸らは帰った後だったが・・・よく見たら、頭にまだ、たんこぶがあって、青く打ち身も痛そうだ。ひょうひょうとした若者だし、官吏だ。有名な陰陽師だと後で気づいたが、若いので、位階は下級。本音は話しそうにない。
「まだ、何かいるの?」
「分からぬ。先の大戦で一応、決着はつけた。その後、大きなものは入って来ておらぬ。入っても小さいものなら、四方を四神で固め、その周りにも大きな結界、さらに高野山、比叡山も日々、浄化の祈りを捧げており、妖魔も長くおれぬ」
「あなたと若様、仲たがいしてしまったのよね。でも、仲良くやってるのよね。都の番人として」
「誰が仲良くなどするか」
生意気な口調ばかりだと思ったが、晴明も涼影を嫌っているのだと思った。
「ご、ご主人様は優しい方よ。私だって助けてくれたし、かつての仲間を思って今も、助けようとしている。なのに、あなたは、あなたの落ち度で」
「俺も大勢助けようとした。それをあいつは、一方的に非難した。悪いと決めつけて。俺の言い分も聞かない。それで阿修羅丸阿修羅丸と、都を守った俺らより、鬼に落ちた地獄の怨霊ばかり気にしている。なんだ、あんなやつ、二度と信用するか」
どうやら・・・
晴明も涼影を恨んでいる。二人の仲は絶望的だ。
怨霊の関係で、二人は仕事を組むが、二人が協和するのは無理そうだ。その上の、手に手を取り合って、助け合うことなど夢のまた夢だ。怨霊はびこる世界で、二人の救世主が仲たがいでは、不安しかない。
まあ、他にも加茂忠行親子とか、高野山と数々の法力のある霊異はいるにはいるけど・・・
「ふん、色気を振り撒き、男をたぶらかす気だな。だから、女は嫌いなんだ。きゃあきゃあ、きゃぴきゃぴと騒いで、男を意のままにしてしまう。涼明の財産を全手中にする気かよ。だから、女には気をつけろと、あれほど。なんだ、ぎらぎら睨んで。紅を刺し、化粧でもさし、可愛く、弱弱しく、支えてやらねばと思わせぶりをするのか。野から出没するタヌキみたいだな。化けて、化かして、男を手玉に取る。タヌキ」
確かに、姉貴たちは、化粧もされて、眉チョンだが、家の仕入れなどをする役目も仰せつかり、以前、晴明が見た、帝のところで出会った時のように久子は眉チョンの厚化粧はしてない。仕入れ係の時は、毎回、厚化粧から、外してもらっているのだ。何せ、あれはやはり嫌だ。
まあ、嫌味この上ない、聞いていると耳がよじれる。
「どこがタヌキよ、化粧もしてないわ」
「何を言ったって、お前を信用しないからな。貧乏神、不幸、災厄、とんでもないものがついているのが、俺には分かる。何でも治す軟膏でも塗る気かよ。タヌキに頼めば、いくらでも出すだろうが、だが、そんな手品を使っても、お前の運は上向いて来ないからな」
「何を言ってるの?」
「ふん、せいぜい、きばりなよ。だが、俺には関わるな」
晴明の言っていることは訳が分からない。ただ、こいつは若いくせに、生意気だということだけは、分かる。
「何でも治す軟膏・・・?」




