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君に捧げる甦りの宝珠  作者: rーei
第3帖 羅城門の乱闘
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第5話


「どうも。薬材を仕入れたいのですが」

「薬材?無理無理、今時何を言ってるんだい。今更来たって遅いよ。どこも怨霊騒ぎで品薄さ、今頃、何を言ってるんだい」

 市場に行って、薬材料を売っている店をあたったが、どこも薬がない。やはり、羅城門の乱と、疫病騒ぎが重なって、都で薬が枯渇している。

「薬材?いやあ、今はない。あちこち疫病騒ぎで、無理だ。商人から個人客まで来て、全員、薬を買い占めたよ。もともとあまり流通がないところへ、品も限られていて、購入が殺到したから、どこも消えたよ。運搬の大手も、買い占めや、値上がりを待っての卸し止め。で、皆、在庫がカラってわけさ。そら、どっかにはあるんだろうけどさ、どこにあるかは分からない。あんたが買うってのなら、私も欲しいぐらい」

 一人、市場の顔見知りのおじさんがいたので聞いたが、品は無理そうだった。

「どのような病ですか?」

「いや、風邪に似たものらしい。だから、一時流行するだろうが、春になる頃には消えるだろと言われている。ただ、怨霊が出て来て、振り撒いているから、消えないと聞いて、皆、パニックになっている」

「怨霊、どんなものか、見ましたか?」

「都では前から、怨霊騒ぎさ。見たって人なんてごまんといる。見てなくっても、そら、怨霊のしわざに決まってる」

 人は皆怨霊を怖れているからそう思う。今は久子は、ご主人様の怨霊退治を知っているので、人が虚言を信じているわけではないことを知っている。

(朱雀天皇は、大丈夫だろうか)

 宮城を見れば、灰褐色の霧のような、黒い雲がかかっているようにも見える。

 無邪気に笑っていた帝は、兄思いの優しい人だった。

 藤原氏と対立する一族たちなどが政権を奪い合い、政変を起こすのなど日常茶飯事の朝廷だ。心の優しい帝では、過酷な環境に違いない。

 確かに、政変と自然災害、天災。またあの火事も・・・竹兵衛の話の妖魔大戦も、日ノ本を狙う異国からの大群の妖魔大戦だ。日常、妖魔との戦いも終わらず、若様もしょっちゅういなくなる。

 また、今は邪宗の集団が近づき、疫病も流行している。人を思いやり、母から逃げ回る病弱な帝にしたら、どれほど心に負担だろう。

 若様のご兄弟で、ご主人様にとっても、大事な存在だ。

(退治は晴明とか、涼影様に任せよう。私の仕事は薬材仕入れ。まず、仕入れだ)

 気になるものの、久子の身分では内裏になど近づくのも出来ない。

(どう、薬材を仕入れようか?)

 資金があっても、手に入る状態ではない。

「うう・・・お、お助けを」

 急に足元を引っ張られて、驚いて振り向くと、ボロボロで青い顔をした男が久子の袴の裾を引っ張っていた。後ろには泣いている子供がいる。おそらく、平安京で労役で取り立てられて来た庶民なのだろう。貴族の屋敷街から一歩外れた西の京などでは、ほったて小屋に暮らす大勢の庶民たちがいる。労役は、その日を行き過ごせるだけの駄賃しか出ず、病になっても放っておかれる。

「大丈夫ですか」

 泣く子は大丈夫だ。どちらかというと、大人のほうが死にかけだ。

「うう・・・流行り病で熱が下がらず、働けず、食うものもなく、せめて子供だけはどうか、何が食べ物を与えてやってくれませんか」

「おじさん、しっかり」

 言って、男はがくりと倒れた。額を触ってみると、まずい。かなりの高熱だ。とりあえず、子供を立ち上がらせ、持っていた竹筒の水を飲ませる。大人はここでは、もう口も開きそうにない。

「疫病の者など捨てておけ、触れるとうつるぞ」

 通りすがりの平安京の民が、久子に怒鳴った。

「ここらへんではたくさんそんなのがいる。全てを助ける気か。ほおっておけ。生きたら生き抜く。もし、ここで助けて、病気を撒き散らしたら、お前を恨むぞ。どこかへ行け」

「ど、どこかって」

「隔離小屋がある」

 男は京の町の外を指さした。、男親を肩で担ぎ起こし、仕方なく、久子は歩き出した。

(都合の悪いものは京の町の外へって?)

 外に捨てられた久子は知っている。外がどれほど過酷なことか。

(それは疫病で大勢が死んだら大変だろう。だが、今のこの人も、死んだら大変なのだ)

 自分まで生きていたら生きて行くなどと思われているようで、久子は憤慨が収まらなかった。

「おじさん、大丈夫?。ついて来てください」

 意識の無い男は重い。子供もうるさくて、目立つ。泣きやませられない。が、久子はどちらも、ずるずると引きずって歩いた。

「おじさん、ここまで来ましたよ」

 何とか、涼影の屋敷に戻ったものの、完全に男は意識がない。青い顔をして、苦悶に歪んでいる。途中、京の外で捨て置かれた荷車を見つけて、途中から引っ張って来られたので、屋敷に辿り着けた。

(これはどうしよう。どう、介抱しよう。流行性の新しい病だろうか?常の薬で効くかしら)

「お、お・・・・ここは、病の者を見てくれ・・・る、のか」

「え?」

 振り返ったら、大勢の患者が涼影の四つ足門の立派な柱の横から顔を出していた。子供も泣きながらまだいた。その背後にまだいる。

 病の者を診てくれる病院があるのだと。カン違いして、ついて来たのだ。カン違いか、飢えか、だが、平時でも、病院も施術院もいっぱいだ。すでに、溢れ返っているのだろう。

 医者にかかれるのも、資金があるわずかの者だ。他は耐えて直すか、施術院に並ぶしかない。これほど患者も多ければ、施術院も処置しきれず、多くが対応出来てないのだ。

 背後から、次から次へと顔を出す。この人たちも、京の町の外へ追い出された者たちだろう。

「お、おい、お前、何を連れて来た?」

 家令と警備の剣士が、驚いて飛び出てきた。

「この人たちをここで診ます」

「な。なんだと。病が若様や爺にうつったら、危ないだろ」

「爺と他の人間はどこかへ避難を。姉貴らは人間ではないから、感染しないでしょう」

「なっ・・・・」

 人間の爺や警備の家臣は文句がある様子だった。だが、大勢押し寄せてくる患者を見て、押し黙った。

「まだ元気に動き回れる患者たちは、常の薬で対処できるはず。常のが品薄でも、私が育てた薬草園の薬草があります。ですが、意識を失い、苦しんでいるこの男性は、病の元を多く出すと思います。ですので、隔離小屋に入れます」

 他の者に与える薬を指示し、久子は男を連れて、祈祷室として作られた東屋に入った。

「私以外、ここに入らないでください。私が欲しいものはここから言いますから、必要なものを取り寄せてください」

「お前、何を、何でも出来るって言ってもなあ。お前、そんなことしてどうする?」

 久子も分からない。ただもう、無償に腹が立った。都の人々も見捨てられた疫病の病人たちにも。

 とりあえず、この男を見捨てられない。流行り病も治すのなら、男性を治すことが薬の解決になる。とにかく、一か八かだ。病の原因を探り、薬の処方を探す。

 そもそも、薬を探していたのだ。病を治すのに、必要な薬が分かれば、仕入れる薬もぐっと集めやすくなる。



「治った・・・」

 それから、数日後、久子は病の小屋から出ることが出来た。

「いやあ、世話になったようで・・・、私ごときが、若い女の子にせっせと介抱されて、すいません」

 助けた男は回復して、前より屋敷での食事が良かったので、元気マンマンになって、小屋から出た。子供が駆け寄った。

 だが、次は久子が病になって倒れた。

「己が病になるほど薬を調合して、人助けをして、自分が命を落としたら、お前は、どうする気だったのだ?」

 気づいたら、こぎれいな部屋で寝かされていた。若様の母屋の一室だった。久子がよく掃除する、綺麗な欄干、御簾、几帳、貴重な襖絵、豪華な厨子棚が見えた。

 水色の衣を着た若様は、器に煎じた薬を入れたものを持って、久子に薬を飲ませていた。

「も、申し訳ありません。若様にご迷惑を」

「いいんだ。私も人間ではない。うつらない。確かに」

 がばっと起き上がろうとして、若様に押さえられた。力も出ず、久子はそもそも起き上がれない。

(若様は・・・妖魔でないのに)

「ん?」

「え・・・あの」

 お前ら人間ではない呼ばわりしたのを、若様に聞かれたようだ。

 鬼と化すのも若様も受け入れ、書も絵もある書斎で、安泰の暮らしをする涼影を見ると、何も言えなかった。若様の久子を見る目も、いつもの穏やかな上品な貴族のものだ。

「自分が死ぬかもしれぬのに、よく人助けなどする」

「すいません。ただ、病で追い出される人を見るに忍びなくて・・・」 

 勝手に病人を引き入れたり、治療したり、勝手なことをしたが、若様は怒っている様子はない。良かったと胸を撫で下ろした。

 まだ、混乱した頭で考えた。悔しくて何か変えたかった。でも、一人で突っ走ってしまったと思って、反省がこみ上げた。

「そこまでして、お前の目指すところは?何を目標にしている?」

「目標・・・?」

「お前も本来、いろいろしたいことがあっただろう。元姫だし、綺麗な着物で着飾って、家でゆっくり過ごしたかったのでないのか?」

 そう言えば、はっきりと今後を、考えていたわけではなかった。

(そう言えば、私、 父の事件が解決したら、その後、どうやって生きていこう?)

 継母から家を取り戻す。義妹から娘の座を取り戻す。父の冤罪を晴らす。それは決まっているけど、自分がいったい何をしているか?何をしたかったのか、と聞かれてみると、確かに分からない。

 でも、本来の自分とは、今と変わらないと思う。若様には元姫に似合わない姿に見えるかもしれないけど、もし姫であっても、薬を研究したりしていたように思う。

 本来、ゆっくり家にいたかったのなら、側室にでもなり、貴族として、父の冤罪を晴らすのを待つことも出来た。

 でも、それをしなかったのは、もともと裁縫、農業、薬研究、書の研究などを本来、久子が好むという素地があったからだろう。

「若様は私が奇異に見えるかもしれませんが、私はそれほど無理をしているわけではないのです。でも究極的に考えると、私は、観音様の助けにより、一命を取り留めた者。父は人々のために尽くし、私も父に救われた。だから、私も父のように、人を助けたいのかな・・?」

「ほう・・・。それは殊勝な心掛け。若いのに、立派な考えだ。お前は少し身を落としたが、良き行いを続けていたら、観音様のお導きにより、冤罪も晴れることがあるだろう」

 若様には驚かれてばかりだから、変な人間に思われても仕方ないと思っていた。けれど、意外な答えが帰って来た。若様は好意的に考えてくれている。

「お前も善行を続けるのなら、私もその行いに賛同する。お前の何か力になれることなら、何でもしよう」

 思いがけない優しい言葉に、久子は動けない体にじんわりと温かいものが広がった。

(病気の私を気を使ってくれたのだろうが、それでも嬉しい)

「お前が調べた薬の調合も役に立つ。あれは使おう」

「ありがとうございます。あの、若様に薬を飲まてもらうなんて、申し訳」

 寝ているのも、無礼だと気づいて、久子は起き上がろうとした。だが、涼影は久子の体を押し返した。

「いいんだ、寝ておけ。私は確かにこうなってから、流行り病にかかったことはない」

 久子が断ったが、涼影は薬を飲ませてくれた。


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