第7話
いきなり伝令、密使とは緊張する。だが、考えている余裕はない。
裏金作りが行われている民部省の民部卿。藤原忠文は、洛外の外にいたので、すぐどこにいるのか分かった。
軍を率いて、平安京のすぐ横にいた。大勢が色とりどりの甲冑を着て、一発で官軍と分かる格好の武士ばかりだ。見つからないわけがない。
「いかにも私は京の防衛警護へ向かっておる藤原忠文だが」
源涼影の家臣だと言えば、すんなりと藤原忠文の面前に出ることが出来た。
藤原忠文は甲冑を着こみ、大勢の兵士を引き連れている。
だが、見る限り、休憩しているようだ。
馬が水飲み場で水を飲んだり、兵士らは座って談笑したり、火を起こしていたり、余興に高じている。当の将軍忠文も、用意した座に座り、飲み物などを食し、家臣に囲まれて、おしゃべり中だった。
(さすが、朝廷の大物)
平安の民が困っているのに、笑える神経がある。古くから続く王朝の支えである藤原氏の一族で、朝廷の最古参の一人ならば、誰にはばかることはない。本人も至って気楽なものだ。
・・・私こそが、封じられた鬼・・・
若様は帝の代わりに鬼を受け、王位から退き、姿が変わり果てながら、日ノ本を守っているのに。
国民のために本当に自分を犠牲にする。父もそうだった。一方は犠牲になるが、一方は高うちわ。それが世の常だ。久子も奪われ、家も身分もはぎ取られ、命もすでに何度も奪われた。犠牲を強いられ、犠牲になるのはもう懲りた。もう寂しそうな大事な人は見たくない。
ならば、と、久子は腕まくりだ。万能屋の看板をかけてあらゆるものを書き換える。久子の使命は、人生のやり直しだ。
「将軍様、我が主君は急ぎ、駆けつけてもらいたいとのこと。今は何をしているのでしょうか」
「何を、とは安易に何を聞くな。私を誰と思っている」
「平にご容赦を。しかし、一見したところ、休憩なさっているような」
「もちろん歩を止めているようには見えるだろう。しかし、目に見えてもそうではないこともある」
「そうでないこともある?」
「ほら、馬の馬具の緩みがあり、それを直して点検しているところだ。馬の馬具が壊れたら、戦場で使い物にならんだろ。兵士らも大勢、怪我をする。それから、剣とか、武具とか、いろいろさ」
「馬具は主馬寮が、武具は兵部省が常から整えているのでは?」
「こわっぱのくせによく知っておるな、お前。考えてもみろ、大勢が怪我をしたら、敵にやられるだけ。つまり、急ぎ駆けつけたところで、準備万端でなければむしろ、害になるのだ」
忠文はすらすらと答えた。何度も来ただろう密使に、同じことを言っているに違いない。言い慣れている。
「敵と言いますが、相手は民衆。そこまで武具を着こまずとも、市内の衛士のように簡単な武装で弓矢を持ち、とにかく駆けつけさえすれば良いのでないですか」
「いちいち、勘に触る奴だな、お前」
「と主君は考えていると思います。要は京の町の警護に辿り着きさえすれば良いです。軍が大勢囲ってくれさえすれば、人数で圧倒出来ますので」
久子はまず正攻法で、急ぐように言ってみた。
「そんなに急いではならぬ。後ろから離れた隊列が道に迷うて来ぬ。その間に、修理点検をしているだけじゃ」
さすが、朝廷での重鎮。何を言っても、はぐらかされるばかり。
(まあいい)
一筋縄で行くとは思ってない。朝廷に関わる資金だ。大きな相手まで枝葉末節まで含めたら、相当、関わる。
言葉は尽くしても、最後には尽きる。尻の重い石に動けと言ったって無理だ。羅城門の戦いには、どうにか出発させれば、すぐ着く。どうにかきっかけが生まれるだけでいい。最後には蹴ってでも、駆けつけさせる。それも含めて、ことは急を要した。
久子の根幹の問題に関わる大事な解明だ。この機会を逃さない。この御仁に、問い詰めたりして、激しく揺さぶる気だった。
(いつでも負担重)
斎王代の帰還の時も、若様の屋敷も、疫病問題も、かつての深窓の姫君が片付けられる問題ではない。
市場で裁縫や魚料理をした時も、仕事とは一気に来た。仕事は多数重なる。そんなものだった。
明らかに今までとは違う大物。朝廷で席次を占める大物であり、難物で、一筋縄でいかない獲物、高齢で海千山千で、日本の一大事の乱でもしたたかに切り上げて来た老人。久子には超特大級、かつてない強敵の獲物だ。
だが、冤罪事件の謎を解く手がかりになる重要人物だ。ここで尽き果てようとも、一つでも答えを見つける気だった。
「それはそうです。軍列が乱れては、軍隊として機能はしません。安全を確かめるのは大事です」
「いかにも」
「確かに将軍様の見立ては正しいかと思います。軍の費用も朝廷から出されており、地方の税が元なら、正しく使わねばなりません。税と言えば、地方税も年の税も国民から取り立てられ、朝廷へと納められますが、全てが正しく使われているのでしょうか。日頃疑問です。民部省のトップであるのが将軍様。市井で暮らす庶民には分からなくて、偉大なるお方に会えたきっかけに、崇高な将軍様の見立てを聞きたいのです。愚かな私に、銭の意味をお教えいただけますでしょうか?今後の資金の参考にします。税の目的は、朝廷や日本の防衛のためなのでしょうか。それとも、デタラメに運営されているのでしょうか?」
「当然だ。地方から集まる税が正しく使われねば何とする。この日ノ本はうまく機能せん」
「もちろん、殿場人である大納言様は朝廷の重臣であり、誰もに尊敬される方。
これほど多くの人がいる世界で、雲の上の位階におられ、我が国の誇りであります」
「まあ何、そこまで言われると、他の政府高官たちに妬まれるやもしれぬが、その通りだろうなあ」
「さすが、将軍忠文様は他の方とは違う。漂う貫録、威厳、満ち溢れた品格。見事なまでの落ち着き。それはまさに、将軍様ならでは、ですね。素晴らしい。素敵、格好良いなあ。しかし、中には間違いがあったり、横領したり」
「待て待て待て、何を言う」
「満ち溢れた品格」
「いや違う、その後」
「中には間違いがあったり、横領したり、上前をはねたりしたり、私物化したりすることも?」
「そこそこそこ、そこだ。なぜに、多くさらに付け加えておる」
朝廷の重鎮で、最下層の久子には雲の上だ。気に入らねば殺されても、誰にも咎められない。逃さないと久子はさらに畳かけた。
「聡明英知で、人徳があり、深謀遠慮で何事も慎重であらせられる将軍様。朝廷での権威は見上げるばかり。国民の皆が敬愛しております。その極みに立つお姿を拝見しておりますと、激しく怒り爆発ぐらいの、こう、ぐらーっと尊敬の念が募って来てなりません」
「怒り爆発だの、ぐらーっとだの、お前」
「どうか慈悲深い心で下々を許していただき、将軍様の豊潤な才覚の一端に浴し、今日は帰りとうございます」
「構わぬ。大義である」
「素晴らしい将軍様。尊敬なる将軍様の御教えを請い、今後はお教えの通りにします。そこで是非、お伺いしたいのは、税の上前をハネるため、配下の者と打合せ、実行役に海賊や山賊、送金は地方官吏と連携しているのでありませんか?」
「そこそこそこ、おいおい、そこ。先ほどから、何を言っておる」
「あんた、いい加減言いなさいよ。遅いのよ。援軍まだなの?」
「な。何をする」
権力争いの場を生き抜いて来た藤原氏。それも、最古参の朝廷の重鎮だ。口先がうますぎて、何を言っても真実は吐かせられない。なら、と。思いっきり、横面をひっぱたいた。
「あんた、地方税の年貢で、取り立てで横領してるの?はっきり言いなさいよ」
「な、何を言っている、お前。援軍と年貢の横領?と、何が関係あるんだ」
「しらばっくれないで」
もう一つびんたを、久子はおみまいしてやる。これは動揺させる手だ。
久子の父は横領の罪を着せられて、獄中で死なされた。こいつがが関わっているのか?なら、許せない。
「ふぁ?な」
まがりなりにも、讃えられた将軍。いきなり胸を掴まれて揺さぶられても、まだ何が起こっているか、ぴんと来てなかった。正三位の位で上から数えたほうが早いような位階の高官が、このような乱雑な扱いをされることもないだろう。まだ気づかないとは、悠長だ。
「横領したり、裏金作って、送金してるの?あんた民部省のトップで、民部卿。あんたが命令しているの?」
(この腐った化けタヌキ)
朝廷で君臨し続け、相当な禄を食み、裏で資金を奪い取っても権威の中では分からなくさせられる。いったいどれほど無罪の官吏が、権力の中で命を奪い取られただろう?
考えたら、腹が立った。
脅して、蹴り倒してでも、やってやろうと思った。
実は、急げの言葉を避けられるたびに、腹が立っていた。
(こういうのが政府高官なら、一発殴ってやらねば気がすまない)
「な、何を言う。私がそんなことをするわけないだろ」
「民部卿のあんたが知らないわけないじゃない」
とにかく、激しく揺さぶったところで、この古株の重鎮が、はい、私がやりました、なんて自白することはない。
ただ、様子を見たかった。質問を投げかけたらどういう反応をするかどうか。結果はやはり、何も分からなかった。だが、少なくとも、ドキっとしたところは見られた。何か知っている。
(まず、これでいい)
もう一発殴ってやろうと思ったが、久子は手を下ろした。
この後、この男がまた何か動くかもしれない。ホコリも叩かねば出ない。出たホコリをあとは、久子は追うのだ。荒業だが、叩かねばホコリも動かない。
(ホコリとは叩かねば出ず、叩けば飛び出す)
久子も片付けの玄人だ。掃除は叩いて汚れを落として、綺麗になる。綺麗好きの潔癖なまでの気性で、久子は根っからごっそり落とすのを好む。汚れなど、二度と見たくないのだ。あさましい義母親子の顔も。
「なんて、そんなことを言って、遊んでいる忠文様ではないはず。とにかく、急いでください。道を急いでください!」
「な、なんだ、お前、急に何を」
「これは、偽です」
「え?」
「余興です」
「な、なんだ、いったい」
「演技です」
「演技だったのか?」
「発汗を促す作用があるのです。汗をかくことで、経穴が開き、気が解放され、血流が良くなります。長寿や落ち着き、癒しの効果があります。お体をお揉みするのと同様効果です。さぞお疲れでしょう。血流が開けば、もっと元気になられます。将軍様が元気回復せねば、行進も進みませんので」
「おお、確かに整体で揉まれたようじゃ」
「汗を出す効果です。尊敬する将軍様が、気分良く、行進を進めてもらいたいためです」
「よかろう」
忠文は確かに、汗をかいていた。気分も上がったり下がったりして、良くなった気もしたのだ。実態は動揺だ。動揺は人を動かす。商売人としても教えられた。だから、人に動揺を与えて、資金を儲けてはいけない。そう市場の商人からも注意された。平安の都の市場は、流儀がある。流儀を破って、のさばる商売人はいない。他の商売人が許さない。だから、町も活気や経済がある。 市民を大事に思う人らも多いからだ。ただ、悪党は別だ。
火急の時だ。逆手に取った。悪いことだが、非常時だ。許されない手も使った。いざとなった時だけだ。いざとなった時は、今だ。
泡を吹いた忠文は、行進まで出立を命じた。
(政府高官のくせに、動揺で動いた。わざと動揺させ、わざと騙すのが、生き馬の目を抜く世界なのに。甘ちゃんなのが、政府高官?それに、人を見抜く力がない)
本当に忠文だろうか?とふと、疑問を持った。




