第1話
(そう、あれは、醍醐天皇、宇多上皇が相次いでお亡なりになり、まだ幼い朱雀天皇が即位されてしばらくしてからだった。関東で平将門の乱、瀬戸内海で藤原純友の乱が起こったのは)
藤原忠文は征東将軍として討伐へ向かった。純友の時も征西将軍として、討伐へ向かった。それでも、忠文は討ち取るまでに辿り着かなかった。
忠文は不真面目ではないのだ。むしろ一生懸命に働いた。
軍を急がせても、大所帯の軍は途中で食料確保や炊事、馬の世話などがいる。どれだけ急いでも、大行進はなかなか進まない。日々、数万の兵士に分け与える食料も用意だけでも大変だ。途中シカやウサギなど捕まえるのに苦慮し、食料のために日々使う弓矢や刀を用意し、研ぐ必要があった。
(戦乱に行くのだ。装備を備えず、武器も整えず戦場に入ることは無謀)
東国へ向かったのは、真冬の真っただ中だった。寒さ厳しい関東へ向かった。老齢をムチ打って行けと言われて、多くの兵士たちと出立した。
ことは、同じく東国へ赴任した藤原氏の一族の秀郷が討ち取ってくれたので、忠文は良かった。
西へ行っても、小野好古が討ち取ってくれたので、忠文は良かった。
羅城門まで馬場から武装した兵士を馬に乗せて連れて来て、、都を迂回周りに回っても、数刻。
馬を連れて、京の町を迂回して入ると告げ、必死で外回りに歩き続けて来た。忠文の頭上に青空が広がり、雨が降る余地が一滴もない空は、行進を止める障害がないことを告げた。
(あの時と同じ、むなしき空)
門を守る朱雀天皇の異母兄弟、源高明は、民を殺して追い払うか、門を閉ざして籠城するかの選択に迫られた。
相次ぐ報告は、目と鼻の先に大群衆が近づいて来ている、ばかりだ。
「忠文殿は来たか?」
「まだです」
羅城門の欄干から洛外の空を見回す高明の横に、同じく指揮差配を任された帥輔が来た。
「来る。大勢が来る。何日も食うも寝るもせずに行列を続け、踊って念仏唱えて。もし、どこかで何が起こっても、すぐ京へ触手が触れる。京へ近づく前に、追い払うか、止めないと、高明殿」
帥輔が言ったのに、高明は聞き捨てならぬものを聞き取った。
「どこへ追い払う?どこかへ行ってくれるというのか」
「密偵によると、どうやら群れを率いている者は、口が巧みな教祖だ。皆、群れに取り込まている。報告では、送った密偵や兵士らがいっしょになって踊って、帰って来ない」
「何だと・・・」
高明の姻戚関係であり、友人である帥輔は、藤原氏の一族でも優秀な男だ。年も同じ30代。兄実頼の頂点の下で次点に甘んじるが。しかし、今後藤原氏の嫡流として、誰にも到達できぬ栄華の道を歩み続けるはずだ。
公私とも仲間となり、高明を絶対安泰の盤石基盤にのし上げた。高明には大事な存在。
高明としたら、同じ醍醐天皇を父に持つ姉や妹に次々に近づき、密通のスキャンダルを撒き散らし、その姉が死んだとなれば、また別の姉妹に手を出す。と、何度も何度も、高明の姉妹に言い寄る、稀代の色好みの厄介な藤原氏の男だ。
だが、頭脳明晰、記憶力が誰よりも良く、細かな気配りが出来て、女受けはすこぶる良い。思慮深さは、人より群を抜いていて、仕事仲間からも好かれている。
色欲が少々激しいのが難点かもしれない。 だがそれも、計算づく・・・かもしれない。
そう考えると、帥輔は将来そら怖ろしい人物になる予感がある。が、本人はいたって気楽で女狂いを健気に行うばかりだ。
(やっぱ、色狂いで終わりそう)
帥輔を見て、思うのはそればかりだ。
「このままでは、民衆の群れが都に突っ込んでくるぞ。そうなる前に追い払わねば。決して、都に入れるな。決してだ」
女に優しいだけの帥輔のくせに、覇権を競う将軍のような獰猛な面も出す、なんて、詐欺だ。高明は怒りを高まりを憶えた。そもそも、民の命をいとも簡単に奪えない。
「民衆に刃を向けられぬ」
「父に怒られた。なよなよ考えるな。
大勢のならず者が都に入ったら、都は騒ぎになる。多くの民が被害を受け、盗賊らが都を食い荒らす。兵士らの剣や弓矢も飛び交う。都は戦場となり、治安を維持できない。女子供も連れ去られ、老人らも切り殺されるだろう。都の貴族たちの財産は奪われ、貴族らが不平不満を言う。そうなったら、朱雀天皇らも無事が補償できない。
京を包囲されたら、終了だ。落城だ。包囲状態になる前に、追い払え。いざとなったら、決断せよ」
女狂いの弱弱しい帥輔がだんだんと、戦士になった。なんて予想外だ。似合わない。勇猛果敢なことを言うなと、高明は腹を立てた。
「地方の民を殺せと言うのか?私に」
「民なのか盗賊なのか、分からない民たちだ。近くのならず者や盗賊も煽っている」
「彼らは貧しい農家たちだぞ。私にそんなことを?」
「都を襲い、略奪をし始めたら、盗賊だ」
「本当の民もいる」
「血の雨が降り出すのに逃げぬ農家は、暴徒だ。略奪し、女子供を襲う。なら盗賊だ」
「私に民衆を殺せと言うのか!」
「殺せ」
門の楼閣の上で話す二人の背後から、帥輔の兄実頼が家臣らを引き連れて現れた。
「群衆は都に来た時点で殺さねばならない。途中で、何度も止めたのに、止まらぬのは、何か良からぬ魂胆があるのだ」
「実頼殿・・・」
高明は落胆した。
よくも飽きたらず、この藤原一族は・・・欲望を口にするばかり。
「民もどこから集まって来る。煽動されて、止めても止めても止まらない。教主も覆面をし、何を考えているのか分からぬ。都に近づいたら、全員、殺すのだ」
「お待ちください。それは・・・それだけは・・・そんなことができるわけがなかろう!お前たちの勝手な言い分を言うな」
たまりかねた高明は、とうとう言った。右大臣、忠平の息子、朝廷第二位の座席と言えど、高明は床に剣を叩きつけた。
「帝と民、どちらを守る?」
「殺すなんて出来ない。絶対にしないぞ」
「止めても、群衆は押し寄せて来るぞ」
「何を考えている、貴様」
「正気も正気。殺せ。我らも群衆に飲まれたら、殺される。我らがいてこそ、帝もお守り出来る。帝を守りたくないのか」
「私は帝の腹違いの兄弟だ。守らないなど言われて、心外だ」
「なら、やれ」
「やめろ、それ以上・・・言うな」
高明は実頼の胸倉を掴んだ。人畜非道なことを言う実頼を黙らせてやる気だった。だが、実頼は不遜な笑みを浮かべて、高明を見下し、平然と言い続けた。
「お前に決定権はない。お前の上の私が言ったら殺すのだ」
「止めろ、止めろ・・・それ以上、言うな!」
高明らは実頼から殺してやろうかと思った。
迫りくる民は、どこかへ追いやることは出来ぬだろうか?




