第4話
内裏の近くに、地方から来た朝貢物を治める官衙がある。
大きな倉の中には、木箱や布でくるまれた荷などがずらりと並んでいる。
「源涼影様の家来様?と聞きましたが、いったいあの、どういう」
思い切って、久子は源家の名を使って、乗り込んでみた。
(ここが民部省か)
本来の年貢は大蔵省へと入る。それは帝のおられる居城、大内裏の中へ入らねばならず、到底一般人が入れる領域ではない。だが、民部省の倉は大内裏の外にある。そこは普段から人も多く出入りしていて、警護もそれほど厳しくない。
父の冤罪はここの民部省の税に関わるものだ
「主人が横領の罪をかけられている。荷を調べずして、何が出来るの。荷のところへ案内をして」
「え、あ、そうですか。はい」
横領の調査は父の事件の解決でもあるが、また、日頃から、窃盗に悩まされる涼影の運送の問題を調査するためでもある。
涼影の官衙の輸送を横領の嫌疑を晴らせたら、父の冤罪を晴らす何か解決法も見つかるかも、と思っている。
同じ官制輸送の横領の疑いだ。事細かに調べて、横領や嫌疑の仔細を解くつもりだ。
それに、悪い奴が野放しになるのも嫌だ。涼影への嫌疑がかかるのも許しがたい。
(うちの若様に、濡れ衣の疑いなど許さない)
恩人の若様が冤罪などと、また久子は若様のことで憤慨したのだ。
役所を管理する役人が、あとをついて来る。
「これは源高明様もご承知のこと。藤原師輔様も。ここにはいったい何を運び入れてるの?」
とりあえず、偉そうな名前を持ち出すと、官吏たちはびびった。
「では、こちらへ」
とたんに、愛想良くなった。
(父の荷もこのように、官吏によって集められていたのか)
「ここは、畿内のいろいろな税物が入って来るところなのです。だいたい主な年料は、ここより大きな倉、大蔵省の本蔵へと運び込まれます。こちらは民部省の蔵でして、年料以外のものが入って来ております」
「いったい、どんなものが?」
「はい。我が国では法によって決められており、
無主の位田・職田は穀倉院に移し、地子を納めさせます。穀倉院に納めた米穀は、京職の税帳に載せられて報告します。
畿内諸国が納税する調銭もこちらに納められます。
また、各地の絁120匹、調綿200屯は、毎年12月、官に申告し穀倉院に納められます」
「ふうん、つまり、年で決められた税料のほかになるいろいろな税物が、民部省の管轄のもと、こちらに入って来るってわけね」
父のことで調べていたので、ある程度は分かっていた。
(地方の税物は、各国から長い道を通って来る。その間に、いくらでも搾取出来る。出発するときは大目に倉から取り、都に着くまでに帳尻を合わせる。不都合なものに入れ替えることも出来る)
「こんなところまで、見学かい?」
背後から、供を連れた公卿の足音がした。
「好奇心旺盛の、銭銭と良く鳴く雀、と聞いたが、やっぱり、そうなんだ」
「あ・・・高明様?」
振り返ると、見知った姿があった。高明様だ。
(好奇心旺盛の、雀?)
いったい若様は久子のことをどう見ているのだろう?
小鳥ちゃん、と呼ばれて、乱暴に性的嫌がらせ(セクハラ)までしようとしたりした。あれで鬼化した若様は、誰もが逃げ出すと思ったものだ。久子は思い出して、赤くなった。
「ちょうど、急ぎの米の調達があって、近くに来ていたのだ」
「高明様、こんなところに?」
「お前も羅城門に多くの警備が出たのを聞いただろう?多くの食料がいるので、こちらに急遽手配しに来たのだ。お前は?」
「帳簿が合わず、若様に落ち度があると、官衙に訴状が行っているので、ちょっと立ち寄って。高明様、ここでは横領が行われているのでありませんか?」
「官衙に来て、その真ん中で横領を叫ぶなんて、ふふ」
高明は大きく声を出して、笑った。
「刑部卿でもしまい。お前ぐらいのものだぞ。そう言われると、言葉に詰まる」
「ですが、横領があるのなら、いけません」
言葉に棘がある久子に、高明は驚いた。が、呆れた顔で笑った。
「お前は涼影の部下だから、はっきり言おう。確かに不正はある。横領や不正はない、というほうがおかしい。いくら誠心誠意、不正がないよう努めても、地方から上がり、大勢が関わり、帳簿も監視機関がないのだ。そこは各自の官吏などに規範を正してもらわねばならないが、全員、清廉潔白とは言えない現状だ。
そこに加えて、ここは、福祉や救済の用途で使われる前提として運営され、最初、大学寮の公田を当てたため、今は学問料として、大学寮へと学問料が支給されている。
実態は朝廷の諸経費を賄うところでもあり、いわば、朝廷への裏金が送られているところだ」
「裏金・・・?」
「まあ、そう言う名目で、収入を分けているとも言うことが出来る。逆に紛れも無い朝廷資金かもしれない」
つまり、暗黙裡のうちに金が分けられて、朝廷に送られている資金がある、ということだ。
公然の秘密で、朝廷が率先して、裏金作りを行っているというわけだ。
裏金とは言わず、正式な資金かもしれない。だが、う回路構図になっている。
朝廷の収入出費など公表もしておらず、どのようにでもなる構造。そこは藤原氏の権勢がすごいから、上を怖れぬ官吏などは粛清されるだろうが、発覚しなければ分からない。
元大学寮経由と言う。古い慣例の仕分けでは、それも旧態以前の朝廷では改革することもないだろう。
朝廷への資金に関わるとなれば、大臣までさまざまだ。
「お前は長谷川家の娘と言う。涼影にも、戦場までついて行って、微子内親王を助けた。だから言うのだが、これは公然の秘密だ。だから、お前も知った限り、黙秘しておかねばならぬ」
(やはり、敵は・・・朝廷か)
想像していたが、相手が朝廷なら、あまりにも敵は大きい。
(でも、公開できない真相としても、父の冤罪は晴らすことはできるかもしれない)
父にかけられた横領が、ただ、分かればいい。ただ、帳簿で行き先が父ではないと分かるだけでもいい。それは朝廷の裏を暴くことではないかもしれない。だが、久子にしたらその一部だけでも十分、望みが叶う。
(証拠だ、何にせよ、証拠)
官制組織を使っての裏金。その帳簿なり、証文なりを掴めば、父の冤罪を明らかに出来る。 朝廷に絡む事件だと分かった。そのあたりで、今後、証拠を掴んで行けば、道も開けるだろう。
(今の民部卿は・・・藤原忠文)
参議で、朝廷の重鎮だが、先の純友の乱でも、将門の乱でも、征西将軍を拝命しながら、討伐に辿り着かず、乱が終わっていたという。なのに褒賞をもらえないことを恨んで、抗議し、それが受け入れられないとなると怒って、辞職すると訴えたとか。乱の時には七〇を超えていたから、今はもうかなりの年だ。
「ことは帝にも関わる。そうであれば、涼影にも。それに、ここは地方の税が集まる部署だが、地方のほうまでは分からない」
「もちろん、ご主人様のご迷惑になるようなことはいたしません」
「お前は、微子内親王まで助けた涼影の家臣。決して無理なことはせぬとは思うが、何があるか分からないのが、内裏でもある。資金というのは、限られたもので、朝廷の上位でも、官吏の下位にしても相争う。気を付けないと、お前も狙われるかもしれない」
「私は朝廷を覆そうとか、阿修羅丸のような野望は持ちません。ただ、父の冤罪の原因が分かればいいだけです」
「ならいいが、もし、藤原家に関わると判明したら、まず私か涼影に相談をしろよ。藤原一族は腹黒いからな」
「はい」
(若様のご兄弟が、優しい人で良かった)
涼影の異母兄弟である高明は涼影と同じで、人が良く、親切だ。多くが騙され、富を奪われたりする中、若様らは盾となり、悪を討ち、弱き者を抱き止め、現状を変えようと守ってくれる。
だが、若様も政治敵がいて、自由がそれほど効かない体だ。ほかもいろいろと。朝廷の中は藤原氏の全盛期。王家の者ですら圧倒されるのが現状。そもそも、藤原氏が縁戚関連で、王家の側でもある。
そこで、激しい権力闘争もある、
朝廷は血で血を拭う世界。当たり前が通らない。久子の父が冤罪を受けたように。涼影も身代わりとなり、人生を大きく変えた。高明も、本来は能天気な王族でも生きれたのに、朝廷で地位を築いたのは、藤原氏一色とならないようにする帝のためで、そこに皇位継承やさまざまな思惑も飛び交いつつ、父だった醍醐天皇のため、己の兄弟のために他ならないだろう。
若様の一人苦労も、高明の善良さも、危険な世界で、、。己の行動も・・・だからこそ、若様も、久子自身も、もう二度と奪われたりしてはならないと思った。
「分かりました。高明様。だいたい要領は分かりましたから。それより、高明様、こんなところで油売っていていいのですか?」
「そう、私は羅城門を守らねばならない。その警護に駆け回っているところだ。兵糧が無くてね、ここに来たが、すぐ羅城門へ帰らねば。だが、お前も・・・」
「そう、私も」




