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君に捧げる甦りの宝珠  作者: rーei
第2帖 羅城門の乱
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第10話


「なんだ、お前、いつからいた?」

 久子が庭で掃き掃除をしていると、いつの間にか、背後に晴明が来ていた。

(あら、晴明。ここにこういう人もいたわね)

 晴明。ご主人様の嫌いなやつで、怨霊を倒す超人。

 バケモノ、妖怪、怨霊。そして方替えの宮。といろいろ見て、晴明も含めて、世の中には、変わったものがたくさんいるのを知った。今の現実世界が夢なのかと疑う。最初の殺人事件で死んだのかもしれない。いや、現実とは、予想以上に不思議なのだ。そもそも。

「前からいたわよ。何を今さら」

「前にも見て妙に思ってた。戦場には来るし、涼影の屋敷をうろちょろしているし。女はすかん。色で男を落す。出ていけ」

 と言われるが、出て行きません。なんて、失礼な奴。と思った。

(私は単なる奉公人)

「それとも怨霊か?怨霊も好かぬ。怨霊は、昇天させる」

「私は人間です」

(本当にやりそうだから、シャレにならないわ)

 確かに何度か死んだけど、怨霊呼ばわりされるなんて心外も心外。人を怨霊呼ばわりするなんて、まったく失礼な奴、と思う。

「・・・な。何よ」

 晴明は久子を見下ろして、じいっと久子の顔を覗き込む。

「ふん、運がないな。まるで貧乏神ほどに。なかなかいないぞ。そこまで低下したやつ」

 久子はあの有名な賀茂忠行に視てもらったのだ。弟子であり、まだ官位ももらてない晴明ごときに、あの良い響きを、打ち消してもらいたくはない

「だが、ここが良い。ここが良いやつは何をするか分からん」

「褒められた?」

「褒めてない。計略、策略のずるがしこい奴という意味だ。お前も涼影と同じ。桁違いの能力を持って、人間世界でそれを使う。妖魔と変わらん」

「な、何よ。人のこと」

「鬼の涼影と、不死身の女か。まあ、揃いも揃って、集まったもんだ」

「何なの、あなた。ご主人様より年下のくせに、上から目線で」

「ふん、まあ、いい。観音様に見守られているのなら、何かわけがあるのだろう。しばらく、俺も放置だ」

 そう言って、安倍晴明は姿を消した。どこかに飛んだ?みたいに消えた。本当にどこかに飛んだのかもしれない。




 怨霊と妖の品が行き交う地帯で、久子は商売をする。怨霊や妖に会い、久子も商売で関わる。なんて・・・思わなかった。

(人って、ただ物を売って、銭を儲けるだけが、人生ではないのね)

 よくわからない感想を抱いた。

(もっと手広く商売に精を出さねばならないわね。私も資金稼ぎをして、再裁判のために貯蓄せねばならないけど、若様からも期待されてる。ここで、店や食事屋、いえ、もっと人気があるもの、そう、甘味処をしようかしら?一応、農村の人らもいるし、都への通り道からも人も来るし、広い屋敷だし、何にでも出来るわよ)

 ぶつぶつと考えて唱えていると、庭の掃き掃除までしていると、じゃりっと砂石を踏む誰かの足音がした。

 見ると、何者かが門にふらりと現れた。

「いらっしゃいませ」 

(さっそく客?甘味処でもやろうと思っていたところへ、偶然、人が現れた)

 これは偶然なのか、天の声かもしれない。お菓子を出す飲み物屋をしろ、と言う。とにかく愛想良く出迎えた。

 声をかけても、その男はぼうっと立っている。

 掘り深い顔立ちで若い時はさぞ美しかっただろう。

 だが、時を経て顔に刻まれたしわが艱難辛苦を表しており、白髪交じりの髪は年老いて縮れ、あちこち解けている。口ひげにも、白髪が多く混じっている。

「私は・・・行商人でね。ちょっと、こちらに立ち寄ったのだ。ここは、飲み物屋はないかね?このあたりには、まるで座って食べられる料理店もなくて」

「ああ、そうですね。農村の地域ですから、一品料理を出すところはあるのですが、お役人様のような方は入られません。こちらへどうぞ、良かったら、飲み物などをいかがですか」

「お役人と、なぜ、分かった?」

「すいません。髭の形が整われていたので。このあたりの農村の方なら、そこまで整えませんから」

「しまったな。つい習慣でしていたよ」

 貧しい粗末な衣服を着ているが、威厳のある顔つきと、きちんと整えられた髪や髭から、お役人とすぐ分かった。

 久子が言うと、男は笑みを浮かべる。

「今はしがない行商人だよ。ここに、商品の飲み物がある。どうだ。買ってくれぬか?ここは大きなお屋敷。商売をする人もいるだろう?」

 いわば、商売人は涼影か、久子しかいない。仕方ない、商売の機会は失えない。

「ええ、確かにここで商売をしている人間はいます。私です」

「お前が?ここは店なのか?」

「まあ、広い屋敷です。何でもあり、なのです」


 男は背にかけた行李(こうり)から、木の筒状の箱を取り出す。久子は受け取って、蓋を開けた。緑色の粉で、良い香りがする。鼻を近づけて、中の匂いを嗅ぐと、一気に別世界が見える自然の香りがした。

「ちょっと、お湯を入れて持って来てくれぬか」

「はい」

 急いで台盤処へ走って、湯を入れた水差しと茶碗を持って戻った。

「これを溶かして飲む」

 天然石の腰掛とその前にある天然石の机に男は湯、木の筒箱を並べる。久子はあやふやながら、木の筒に入っている粉を茶碗に入れ、湯を注いだ。

「すごく、美味しそうな匂い」

「だろ?飲んでもわかる」

 飲んでみると、とろっとして、ふくよかな旨味がある。自然の滋養をたっぷりふくんだ野性味溢れる旨味があり、甘く、爽やかだ。ここいらの山のものではない。

「これは?」


「昆布さ。昆布を粉にしたもの」

「へえ、昆布。昆布は曰く、衣比須女(えびすめと言い、味は鹹(塩辛い)で、毒が無い。海草には他にも。にきめ(邇岐米)、あおのりなどがある」

「よく知っておるな、おぬし」

「学者の父の手伝いをしていたものですから」

「先の帝の皇女が作られた編纂書だな。藤原師輔殿。限りなく色好みの男の妻になったが、どうしているだろう。どれ、この書を見てくれ、これがお前に分かるか?」

「こちらは、橘逸勢(たちばなはやなり)の書ですね」

「やっぱり分かった。分かると思ったんだ。私と同じ気配がしたから」

「恐れ入ります」

 男は他にもいろいろ見せてくれた。

「あの頃は、学問が推奨され、文士らが賑わっていて、とても良い朝廷だった」

 やはり、男はお役人だ。

「が、ついこの間、お役御免となってね。私も帝のご命令で、同じく博物誌や法律、地理等、あらゆる成り立ちをまとめた辞書を作った。だが、用なしだと思ったら、すぐクビさ。仲間内から外へ追放されてしまった」

「それはさぞ大変な苦労をされましたね」

「いやいい。昔のことだ」

 編纂、辞書。帝仕え。

(男は朝廷の重鎮だっただろう)

「お役人様もどうですか?」

「ありがとう」

 男は昆布茶を持った茶碗を持ったまま、立ち上がり、庭の植木を眺めた。

「今は梅の花が見ごろだね。私は梅の花が好きでね。緑の飲み物には、梅の花が似合う」

 まだ咲かない梅の花がいつの間にか、咲いていた。

 男は庭木に生えた梅の花を一つ取り、茶碗の中に浮かべた。

 薄緑色のとろっとした水の中に、淡い桃色の花が咲いている。

「風流ですね。梅の昆布茶になりました」

「これを売ってくれぬか?私の発案として」

「梅もいっしょに入れたら、確かに売れます。良い案ですね。こちらで梅の昆布茶として名前をつけて、民に売りましょう」

「じゃあ、取引成立だな?」

「もちろん。仕入れさせていただきます」

 男は石の腰掛にすわり、梅の入った昆布茶を飲みながら、梅の花木を眺めた。

「ちまたでは、名のなる陰陽師が抗争に明け暮れているとか、お前は知っているか?」

「知りません」



 知っていたが、久子は朝廷から遠く離れたその他大勢の人々と変わらない。屋敷の主人は世界を救う戦いとか言うが、その屋敷の付属物。それも選ばれた家来でもなく、単なる奉公人。下女だ。

 妖魔大戦だの、怨霊の方替えの宮だの、直接的には久子は関わることはない。ただ村で仕入れ、屋敷を駆け回り、掃除しているだけだ。日ノ本を守る戦いは、上の者がやること。下々の久子は、ただ日々の仕事をこなすのみ。たまに、若様の仕事を手伝うが、下々が知ることは多くない。知る、などは、さしでがましいことだ。

「ここは、天上の楽園のよう。怨霊でも、誰でも、分け隔てなく、過ごせる」

「そうですか。それでしたら、良かったです」


 久子は男にもう一杯、湯を注ぐ。

「ここは世の中の風も来ません。私は学者の娘ながら、ここで売る品を見定め、商売をやろうと思っています。

世の中のことは分かりません。でも、時に厳し過ぎると思います。ここは郊外の地。誰もが通り過ぎ、またどこかへ帰っていく。呼ばれるのかもしれません。

この中ぐらいは、何にも縛られず、うるさくならないようにしたいところでございます。

 帝もお天道様もただ、来ては帰っていくだけでございます。

 鬼も妖も、この地で、安らぎ、滋養を得て、また戻って行く。そこを手伝っていく。やれることは全てやって。これからは、私も、そんなことが出来たらと思っています」

「万屋だな」

「万屋?」

「何でも商売にしてしまうこと」

 もしかしたら、そうかもしれない。何も思わず、考えず、思い付くまま、生きて行くこと。

 そう言われることを自分はしているのかもしれない。自分はいろいろな職をやれる、万能下女かと思っていたけど、なるほど、万屋か、とも気づいた。

「なら、またいつか、私が来て、お前が万屋として出会った時、その時は、受けてくれるか?お前とは趣味が合う。風流なお前なら分かってくれる。絵巻の鑑定を頼もう」

「もちろん。何でも屋、何でもいたす所存でいます。万、お任せですから」

 男は楽し気に笑う。心から笑っている笑顔だった。

 花の散るのを見て、目を緩める。温かい飲み物に、頬を上気させ、ほっと安堵の吐息を吐いた。

「そろそろ、行こう」

「ここを出たら、晴明とか言う者があなたを昇天させると言ってます。

お気をつけて」

「ありがとう」

 道真は茶を飲み、銭を受け取り、満足して戻っていった。

 いってらっしゃいませ、またどうぞ。ありがとうございました。



 ついに、道真の怨霊が現れた。

(まあいいわ、ここに来たら、対応したらいいだけだし)

 商売をやらせてもらう分には、誰であっても商売だ。

(いつでも、ご接待します)

 久子は頭を下げて、遠くへ消えた道真を見送った。

 ここは方替えの地で、悪い気運から都を守っている。そこに晴明が怨霊退治した鬼とか妖怪を放り込む。怨霊大戦に召喚するための一時の避難地だ。召喚するための魔物や怨霊が蓄えられているのだ。だから、あの御仁は、いわゆる蓄えられた、というべき者だろう。

(あのおじさん、晴明に放り込まれたのか)

 としたら、あのおじさん(道真)もいつか、召喚されるのだろうか。

(あのおじさん味方になったら、強そうだ)

 日本三大怨霊の一人が、のんきに梅昆布茶を売っていた。なんて、言ったところで誰が信じるだろうか。

 確かに方替えの地として、絶大な効果だ。

(この辺り一帯は広い。いったいどれほどの、妖の仕事人がいるだろう?) 

 怨霊もここでは生活資金を儲けるため、職人をしていたり、商売人になったりしている。あの見事な銅製の逸品もそうだった。

 彼らが何を作って生活費を稼いでいるのか。それを思うと、久子はわくわくした。

 ついに登場、菅原道真。

 梅の花をご鑑賞ください。ええ、ここはお代はけっこうです。

(なーんて、ね) 

 気が付いたら、梅の木は元に戻っていた。

 はっと気づいて、天然石の机を振り返る。木の筒はまだ残っていた。

(梅の塩漬けを作ろう。梅の塩漬けをいれて、昆布茶として売ったら、梅昆布茶になる。道真の梅の昆布茶として、売り出そう。都の人、驚くかしら)

 ひらひら、と梅の花が待った。一枚だけ、手のひらの上に落ちた。

 じゃりっと音がして、花びらの向こうから、涼影が現れた。

「あの者も、ここに来たのか?」

「はい。甘味処として、接待しました」

「私の家を甘味処か・・・私の住まいだぞ」

「資金稼ぎは商機の時がありますので」

「商機?また商売か」

 若様は颯爽と現れて、鼻白んだ。

「あの者も人間。何にせよ、良い思いをして行ったのなら、良い」

「私・・・道真から仕入れました」

「え・・・?」

「道真の梅の昆布茶です」

「それを売る気なのか?」

「ええ、これを基本に、量産して、売ります。都では話題になるかと」

「お前の商売根性には呆れる」

「あら、資金を得るには、複数の商売が必要です。若様もそうおっしゃったでしょう。だから、ここを店や飲み物屋でもしようかと」

「またお前、銭銭と」

「だって、ご主人様、生きて行くのに銭は必要ですもの」

「やれやれ。お前の頭は銭ばかりか。どうしてそうなってしまったのか」

 呆れながら、涼影は久子の額をつんとつつく。

「お前、銭の鬼だな。姫の雀のひしゃくだろ?ぜにぜにぜにと鳴く。だから、ここに現れた、雀の姫、ひしゃく」

「お言葉ながら、私は単なる水汲みのほう、ひょうたんのひしゃくかと」

「ひしゃくか」

 若様はくすっと笑って、機嫌が良くなると、部屋へ向かって歩き出した。

「あの五位の銅の付喪神の品、都では評判だったぞ。売れてるみたいだ。でも、名前を明かすな。売れたら、お前の給料も弾んでいい」

「はい」

 涼明は久子をおかしそうに笑いながら、行ってしまった。

 若様は支配者で、怨霊を退治しながら、封じ込められた地を守っていて、久子のご主人として君臨する。

 この地でご主人様も商売をしながら、資金も集める。

 久子も同時に何でもして、涼明の屋敷に資金を入れる。

 ご主人の商売がすなわち、久子の商売だ。そして、久子はモノを売る。モノ以外でも、何でもやる人間になる。京の人々に、問題解決を提供するのだ。

 その裏では、賀茂忠行、安倍晴明の怨霊との戦いが繰り広げられている。都も守られている。

 お守りするのは、怨霊に悩まされた朱雀帝。

 はてさて、久子の資金繰りはどうなるだろうか。

 何の因果か、転落人生で、ここに来て、世の裏と、その行く末を見てしまうことになったようだ。








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