第3話
「若様、近くの薬材商から、たくさんの薬材を仕入れました」
家に戻ってみたら、ちょうど若様が母屋でくつろいでいたところだったので、久子は報告に上がった。簀子縁で手をついて、平伏して礼をし、話し出す。
「ほう・・今、都は品不足と聞いていたが、どうやって?」
「はい。咳病の時はいわゆる、葛根湯、麻黄蕩、柴胡蕩等が主に処方されるものです。このたびの疫病は、流行り病などでもない。ですので、まず近辺の農家で手軽に取れる葛根、クズの根を農家の人に頼み、薬材にしてもらいました。それを都の商人の店へ入れました。都の商人は品不足で、薬なら何でも不足しているので、とても喜びます。そこで支払いに、こちらの足りてない、麻黄、芍薬、生姜、附子などの薬剤を分けてもらいました。それを都の商人に売りました。それを繰り返して行くと、ご主人様の薬の倉庫もいっぱいになる、というわけです」
「なるほど、大量に仕入れられるものを元手に、それぞれの商人に投入し、必要な薬材を仕入れたか」
「はい。少し時間がかかりますが、一つは薄くても、集まれば大量になります。農村にも当帰、大棗、葛根、生姜、防風、紫蘇、桂皮等を集めるように連絡してあります。若様の農村もたんまり、儲からせますよ」
「おまけに、農村にも儲けを入れてくれるとは、農村の人はさぞ喜んだでしょうね」
横から家令の爺やが口を差し出す。
「うん、そうだな」
「若様の大事な民ですから」
「我が領地の民意まで忘れぬとは、殊勝な心掛け。わずかな資本を元に、あちこちから少しずつ、必要なものを得て行く。そんなことが出来るのは、なかなかおらぬ。薬の知識もあって、どう資金を回していくかの計画も必要。そんな物々交換を繰り返して、儲けを出し、身内まで儲けさせる、とは、やはり、さすがやり手だ」
「生活費を稼ぐ時には、物々交換の連続でしたので、慣れています」
「これで高明殿の株も上がる」
「ええ。都で民のために薬材を供給したら、民の尊崇の念が高まります。民も病気が癒えますし」
「有難い。どうにも手に入らぬと思ったが、お前、本当に商売上手だな。これほど、手の切れる部下がいないな、うちには、爺や?」
「こんなことをやり遂げるのは不可能です。うちの稼ぎ頭に、すぐ昇進です。これで、この度、怨霊の起こした疫病騒ぎが止まるでしょう」
爺やが誉めてくれた。
「万事、久子が解決する、万能下女とは、本当のことでしたな、本当に、怨霊退治も、ひしゃくに任せたらどうですか、若様」
「ひしゃく、お前、怨霊までも退治するか」
「しません」
若様は物静かに言うけれど、くすくす笑っている。
怨霊退治など、さすがに無理だ。超能力などどこを絞ったところで、出るところはない。
「あの新興宗教の主は石清水へ行ったそうだ。信者らは石清水で共に、社を守るだろうと。ただ、あの教祖・・・」
柔和な面持ちの若様が怜悧に目を細めた。穏やかな若様から、鬼性が漂う。それは妖魔との戦いに関することだ。
「いや。私も死にかけて、少し頭が混乱している。見間違いかもしれぬ」
久子はほっとした。若様が倒れられた。最悪の光景だった。二度ともう同じ経験はしたくない。
まだ久子も混乱が残っている。己のことは何とかいけそうな楽観視があるのだが、若様に対してはひとことで終わらせられない、なんとも喉の詰まったような恐怖を痛感をした。
「お前が来て、薬草園も蘇った。この薬も、なかなか・・・苦い」
「本当に、久子の煎じる薬で、若様もだいぶ、ようなられましたな」
先ほど、久子が出した苦い薬を若様は飲み、四苦八苦したところだ。例のヒヤッとする恨みっぽい目をしている。
「都の薬も手に入れた。何でも久子が直してしまう」
「本当に、何でも。忠文様まで何のかんのと連れて来て、最終的に戦わせてしまって。あれで羅城門の乱闘が何とか収まりましたな、いや、ははっ」
笑いかけて、若様が笑ってないので、家令の爺やは口を押えて止まるが、笑いが堪えきれない様子だ。
「忠文殿も最後に出られまして、笑いごとではありませんが。ほんに、素晴らしい助っ人でした」
「高明殿も、笑っていた。帥輔殿も何とか、首がつながった。ああして、四方八方から来られては、私らも全方位まで手が回らぬから、良かった」
若様は吐息を吐きながら言った。不機嫌でありながら、穏やかな若様だ。
「お前に礼をせねばならぬ」
「そんな、私・・・」
「お前の手柄数が、来てから、軒並み上がっている。お前に褒美を取らさねば、家来に示しがつかぬ。とりあえず、お前の奴隷の身分を解放してやろうと思うが、どうだ?ここに、別荘の地券がある。お前はここへ行き、ここで身を立て直すが良い」
久子は若様から、一枚の和紙をもらった。
「そんな・・・でも、若様、私・・・若様に借金も返しておりませんし、下僕として若様を援助するつもりですのに」
若様はそばにいるがいい、と言ったのに。相棒とまで言ったのに。若様もそれならここにいて良いと久子を認めたのでなかったか。
それなのに、また追い出すなんて。
これからも、若様の屋敷でずっと働くつもりだ。なのに、と久子は、愕然とした。
「私まで援助してくれる気とは、さすが久子だな」
だが若様はくすっと笑った。
「そこまで商売の腕があるのなら、私のところにいなくても、お前だけでやっていけるのでないか。お前はお前で、父の冤罪を晴らしたいのでないか?私のために仕えずとも良い」
「そ、そんな」
「まあ、若様のご好意を無駄にして、若様を袖にして、出て行くつもりか久子」
爺がからかうように若様を見て、若様はなんだか、居心地が悪そうに、脚立に持たれる。
「そんな、私は出て行きません。私、ここにいます」
「お前も突然家を追い出されて、ここから出ていく用意もできておらぬだろう。当然、ここにいても良い」
若様は久子を見て、くすくす笑っている。久子はほっとした。
「まあ、ひしゃくは、若様のご好意を無駄にするのでない」
「もちろんです」
「うほん、えーと、先の新興宗教の教祖を蹴散らした件だが、あれ以来、浮遊体が都にたくさん出るようになった。特に悪いことは聞いてないが、気をつけろ」
妖魔の話は冷ややかな若様だが、久子を見る目は前より、少し温かくなった。いつになくまっすぐ見られて、艶やかな色気があって、美しくて久子は見られると魅入られるような心良さを感じる。
だから、思わず、久子の顔が赤くなってしまう。我が主は、どうしてこうも、魅力的なのだろう。
「それで、爺やももう年だ。久子に爺やの手伝いもしてもらったらどうか」
「いきなり、とは、さすがに」
家令がぶつくさ言っていたが、この家で、家令のほかに、あまり人間もいない。警護や兵士もいるが、内部の家計を支える仕事には爺に負担がかかっていた。
「私などでいきなり、大丈夫でしょうか」
「私の友だろ?友なら対等の立場で、私に指図したり、命令したりする立場を与えないと、私に一般会話も出来ない」
「え・・・・」
友と言ったのを憶えていて、若様は久子に友になる手段を与えようとしていると気づいた。
だが、久子は下々の身。王室にもつながる貴族の若様と、同等になるとか、友になろうというのは、やはり畏れ多い事だ。あれは若様を励ますつもりで言ったこと。そこまで実現してもらいたいとは思っていなかった。
と、突然、若様が胸を抑えて、痛そうに顔をしかめた。
「若様、甦りの後遺症が出ておりますな。大丈夫ですか?」
「大丈夫・・・心配ない」
家令の爺が若様を支えようとしたが、若様は手で制し、立って、部屋を出て行ってしまった。
「爺やさん、若様はまた・・」
「お前の薬でだいぶ症状は抑えられるじゃろうが、中の鬼が変わらんことにはどうにもならぬ」
「いっそ、もう陰陽師の加茂忠行様に頼んで・・・」」
「かつて、内裏に現れ、天皇も皇后も、朝廷の重臣たちも震え上がらせた鬼じゃ。内裏とは最も神聖な封印をした場で、出て来た邪悪な鬼じゃ。鬼を追い出せば、朱雀天皇にまた、悪さをするかもしれず、太后様が反対するじゃろう」
神聖な場として守られている禁中で、出てくるのは相当な鬼だろう。
「お前は本当に、商売で大成するかもしれぬ。お前が本気を出して、店を構えたら、もうここにいなくても己でやっていけるじゃないか。身分さえ回復すれば。そう、若様もおっしゃっていた」
若様がそんなことを思っているなど意外だった。もしかしたら、まだ追い出す気かもしれない。油断させておいて、本当はまだ、ハラに持っている?
(なら、また、若様に儲けさせねばならないわね。儲けで駄目なら、手柄だとか、功績だとか、出世栄達とか)
朝廷の重要人物の懐にいるのだ。今までは町中の商売の稼ぎが中心だったが、やれることは可能性の塊として存在している。
「久子はそのつもりはないのか?独立して、若様相手でも、商売でもしたら?もっと儲かるぞ。お前が地方に店でも持ったら、若様も支援しよう。もちろんお前の冤罪が晴れた、後じゃ」
「私はここで、働きたいです、ここにいたいのです」
久子が頭を振ると、爺は外には出さないが、安堵の色を見せた。
「若様もああした人じゃ、気を許せる人は少ない。お前が、右腕でも左腕でも、働いてくれたら・・・」
なんだが、二人とも、出て行くか、出て行かないかと気にしている?のだろうか。最初来た時は、追い出そうとか、厄介者扱いだったが、それとなく、久子のことを気にしているようだ。
それなら素直にそう言えばいいのに。と久子はくすっと笑う。
「薬を煎じて来ます」
中の鬼を抑えるのは対症療法だ。症状を緩和することしか出来ないが、症状を押さえられたら、若様も普通に生活を送れる。そこへ持っていくためには何かやれることはないかと考えているが、出来る選択肢はあまりない。
(せめて庭の橘の花が咲いたら、橘の実が出来て、若様の気も和らぐことが出来るだろう。でも、まだ咲かない)
梅の花は時として、あの方が訪問した時など狂い咲きをすることもあるが、こちらの花はなかなか、思ったように咲かないようだ。




